寮飯をたべよう
―アゼル魔導学院 大食堂―
見学ツアーの最後にやってきたのは大食堂だ。
高天井の大広間にずらりとテーブルが並ぶこの空間にはざっと三百名の修練生を収容できる。
「広ぉ〜い!」
「ここでお昼食べてこうね」
厨房の前に修練生たちが配膳の列を作って並んでいた。
「わぁ〜っ」
「すごい人だかりね」
「ちょうどお昼どきだな〜。人多いけど行列は意外と待たないよ」
静かな場所から一転して人混みの中に来たソルフィスとシャナトリアは驚いていた。
人の流れにのって列の最後尾に並ぼうとしたとき、耳慣れた声がした。
「み〜ん〜な〜」
ルーシィとロゼッタがこちらに走ってきた。大食堂で落ち合う約束をしていたのだ。
「ルーシィ!」「ロゼッタ!」
ソルフィスとシャナトリアが手を振って迎える。
「二人共とても目立つからすぐに分かったよ」
「ぬ?」
「目立つって?」
「ソルちゃん、シャナちゃん気付いてない〜? お二人とも注目の的よ〜」
言われてみれば行き交う人すべてが姉妹に好奇の視線を投げかけている。
新顔というのを抜きにしても、明らかに二人は周囲の目を引いていた。
「ソルちゃん、シャナちゃん背が高くって、美人さんだからよね〜」
「むむ……」
「か、からかわないの。さぁ、早く並びましょう」
ルーシィはお世辞のつもりで言ったわけではないのだが、二人とも照れてしまった。
(ォ、オゥフ……)
姉妹の照れた顔もヴィヴィアンの胸に突き刺さる。
「二人とも制服がすごく似合ってるな。もうすっかりアゼルの修練生だ」
「ほんとう〜、とってもきれい〜」
ルーシィはソルフィスやシャナトリアの制服をもみゅもみゅした。ロゼッタも制服姿の姉妹を見て嬉しそうだ。
「えへへ……」
「あ、ありがと」
一行は行列の最後尾に並ぶ。配膳の順番がくるまでそれほど待たなかった。
「さあ、こっちだよ」
先を行くカイトの見様見真似でトレイを手に取る。
調理人のおばちゃんから料理がのった皿をもらい、トレイを埋めていく。
「オレしゃまの分は?」
黒猫が困ったように見上げた。
「あー……この場合どうしたらいいんだろうね」
ティノの分のメシは……無い。
彼の事情はまだ周知されていなかったので、おばちゃんに説明してもダメだった。仕方がないといえば、仕方がない。
ティノは嘆いた。
「むふーん! オレしゃまの! ひるめし! ないんだが!?」
「ティノ、心配しなくてもわたしのあげるよ」
「あたしのも食べなさい」
姉妹のやさしさが身にしみる。カイトたちは胸がほっこりした。もちろん皆からも黒猫ティノに昼食を提供するつもりだ。
ヴィヴィアンが食堂の一隅に席を確保してくれた。
「はい、お待ちかね! これが《寮飯》でございます!」
「今日の献立は〜、川魚のソテーと野菜スープ、ふかし芋バターでございまぁす」
「おお……」
姉妹は改めてトレイにのった料理をまじまじと眺めた。
落ち着いた色彩の、控えめで、飾り気の無い、素朴感あふれる、素材の味をそのまま煮出したような――
地味な感じの料理だ。
「それじゃ、食べましょか」
食前の簡単な祈りを済ませて、カイトが皆に食事をすすめた。
「あにゃ? ろじぇったのごはんは?」
見るとロゼッタのトレイがない。
「前に言ったろう、ボクは寮生じゃないんだ。昼食は家でとるから気にしないでくれ」
チッ……そうだった。ヴィヴィアンは心の中で舌打ちした。
ロゼッタは城下町にお屋敷があると聞いている。きっとそこで毎日贅沢な食事をしているに違いない。
そんな雲の上市民と比較するのはむなしいだけだが、ヴィヴィアンはどうしてもロゼッタにマウントを取りにいきたかった。
当初の予定では、ロゼッタに寮飯を"食わせる"ことで彼女にギャフンと言わしてやりたかったのだが。
「ホホホ〜残念ね。じゃあロゼッタちゃんはそこで皆が食べるとこ、指をくわえて見てるのね!」
「どうぞ。ボクに構わず、ゆっくり食事を楽しんでくれ」
ロゼッタは優雅にさらりと受け流す。
「ぐっ……」
「オレしゃま、おしゃかな! おしゃかな! イモいらん!」
「はいはい。お魚ね」
ソルフィスは白身の魚を切って、黒猫にあげた。
「はぁい、ティノ。あーん」
もきゅもきゅ……。
「ふーん!」
黒猫はごろごろとテーブルの上で転がった。悲壮感を表現しているらしい。
「ティノ、行儀悪いわよ! あんたいつもこの味に耐えてきたでしょ?」
耐えるとはどういうことであろうか。
「味しにゃい……」
ソルフィスとシャナトリアも白身魚を口に運んでみた。
「むっ……」
淡白な味だ。ひらたく言うと味が無い。
野菜スープは鼻に付く青臭い風味が残っており、これまた薄味だ。芋バターは若干の塩味だが、バターもスカスカで旨味がない。主食の黒パンはボロッボロのパッサパサである。
もにゅもにゅもにゅもにゅ……。
「……」
「……」
楽しい食卓のはずが、みんな沈黙してしまった。
「ど、どうよ? これが寮飯なのよっ!」
まいったか、と言わんばかりにヴィヴィアンは声を張り上げた。
「芋バターなら少し塩味するよ。パンはスープに浸すとノドを通りやすくなる。工夫して食べるんだ」
ヴィヴィアンは威勢のいい謎のマウントを取るし、カイトはサバイバル教官みたいなことをのたまった。これはどういうことだろうか。
ネタばらしをするとこうだ。
カイトとヴィヴィアンは姉妹にちょっとしたサプライズを仕掛けたつもりなのだ。
寮飯のあまりのマズさに驚いてもらうために。
せつない共感を得てささやかな慰めにしたいがために。
寮飯は、寮に住む修練生の間で究極のマズメシとして認知されている。
これはずっと昔からそうで、たびたび改善要求が出されているにもかかわらず改善された試しはない。
むしろ修練生をマズメシに慣らすことで、どんな過酷な世界でもやっていけるよう訓練されているフシすらある。
この過酷な体験が料理人を目指すキッカケとなった修練生もいるほどだ。大食堂が生んだ貴重な社会貢献といえよう。
果たして、カイトとヴィヴィアンの期待は裏切られた。
ソルフィスとシャナトリアは平然とした顔で、もりもりと寮飯を食べているのだ。
「あ、あら……?」
「ソル、それマズくない? シャナも平気?」
カイトは目を丸くして訊いてみる。
「おいひいよ?」
「うん、いける」
もにゅもにゅもにゅもにゅ……。
寮飯をして「美味い」と言わせしめるこの姉妹はどれだけひどい食環境で育ってきたのだろうか。それとも味覚がブッとんでるのだろうか。
予想を裏切られたカイトとヴィヴィアンは二人のタフさに驚いた。むしろ憐れみの情まで去来してきて胸に刺さった。
ロゼッタはみんなの食風景を楽しそうに眺めている。
「よ、よかったらロゼッタも食べてみない?」
カイトは戯れに、白身魚を切ってフォークにのせて、ロゼッタに差し出してみた。
「えっ? ボ、ボクは……」
「遠慮せずにホラ、あーんして」
ロゼッタは不意のことにドキッとした。
(はしたない!)
一瞬のためらいがロゼッタの体を硬直させた。しかしすぐに思い直す。
これは大好きなカイトの親切な真心なのだ。カイトの思いには絶対に応えなきゃならない。カイトのためなら人前なんか気にしていられない!
「ぁ〜、んっ……」
ロゼッタは、かぱあっと大きく口をあけて舌を出した。
二本の長く鋭い牙が露わになる。皆がそれを見てぎょっとした。
「ちょちょちょちょちょっとアンタ! そのやらしいベロしまいなさいよ! キバも!」
「ぉ……ぉぉぅ」
カイトは少し驚きつつも、ロゼッタの舌の上に魚肉をのせてあげた。
ロゼッタは羞恥に頬を染めながら、口を手で押さえた。
「……おいし」
「えっ? おいしい? (なんでだ……?)」
「カイトがくれたものは何でもおいしいの」
そう言ってロゼッタは必殺の小悪魔スマイルをみせた。
戦慄!
(このクソビッチめ!)
ヴィヴィアンの握りしめたこぶしがわなないていた。
これアレだ。このクソ女は男を滅ぼすアレだわ。
ヴィヴィアンの脳裏をよぎったそれは直感であった。全神経から放たれる動物的直感がガンガンガンと警鐘を鳴らすのである。
(こ、こいつ……やることなすことが自然体でエロい奴なのだわ! このままではカイトがダメ男になる。早くなんとかしないと……)
一方でロゼッタがあからさまに吸血鬼の牙を披露してしまったので、皆の食事の手が止まってしまった。
あわててカイトがフォローする。
「あ、あのね。もう知ってたかもしれないけど、ロゼッタは吸血鬼なんだ。そういう家系なんだってさ。別に人を襲うわけじゃないから、怖がらないであげてね」
以前のロゼッタは自分が吸血鬼であることをひた隠しにしていたが、聖地でカイトと"秘密の契約"をしてからは何かが吹っ切れたのか、あけっぴろげな振る舞いになってきた。
「にゃー。ろじぇッた、オレしゃまの血ィ吸うなよ」
「安心して、ティノ。ボクはね、カイト以外は襲わないんだ」
「えっ、それどういう意味!?」
驚くカイトの向かい側でヴィヴィアンがガタッと立ち上がる。
それをルーシィが引っ張り下ろしてヴィヴィアンを席につけた。
「ロゼッちゃ〜ん?」
めずらしくルーシィの怖い笑顔にロゼッタはあわてた。
「じょ、冗談だよ、ルーシィ。ボ、ボクはカイトのただのボディガードだよ。ねっ、そうでしょカイト?」
「ぁぁ……、確かそうだったね……」
カイトの表情は固い。
ロゼッタはヴィヴィアンを見て笑みを浮かべ、意味深なウィンクをした。
「いまだにカイトにとりついてる良くない虫をいずれボクが退治してあげなくちゃあね」
「ああ!?」
退治だァ!?
ついにヴィヴィアンの堪忍袋の緒が切れた。
「てンめェ! そりゃこっちのセリフだよッ! 上等だァ〜! やれるもんならやってみやがれッッ!」
自分に対する明白な挑戦と受け取ったヴィヴィアンはロゼッタに猛然と飛びかかった。
どっっりゃあぁぁぁ!
ガッタァァァン!
椅子が倒れる。フォークが落ちる。お皿も落ちる。と、お皿はルーシィがギリギリのところで華麗にキャッチした。
ヴィヴィアンはロゼッタに馬乗りになってグーで殴りつける。
ロゼッタも負けじとヴィヴィアンを下からグーで殴り返す。
ついにケンカが始まってしまった。
「ぬぬ?」
「にゃー! 喧嘩じゃー、ケンカじゃー。やったれー、どっちも負けるにゃー」
シャナトリアはティノのおでこをぴこっと小突いた。
「にゃふん」
姉妹は食べ物を口に運びながら二人のケンカの様子を見守る。とりあえずご飯優先のようだ。
規則では、学院の敷地内で人に危害を及ぼすような魔術の使用は禁止だ。しかし決闘を禁ずるという規則はない。
これはガチンコの肉弾戦。カイトを巡っての決闘である。
「ダメダメー、ケンカよくなーい」
ヒロインが止めに入った。馬乗りになってるヴィヴィアンの後ろから組みつく。
ロゼッタがヴィヴィアンの体を下から蹴り上げる。それがカイトの股間にあたった。
「おンッ!」
カイトは悶絶して沈んだ。
バランスを崩したヴィヴィアンを、今度はロゼッタが押し倒して馬乗りになった。そこを殴りつける。
「カイトはボクのものだ! あきらめろっ!」
ヴィヴィアンも負けじと殴り返す。
「誰があんたなんかに渡すもんですかッ!」
さらに殴り合いの応酬が続く。激しい領有権の主張も交錯した。
「ボクにはカイトが必要なんだっ! カイトじゃなきゃダメなのっ!」
「あんたと居たらカイトがダメになるのよーッ!」
すごい大声でとんでもないことを叫んでいる二人。
カイトは体がひん曲がって床の上でぴるぴるしている。
黒猫はにゃーにゃーうるさい。
地獄だ。
いつのまにか何重もの見物の人垣ができていて、ギャラリーは熱気で沸いていた。
「なんやなんや?」
「恋人かけての果たし合いらしいで」
「なんや」
「ボクのカイトを奪わないでっ!」
「こンのクソビッチがッ!」
ロゼッタの殴りかかる拳にヴィヴィアンの頭突きがヒット!
「ぐうッ!」
勢いにまかせてヴィヴィアンは立ち上がった。ロゼッタも身を引いて体勢を立て直す。
「はあっ、はあっ」
「ふうーっ、ふうーっ」
両者にらみ合ったまま動かず、攻撃のタイミングを伺っている。
張り詰めた空気が場を支配していた。
バンザイした黒猫が腕をクロスさせる。
「ふぁいっ!」
それと同時にヴィヴィアンとロゼッタは飛び出した。
「やああああああぁぁぁっ!」
「はああああああぁぁぁっ!」
双方、練りに練った捻り正拳突きを繰り出す!
互いの拳が交錯、衝撃のクロスカウンターか!
と思いきや、二人の拳がそこで止まった。
「そこまで」
ヴィヴィアンとロゼッタの突き出した拳がビタリと静止していた。
ソルフィスが左手と右手の指一本で、二人の拳を止めていたのである。
「双方、拳をおさめること。これ以上続けるなら、わたしがキミたちの相手になるよ?」
「……ッ!?」
「ううっ……!?」
ソルフィスの気迫にヴィヴィアンとロゼッタは気圧された。
なにせ渾身のパンチが指一本で簡単に止められているのだ。しかもソルフィスが割り込んできたところが一切見えなかった。気配すら感じなかったのだ。
どう考えてもこの人には勝てる気がしない。そんな凄まじい威圧感があった。
「まったく、ソルは優しいわね……」
ぽつりとシャナトリアは他人事のようにつぶやいたが、二人を止めるよう横からソルフィスに催促したのは彼女だ。
このまま修羅場が続いていたら、二人の可愛らしい顔がただじゃ済まなかっただろう。お互い歯の一本二本くらい失っていたかもしれない。
まさに劇的なタイミングでの介入であった。
「なんや、終わりか?」
「引き分けかぁ? つまらんなぁ」
「お前見たか? あの姉ちゃんが一瞬で止めおったで……」
「誰や? あのかわいこちゃん、見たことない顔やな」
「いや、そうやのうて今の見えたか?」
「静まりなさい!」
そのとき、ザワつくギャラリーの後ろから凛とした少女の声が響いた。
「一体これは何の騒ぎですの? そこをおどきなさい」
その声を聞いて、ロゼッタがびくりと肩をこわばらせる。
静まり返ったギャラリーの人垣をかき分けて、二人組の少女が歩み出てくる。
そこに現れたのはロゼッタの二人の姉、アリステリアとルミナだった。




