入学します
―アゼル魔導学院 ゲストハウス―
ティノたちが聖地から帰還してから六日目。
ソルフィスとシャナトリアはいつものように黒猫ティノと部屋で遊んでいた。
「コレ! しょる! スリスリすんにゃ!」
「ダメぇ?」
「ダメだぞ、まったく! 言うたろ、オレしゃま馴れなれしいの好かんのぞ!」
「ナマイキよ、ティノ。おとなしくスリスリされなさい」
ソルフィスの手から逃れたティノはすぐにシャナトリアに捕獲されてしまう。
「にゃーっ、ちゃにゃーっ! ゆるしゃん!」
黒猫ティノはいいかげん鳥かごの中の生活に飽きてきた。
そろそろ外を自由に出歩いてみたい。それはきっと姉妹とて同じだろう。
学院の様子も気掛かりだ。その後のカイトたちはうまく元の生活に戻れただろうか。気になることでいっぱいだ。
「入るよ」
部屋を訪ねてきたのは世話役のアイシャだった。今日もカートにのせた朝食を運んできたのだった。
「ししょー!」
黒猫がぴゅーっと駆けてきて、アイシャの脚にぴこっと跳びついた。
「うふふっ、おはようティノ。今日も元気か?」
「あいちゅらスリスリギューしてきて困るのぞ!」
「あはは。モテモテだなぁ、ティノ」
ティノはアイシャの太ももにひっついたままキッと睨んでくる。かわいい。
この一風変わった弟子とのつきあい方にも慣れてきた。
「アイシャさん!」「おはようございます」
姉妹はぺこりとお辞儀する。
「おはよう。ソルフィス、シャナトリア。朝食だよ」
「ありがとう!」
黒猫が脚にひっついたまま、アイシャはカートに置かれた朝食をテーブルに移す。姉妹もそれを手伝った。
「ししょー! オレしゃまタイクツだぞ! はやくそとでたい」
「ごめんなぁ、ティノ。でも今日はあとで三人にいい報せがあるかもよ」
「本当!? アイシャさん!」
ソルフィスの目が輝く。
「ああ、楽しみにしてな」
「ししょー! オレしゃまのからだ、いつまでこうにゃの?」
「それはお前の心構え次第なんじゃないのか?」
「それ、ヤブ医者しぇんしぇーにもいわれたぞ!」
「じゃあ、元に戻れるようがんばらないとな。でも、あたし的には今のお前の方がかわいいんだよなぁー」
「ふーん!」
ティノはアイシャの脚をポカポカ叩いて抗議行動をとった。
キラッキラした目でそれに魅入るソルフィスとシャナトリア。
テーブルに朝食を並べ終えるころにもう一人の人物が入ってきた。
「皆さん、おはよう」
リノー学院長だった。
「学院長せんせ!」「しぇんしぇー」「おはようございます」
姉妹と黒猫は学院長を出迎える。
毎日この五人で同じテーブルを囲んで朝食をとっているのだった。
ティノはテーブル上の小皿に、他の四人から順番に取り分けてもらう。
ソルフィスはソーセージを小さく切り分け、スプーンにのせて黒猫に持っていった。
「はいっ、あ〜ん」
「はぐはぐ」
黒猫ティノは実に嬉しそうにくわえる。ソルフィスも満面の笑顔だ。
当初、ティノのネコの体に配慮した食材の献立にされていたのだが、その後ティノは人間だった頃のように何を食べさせても問題ないことが分かってきた。
まだ様子見の段階ではあるが、現在ではティノもみんなと一緒に食卓を囲むことができている。
さて、次はシャナトリアの番。
「スカスカのパンはー、要らにゃいぞ!」
「ティノ、あなたワガママね」
シャナトリアはパンを小さくちぎってソースに浸したものをティノに食べさせてあげた。
「これならどう?」
「うみゃ、うみゃー!」
ティノがご飯を頬張る仕草はじつに幸せそうだ。シャナトリアも胸がキュンとなってしまう。
食卓の光景をリノーとアイシャは微笑んで見守っていた。
ここ数日の観察で、姉妹の個性にもはっきりとした違いがあることが分かってきた。
姉のソルフィスはポワンとしているところがあるが、芯が強くてすこし頑固な一面もあるようだ。黒猫が大好きで堪らないところにそれが見られる。
妹のシャナトリアは冷静でしっかりしている。いつも姉を気遣い、一歩引いたところから静かに支えている。そして彼女も姉に負けず劣らず黒猫が大好きだ。
「狭いところにずっと閉じ込めちゃって、ごめんなさいね。あなたたち今日から外出してもいいわよ」
「「ほんとう!?」」
姉妹の目が輝く。アイシャが言っていた「いい報せ」は早くもやってきた。
「ええ。少しは外で体を動かさないと、健康に悪いですからね」
「にゃったー!」
ティノはバンザイしてよろこんだ。
「あなた達の"これから"を、どうしてあげたらよいのか、ずっと考えてきました」
リノー学院長はこう切り出した。
「聖殿の乙女は我々にとって伝説的な存在。大きく時代が変わったとはいえ、我らは最高の礼を持って遇するつもりです。……と、以前にそんなことを言ったら、お断りされましたね?」
「お断りしました」
シャナトリアはうなずく。
「伝説とか、そんなもの知らないし」
「そうね」
リノーは優しく微笑んだ。
「どのような過去を持つにせよ、あなた達が今を生きるアゼルの民である以上、首長としてあなた達の自由は保障するわ」
姉妹はなんとなく相槌をうつ。
「そこで私から提案、というか、お願いがあるんだけど」
「ぬ?」「なんですか?」
どうやらここからが本題のようだ。リノーは息を吸い込んで思い切って言った。
「あなたたち、この学院に入学しない?」
姉妹は目を丸くする。
「にゅうがく?」
「ええ、ここは学校。学び舎ですからね」
リノーはすぐ目の前でソーセージをかじるゴキゲンなティノの背中をなでた。どういうわけかティノはこれに抵抗しない。ガジガジと肉を頬張るのに忙しいようだ。
「わたしたちと一緒に。それから先日までここで一緒だった子どもたちと、この子、ティノといっしょに。ここアゼル魔導学院で、勉学と修練に励みながら、生活をするということよ。どう?」
「……」「……」
しばらくぽゃーんとしていたソルフィスとシャナトリアは顔を見合わせた。
アイシャが横からヒソヒソ小声でささやく。
(学院長、いいんですか? 各方面への調整は……)
(万事できてます。なんら問題ありません)
(おぉぅ……)
「アイシャ、アゼル魔導学院の原点が、孤児院から出発していることはもちろん知ってるわよね?」
「はい」
「その根源的精神は、弱者救済、相互扶助。わかるわね? 誰にも文句は言わせません!」
「は、はいぃ、失礼しました」
アイシャはひたすら頭を垂れるばかりだ。
なにやら手続きは水面下で周到に済ませているようだ。あとは姉妹の意思だけということか。
リノーは姉妹に向き直って問いかける。
「というわけで二人とも。どうかしら? 入学する?」
「「する!」」
即答。
ソルフィスとシャナトリアはバンと手をついて立ち上がった。二人ともまったく同じ動きだ。ティノは驚いて二人を見上げた。
「入学、します!」
「お願いします!」
二人に断る理由はこれっぽっちもなかった。
「そう言ってくれると思ってました」
リノーはにっこりと微笑み、大きく何度もうなずいた。
「ようこそ、アゼル魔導学院へ。あなた方を歓迎できてまことに嬉しいわ」
この日、ソルフィス・シャナトリア姉妹のアゼル魔導学院への入学が正式に内定した。




