学院見学ツアー・中央広場
―アゼル魔導学院 中央広場―
「はい、ここが中央広場でーす」
カイトが先導する学院巡りは、最初の目的地に中央広場を選んだ。
学院の南城門から入るとすぐの広い敷地だ。この場所は学院構内のいろんな区画をつなぐハブとなる、文字通り中心的な広場といえる。
「わぁ」
中央広場という名前からして城内で最も開けた空間だ。窮屈だった路地裏と比べて開放的だった。
開けた空間を見上げれば、はるか頭上に雪をかぶった聖山クラートの山嶺が見える。外の世界は真っ白で寒々しい光景だ。
「ここって意外と暖かいのね」
「よくぞお気づきになりました」
シャナトリアが言うのにカイトが応えた。
「設置型の魔術が仕掛けてあってね、城内はずっと一定の温度に保たれているんだ。だから雪も積もらないんだよ」
「ふぅん」
「でも城門の外に出るときは気をつけてね。もうすぐ冬だし、外はめちゃ寒いから」
「そだぞー。気をつけにゃあかんのぞ」
黒猫が得意げに相槌を打つ。
「あれなに、あれなに?」
ソルフィスが指差す先には香ばしい匂いを放つ屋台が並んでいる。
「あれは屋台だよ。毎日、行商人がやってきて、商いをしてるんだ。食べ物や飲み物も売ってるよ」
彼女は好奇心旺盛で何に対しても興味を示す。そんなソルフィスと手をつないで後ろからシャナトリアが静かについてくる。ソルフィスが飛び出さないように手を引っ張っているようにも見えて、まるで彼女の飼い主みたいだ。
「ねえねえ、混む前に何か食べて行きましょうよ」
「うんっ! 食べる食べる!」
ヴィヴィアンの提案にソルフィスは賛成した。シャナトリアも「そうね」と頷く。
「ビッビ、おカネもってんのかゃ?」
「ふふふ、心配しなさんな。アイシャさんから軍資金 (おやつ代) はもらってきてるのよ!」
「いいけど、この後の予定も……。お昼前だから少しだけだよ、昼食の予定もあるからね」
「カタいこと言いなさんな。まったりいきましょ」
敷地の端の方にテーブルを設えているところがあり、一行はそこで軽食をとることにした。
屋台で買ってきたものは肉の串焼きとミルクティーである。
修練生がこのような外食をすることはわりと贅沢らしいのだが、今日は特別だ。
広場にいると、いろんな人が往来しているのがわかる。魔導士、修練生、教師、商人、その他学院関係者。
ソルフィスとシャナトリアを見て、気さくに手を振ってくる修練生もいる。姉妹も手を振り返す。二人はもうすっかり修練生として学院の雰囲気に溶け込んでいた。
広場で楽器を鳴らし、それに合わせて踊っている人たちがいた。あれも修練生か、若い魔導士たちらしい。
「あれは何をやってるの?」
ソルフィスが興味深そうに訊ねた。
「自作の演奏に合わせて踊ってるんだね。この学院、音楽と踊りが趣味の人が結構多いんだ」
「ふぅん」
「どうしてなの?」
「それはうちの魔術のスタイルのせいかしらね」
ヴィヴィアンが応えた。
「アゼルの魔術は呪文を唱える必要がないわ。そのかわり精妙な体の動きが大切なのよ。だからああやって踊ることで体幹を鍛えて、感覚を養ってるのね」
ヴィヴィアンは構えて魔術のポーズをとりながら説明した。姉妹は「なるほどぉ」とうなずいている。
趣味と訓練を兼ねている、アゼルの魔導士らしい余暇の光景だった。
「にゃフフ、おどりならオレしゃまトクイだがにゃ」
ティノが胸を張った。
「わぁ、ティノの踊り見たいみたい!」
「このカラダが元に戻ったらみせてやるにゃ」
「遠慮しないで、ティノ。あなたのネコ踊りが見たいのよ」
シャナトリアが所望すると、黒猫はバタバタ怒りの舞で怒った。
「さあさあ、それではこのへんで話変わって! 不肖ながらこの僕がガイドを務めさせていただきまぁす」
カイトがささっと出てきて、ぺこりと仰々しいお辞儀をする。
「おー」
ぱちぱちぱち。
みんなと一緒に黒猫もがんばって拍手した。
「この広場から見える、にょきにょきと尖っているやたら高い建物があるでしょ。あれが魔導学院の名物、七つの塔だよ」
カイトがそれぞれを順番に手で指し示して解説した。
「一番目立って綺麗なのは、《白の塔》。学院のシンボルだね。中は図書館になってるんだ」
「あっちの一番背が高いのは、《黒の塔》。テッペンは天文台になってて、星を見るための大きな望遠鏡が置いてあるんだ」
「城門に近いところにあるデカい塔は、《赤の塔》だね。あそこは大人の魔導士たちの官舎になってる」
「うみゅうみゅ。そだぞー、知っとけよー」
黒猫がウンウンと自慢げに相槌を打つ。
「色の名前が付けられてるのね」
シャナトリアが興味深そうに聞いている。
「うん。本当はちゃんとした名前もあるんだけど、色の名前だと覚えやすいでしょ?」
カイトは張り切ってガイドを続けた。
「あそこの丸い塔は《青の塔》。あのあたりはお役所関係の建物があるんだ」
「おやくしょ?」
「あ、ええとね。アゼル魔導学院はこの地方の政治も仕切ってるんだ。この地方はアゼル自治区っていう領域でね、部分的に国とは独立した政治機関になっていて……」
「?」
「??」
まだソルフィスとシャナトリアにはカイトの解説が難しかったようだ。
「カイト、おめーの説明は早口でむちゅかしいのぞ!」
「あっ、はい……ゴメン……」
ティノの直球な指摘でカイトは真面目にヘコんだ。
「アゼル魔導学院は、このあたりの大元締めの親分ってことでいいんじゃない?」
「それにゃー、ビッビ。そういうトコだぞ!」
納得したように相槌うつシャナトリアが続きをうながした。
「残りの三つの塔は? 教えてくれない、カイト?」
「ハイ!」
シャナトリアの優しい声でカイトはしゃっきり再起動した。
「え、ええっと、残りは《金の塔》《銀の塔》《灰の塔》だね。実はあの塔のことは僕も知らない」
「知らないの?」
「う、うん。あの塔が建ってるあたりは外縁区画と呼ばれててね……」
「ガイエン……?」
「外側って意味だよ。魔導学院の城砦で一番外側の城郭を、外縁区画って呼んでる」
外縁区画は、城砦の構造でいうと最下層に位置する地区だ。
その場所には学院所属の技能魔導士の工房や研究室がひしめいている。
「あそこは、ものすごくゴチャゴチャしてて超カオスでね、迷ったら出られないから僕も怖くてめったに行ったことないんだ」
ヴィヴィアンもうなずいている。
修練生にとっても魔導学院にはまだまだ謎があるということらしい。
「ふぅーん」
ソルフィスとシャナトリアは薄い反応を示す。
カイトは微妙に自信がなくなってきて、たじろいでしまう。
「ま、まぁ機会があったらいずれ……」
そんなカイトの様子を察してティノが助け舟を出した。
「カイト、道に迷ったらどーしゅるんだっけ?」
ティノの質問でカイトはピンときた。
「そ、そうだった。道に迷ったらね、今の七つの塔を目印に覚えておくといいよ!」
「ふむ?」
「僕たち修練生が生活する場所は、《白の塔》と《黒の塔》の辺りだから。そこだけ覚えておけばいいよ」
「なるほどね、わかったわ。ありがとう」
素朴で実用的なアドバイスだった。
「ど、どうかな、僕のガイドは。いかがなもんですか?」
「よかったよぉ、カイト」
「まぁまぁね」
おおむね好評のようでカイトはわりと嬉し涙が出てしまう。
「ここはゴチャゴチャしてて広場に出ないとすぐに迷っちゃいそう、ってことだけ分かったわ」
「その通りね」
コミュ症のヴィヴィアンが前に進み出た。
「しばらくは歩いて慣れる必要があるわ。お散歩ならあたしがいつでも、つ、付き合うわよ!」
人見知りのヴィヴィアンがめずらしくナチュラルに振舞おうと頑張っている。これも冒険を通して得られた度胸の賜物だろうか。
「ありがとう、ヴィヴィアン」
「ぁッ、〜〜ッ!」
ソルフィスの笑顔にヴィヴィアンは顔真っ赤にして沈没してしまった。
「よ〜しおめら、ちゅぎ行くぞ!」
「次はどこ行くの?」
「次はいよいよ僕たちが学んで生活する場所に行くよ」
一行は中央広場を出て、学院区画に向かった。




