姉妹、見学する
―アゼル魔導学院 ゲストハウス―
ソルフィスとシャナトリアの部屋に、ふたつの衣装ケースが届いた。
アゼル魔導学院の女子修練生の制服である。もちろんこれは新しい入学生である、ソルフィスとシャナトリアの制服だ。
アイシャに着方を教えてもらいながら、さっそく二人は真新しい制服に袖を通した。
「かっこいぃーっ!」
ソルフィスは鏡の中の自分を見ておおはしゃぎだ。
「わあっ……」
シャナトリアも鏡の前でスカートやマントをいじったりしている。
姉妹でお互いの姿を見て、興奮のあまり飛び跳ねた。
二人とも、もうどこから見てもアゼルの修練生だ。
アゼル女子修練生の制服は、白いシャツに、暗灰色のプリーツスカートとジャケット。そして膝までの黒マントがワンセットになっている。
寒い土地柄なのでセーターやタイツもオプションで付属している。全体的に黒で基調されているなかで、スマートな赤いネクタイがポイントだ。
「ひゃあ〜、サイズぴったりだな」
ピカピカのローファーも狙い澄ましたように足のサイズにピッタリだ。
アイシャは半ば呆れ気味につぶやいた。もちろんリノー学院長の周到な準備に対してである。
「ったく、学院長は手際良すぎだろ。いつから準備してたんだ……」
先日、念入りに身体計測していたのはこのためだったようだ。
そのあとで大至急用意させたのだろう。
「ふわぁ……」
ヴィヴィアンは制服姿の姉妹にすっかり見とれてしまった。
ソルフィスがにっこりと微笑みかけると、ヴィヴィアンはドキーンと衝撃に胸を打たれて硬直してしまう。
「すごい。いよいよ入学するんだね」
部屋の中に招かれたカイトも同様に驚きのため息を漏らした。
「正式にはまだだ。編入先クラスとか寮とか内部手続きが残ってるらしいからな。今日はお二人の体験入学ってところだよ。そんなわけで学院の案内、よろしく頼むぞ」
聖双の魔導士と呼ばれた姉妹がその後にどういう道を歩むのか二人の考えが気になっていたが、思いのほか早くこのときがやってきたようだ。
カイトとヴィヴィアンは姉妹の学院案内役を仰せつかっていた。
後日に控えた正式な入学の前に、学院内を簡単に見学させてあげてほしいとのアイシャからの要望だ。
「うん、任せておいてよ!」
「バッチリこなしてあげるわ!」
「にゃーっ、オレしゃまに任せておくのぞ!」
黒猫ティノが先導してトテトテ歩き始めた。
「おめら、しゅっぱつしゅっぞー!」
「ティノまって〜!」
「アイシャさん、行ってきます」
「ああ、行っといで」
黒猫の後を追う姉妹をアイシャは見送った。
「夕飯までには戻るんだぞぉ〜」
「「は〜い」」
思えばずっと軟禁状態だった身分からようやく外出できるのである。黒猫も姉妹もウキウキだった。
「歩く人に気をつけなさいよぉ、ティノ!」
「ビッビ早よこい、置いてくぞ!」
「びっびじゃないわよ、ビビよ! もう!」
一行はゲストハウスを出て、学院構内に向けて出発した。
こうしてソルフィス・シャナトリア姉妹の、アゼル魔導学院見学ツアーが始まった。
* * *
黒猫ティノと姉妹がこうして外に出るのは、聖地から帰還したとき以来だ。
ソルフィスとシャナトリアは真新しい制服の感触や靴の歩き心地を確かめつつ、お互いの姿を見てははにかんでいた。
「にゃにゃにゃ、世界が広いぞ! しゅごい!」
先頭をトテトテ歩くティノが驚きに目を丸くしていた。
細い通路ながら人通りは割と多く、出会い頭に危うくぶつかりそうになることもある。うかつに角を出たら小さなティノの体は踏みつぶされそうになるほどだ。子猫の視点だと驚くほど世界が変わって見える。
「ティノ、危ないからこっちいらっしゃい」
「ふーん!」
黒猫は早々にシャナトリアの腕の中に捕獲された。
「オレしゃまが案内したかったのにぃ」
「まぁまぁ、今日のところは僕とビビに任せておいてよ」
そんなわけでティノにかわって、カイトの先導で一行は進む。
姉妹が宿泊しているゲストハウスの一帯は政務区画と呼ばれている。そこから歩いて、学院区画と呼ばれる区域に向かった。
「オイ、ろじぇったと、るしぃーは来てにゃいのか?」
「あの二人とはお昼に合流できるわよ。実はまだ授業中でね、あたしとカイトだけ特別に抜け出してきたのよ」
「おめら、あのあと怒られなかったのかゃ?」
ティノが心配していたのはもちろん、御山入りの最中に抜け出して聖地に行った件についてだ。学院側から事情を説明してくれることになっていたハズだが、現在の状況はどうなっているのだろう。
学院生活に復帰してからその後のことを、道すがらヴィヴィアンが話してくれた。
「以前にあんたの部屋で話してたコトと、だいたい同じシナリオになったわよ」
「にゃ?」
学院側が発表した内容によると、ティノたち一行は御山入りの帰路で道に迷い、間違って入ってしまった聖地方面にて偶然発生した《境界》に踏み入ってしまったことで一時的に異世界に転移してしまった、ということにされているそうだ。
「ふむー、たしかに間違っとりゃせんのにゃ」
カイトは笑いながら付け加える。
「顔出したときはクラスのみんなスゴイ大騒ぎだったよ。でもね、ちょっと異世界に足踏み入れただけで30日も時間がトンだってことがね……。今度はそっちの話題でみんな大騒ぎになってたよ」
「フフフ、"聖地マジ怖い"って風評だけが残ったわね」
ちなみに一番心配していた処罰についてだが、お咎めナシになったそうだ。禁足地に立ち入れば当然それなりに罰を受けるかと思われたが、このあたりも学院長が裏で手を回してくれたのだろうか。
「まぁ、うちらはいいんだけど、ティノ。あんたはちょっと大変よ?」
「にゃ?」
「ティノは異世界の呪的悪影響をモロに受けすぎて猫になってしまいました、って説明されてるよ」
「みんな猫になったティノにそれはもう、ものすっごく会いたがってるわよ」
「にゃ、にゃ」
たしかにそれも事実としては間違っていないのだが。
ティノは学院生活に復帰した後のことを考えると怖くなった。皆からモミクチャにされるのではないだろうか。
シャナトリアは黒猫がぷるぷるしていることに気がついた。
「怖がってるの、ティノ? 大丈夫よ、あんたはあたしが守ってあげるから」
黒猫はキッとシャナトリアを見た。
「なにを言うのか! オレしゃまが怖がるわけなかろ! ていうか、おめらがアホなことせんようにお守りしゅるのがオレしゃまの役目ぞ!」
「はいはい、期待してるわ。ちゃんとソルを見張っててね」
「ちょ、ちょっとぉー! シャナそれどういう意味ぃ?」
「これ! オレしゃまの前でケンカするにゃ!」
「……」
黒猫ティノと姉妹の微笑ましいやりとりを見て、ヴィヴィアンは複雑な気持ちだった。
最初は妄想かと思っていたティノの変態的な夢が叶って、伝説の魔導士姉妹と出会えた嬉しさが半分。その姉妹に実質的にティノを取られてしまい、自分の手の届かない場所に連れてかれそうな寂しさがもう半分である。
カイトのバカたれも小悪魔ロゼッタにまんまと奪われてしまった。
寂しい。離ればなれというわけではないが、みんなの心の置きどころは、もう以前とは違うのである。
穏やかで楽しかったはずの日常が急激に変わっていく。ヴィヴィアンの心は不安の陰りをみせていた。




