学院見学ツアー・居住区画
―アゼル魔導学院 居住区画―
一行は学院区画を抜けて、修練生たちの居住区画に入った。
「はーい、このあたりが僕たちが普段生活する場所だよ。これから順番に見て行くね」
ゆるい斜面をのぼって行く。魔導学院の敷地の中でも最も高い場所にやってきた。
「このあたりはね、学院の中でも最も歴史が古い場所なんだ」
現在の居住区画は初代学院長アゼルが最初に手掛けた一帯で、彼女が考える最も大切な想いが込められているという。
「最初は孤児院からはじまって、その頃は本当に何もなくて青空の下が教室だったらしいよ」
やがて大人の魔導士に育った孤児達が、彼らの寄り合い所帯をつくった。
小さな集落は街となり、城ができ、城郭都市となってゆく。スケールの大きな話だ。
「そう考えるとこのお城、よくまあここまで大きくなったわよね。数百年の歴史の重みを感じるわ」
* * *
最初に訪問したのは小さな孤児院だった。
カイトたちが顔を出すと、小さな子供たちにワーッと囲まれて大騒ぎになった。
特に黒猫ティノは大人気だ。無邪気な子供たちにペタペタすりすり撫でられまくりシッポ捕まれまくりであった。
「にゃーっ、しまったーっ。これっ、オレしゃまで遊ぶにゃ!」
ソルフィスとシャナトリアも子どもたちの輪に入っていって一緒になって遊んだ。ティノは死んだ。
「コリョすでない!」
カイトとヴィヴィアンが古巣の光景を懐かしんで眺めているところに、シャナトリアがもみくちゃの輪から抜け出てきた。
「は〜、みんな元気いっぱいだわ……」
カイトとヴィヴィアンは壁に寄りかかって微笑みながら子ども達を眺めている。
「あなたたち、どうしたの?」
シャナトリアは二人の様子が気になって訊ねてみた。
「あ、うん。僕たちね、孤児だったんだ。とても小さい頃からティノとヴィヴィアンと僕は、ここで一緒に育ったんだ」
「懐かしいわねぇ」
カイトとヴィヴィアンはしみじみと語る。
「二人とも親の記憶はないの?」
「ないなぁ」
カイトもヴィヴィアンも首を振る。
「それなら、あたしたちと一緒ね」
ヴィヴィアンは幼児向けのちいさなベンチをシャナトリアにすすめた。
「あたしたちは物心つく前にリノー学院長先生に拾われたの。当時のリノー先生はここの院長先生だったのよね」
「ここの子たちはね、みんな魔導適性があるんだよ。そんな子ばかりが拾われてくるんだ」
「でもティノだけは魔力がスッカラカンだったわよね」
「みんな不思議がってたね。なんでティノみたいな子が? ってね。でも今にしてみるとティノは特別だったんだなぁって思う」
二人の昔話にシャナトリアは耳を傾けていた。
ソルフィスとティノははしゃぎまわる子どもたちに囲まれて大変そうだ。
「おねーしゃん、おうまー!」
「はーいー」
「ひひーんだよ、ひひーん!」
「ひぃ〜ん」
「ねこしゃんは、おうまのるひとー!」
「にゃにゃにゃにゃ!」
ソルフィスはお馬さんごっこのお馬さん役に大抜擢されて大変そうだ。黒猫ティノも子どもの頭の上にのっかって、お馬さんレースの騎手にされている。その光景をシャナトリアは微笑んで見守った。
「小さい頃のあなた達はどんなだったの?」
「どうだったかなぁ?」
カイトは少し考えて、
「まぁ、僕はティノとビビに、よく泣かされたよ」
「えー、そうだったかしら? ぜんぜん覚えてないわー」
「ひどいなぁ」
「しょんなことありゃせんぞ! オレしゃま泣かせとりゃせんのぞ!」
いつのまにかティノがシャナトリアの膝上に這い上がってきた。
「あら、ティノ。脱出できたの?」
「あいちゅらといたら、コリョさりるぞ!」
無邪気すぎて手加減を知らない子供たちからティノは退散してきたのだ。
「あたし思い出したんだけど。今のティノって、うんと小さい頃のティノみたいよね」
「そういえばそうだ。ガキ大将だったときのティノだよね。オレさま発言とか、舌足らずなところとか」
「にゃんだとー、しょんなことないぞ!」
ティノは前脚ぶんぶんして抗議する。
ズルいくらいかわいいので、どうにもガマンできなくなったシャナトリアは無言でティノをなでなでした。
「これーっ!」
* * *
続けて訪れたのは修練生寮だ。もちろん姉妹のための下見である。
「ここが、僕ら修練生が暮らしている《寮》になります」
「ほお〜」
「ここは女子用の寮ね。男子用の建物も別にあるのよ」
伝統的な石葺きの屋根にがっしりした太い柱が印象的な、木造三階建ての長屋造りだ。L字型の建物の角に玄関があり、翼を広げたように棟が左右に分かれている。風情があって温かみのある建築だ。
「んじゃ、行ってらっしゃい」
カイトは立ち止まって手を振った。ティノはぴょんとカイトの肩にとびのった。
「あれ、キミたち行かないの?」
「オレしゃまダメだぞ!」
「女子寮は男子禁制よ。男の子は絶対ぜったい入っちゃいけない聖域なの。ルールは守りましょうね!」
(よく言うよ……)
そっけない顔でそう回答するヴィヴィアンにカイトは呆れ顔だった。
姉妹はヴィヴィアンに案内されて女子寮の中に入った。
エントランスに入る。ホールの天井は高く、最上階まで吹き抜けの構造になっていた。それが建物の端までずっと続いている。共用スペースには囲炉裏が並んでおり、メラメラと火が焚かれていた。
「魔術の温熱炎を焚いてるのよ。見せかけの炎ね。これなら火事にならないしヤケドもしないし、年中どの部屋も暖かいのよ」
「ほぇー」
ヴィヴィアンのガイド務めもだんだんと手慣れてきたようだ。視線さえまともに合わさなければ大丈夫なのだ。
各階の内壁に廊下が設けられ、ずらりと部屋が並んでいる。空き部屋のひとつを見せてもらった。
「こんな具合で、ほとんどが二人部屋なのよ」
「へぇ。あたしとソルとで、ちょうどいい広さね」
「これならティノをお世話するのも大丈夫だね」
ソルフィスがにっこりして言うのに、ヴィヴィアンは「んっ?」と引っかかった。
「ソルさん、何言ってるの? ティノは来ないわよ?」
「む?」
「エッ」
「……」
「ティノ来ないの?」
「うん。ティノは男の子だから、この建物には入っちゃだめなのよ?」
「むむ……」
「……」
シャナトリアは二人のやりとりを黙って聞いている。
「でも、ティノ猫だよ?」
「エッ」
ヴィヴィアンは当惑した。当初からの話が伝わってないような気がする。
「猫でもダメよ、ティノは男の子なんだから」
「むむむ……。猫ダメなの?」
「ね、猫がダメなんじゃなくて、女子寮は男子禁制なのよ」
「……」
「猫はいいの?」
「そ、そうね。動物ならカラスやネズミやフクロウ飼ってる人もいるから、普通の猫くらいなら……」
「ティノはダメなの?」
「そうね、ダメね」
「……」
「でも、ティノ猫だよ?」
「エッ」
「……ソル、まちなさい」
それまで黙って聞いていたシャナトリアが制止した。
ソルフィスはぷっく〜っと膨れた。
* * *
カイトとティノは女子寮の外でのんびり三人の戻りを待っていた。
黒猫ティノはすっかり人の肩の上に乗るスキルを体得したようだ。今はカイトの上でくつろいでいる。
「ビッビの奴、ちゃんとガイドできちょるのかにゃー」
「大丈夫でしょ」
「にゃんかビッビの奴、あの二人の前では……んっ?」
ソルフィスが血相変えて、すっ飛んで戻って来た。
「ティノ! ティノはわたしたちと一緒の部屋で暮らすんだよね?」
「にゃんで?」
「だって、わたしがティノのお世話しないと、ティノのたれ死んじゃうよ?」
「コリョすでない!」
後を追ってヴィヴィアンとシャナトリアが戻って来た。ヴィヴィアンの困った顔を見て、ティノは何事か察した。
ティノはソルフィスが考えていることがピピーンと分かった。
「いいかゃ、ソル。オレしゃま、カイトと同じ部屋だぞ」
「じゃあ、引っ越しだね!」
「にゃんで!」
「だって、わたしがティノのお世話しないと、ティノのたれ死んじゃうよ?」
「コリョすでない!」
ループしている。
「あの〜、ティノのお世話なら僕でもできるけど」
「カイトじゃダメなの! わたしがティノのお世話しないとダメなのーっ!」
「アホか、にゃんでぞ!」
この強烈な押しの連続。このガンコさ。似たような反応をカイトは最近どこかで見たような気がする。
ティノとしては今まで通りカイトと同じ部屋で暮らすつもりだったが、ソルフィスがそれを許さないのである。
彼女は黒猫ティノと一緒に暮らしたいのだ。
「学院長せんせにお願いしなきゃ……!」
確信的になっているソルフィス。
「さっきも言ったでしょ、女子寮は男子禁制よ。ソル」
あくまで冷静なシャナトリア。
「ネコならいいんでしょ? ティノ猫だよ?」
「ネコじゃねー!」
あーもう、ぐるぐる堂々巡りだよ。ヴィヴィアンは正直、面倒くさくなってきた。
「ァィ。もう猫ならいんじゃない?」
折れたヴィヴィアンは無責任なことをいった。
「だよね!」
「なんでぞ、ダメだぞ!」
「カラスとかネズミとかフクロウ飼ってる人もいるし……」
「オレしゃまをペットなどと!」
黒猫はバタバタと暴れて抗議する。
まぁ、カイトには悪いけど、ティノとひとつ屋根の下で暮らす寮生活というのも悪くないかもしれない。ヴィヴィアンもそう思い始めていた。
「そういうことならティノ、あたしたちの部屋にいらっしゃい」
「にゃー!」
否定派だったシャナトリアまでそんなことを言い出す始末。
「ちゃなーっ! なに手のひら返しとんぞーっ!」
「あら、勘違いしないでちょうだい。あたしは最初からあなたと暮らしたかったのよ? 決まりが許すならそうするわ」
「ティノ! わたしがちゃーんとお風呂にも入れて、おトイレ掃除して、ごはん食べさせて、お世話してあげるから安心してね!」
「ふーん!」
ソルフィスはぽかぽかと叩いてくる黒猫を抱き上げた。彼女の野望は容易に達成されそうな気配がした。




