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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第四幕 聖双の魔導士
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双子姉妹のカウンセリング

―アゼル魔導学院 ゲストハウス―



 ティノたちが聖地から帰還してから四日目。

 聖双の魔導士と呼ばれたソルフィスとシャナトリア姉妹にも、問診が行われていた。


 当初、二人は無口で反応が薄くなかなか思うように進まかったのだが、黒猫ティノが目覚めてからは見違えるように二人の受け答えが良くなった。

 もはや黒猫ティノは明らかに姉妹の精神的支柱、セラピストとしての存在になっているようだ。



 診察用に用意されたゲストハウスの一室にて、リノー学院長が保護者役として付き添いながら診察が行われていた。


「お二人の身体測定、検査もろもろ行いましたが、いたって健常でしたね。問題ありません」

「そうですか、よかった」


 お医者先生の回答にリノーはほっとした様子であった。

 ソルフィスとシャナトリアは退屈そうだ。並んで椅子から脚をブラブラさせている様子は二人ともそっくり。さっさと終わらせて自室にいるティノと遊びたいらしい。


「ですが、記憶のほうは、まだ思い出せないようですね」

 姉妹は七百年前の記憶をほぼすべて、と言っていいほど忘れてしまっているらしい。


「ご両親のことや、アゼル師のことも覚えてないと?」

「ええ。修得していた魔術のことも今では使い方をはっきりと覚えていないようです」

「そうですか……」


「覚えているのは、お二人のお互いの名前と姉妹関係のことだけ」

「姉妹の絆は強し、ということかしらね」

 リノーは穏やかに微笑んで双子を見た。


「まぁ、魔術の方はいずれ思い出していきますよ。体が感覚で覚えているでしょうからね」

「だといいのですが」

「ああ、そうだ。魔術で思い出しました。今日はお二人の魔導適正の診断を行うつもりで来たんです」



 姉妹は促されてテーブルの席についた。お医者先生は対面に座る。後ろでリノーが椅子に座って様子を見守った。

 お医者先生は白い布手袋をつけ、銀色の小さなビーカーと瓶詰めのキラキラした奇妙な液体をテーブルに置いた。


「ぬ?」

「これはなぁに?」

 シャナトリアが訊ねる。


「今からこの器具を使って、君たちの潜在魔力を測定するんですよ」

「潜在魔力?」

「ええ。魔力の大きさと性質の傾向を測るんです。この液体を使うんです」


 透明の液体の中にキラキラした砂つぶが混ざった液体をふたつのビーカーに注いでいく。

 二人は物珍しそうに作業に見入っている。



「キラキラしているでしょう? これはね、《クアドライト》という魔導鉱石の結晶です。クアドライトは魔力に反応して形状変化する性質を持っているんです。この物質の変化の具合をみて、潜在魔力を診断するわけですね。これは別名《アゼル銀》ともいって、この地方でよく採れる鉱物なんですよ」


 お医者先生はこれから科学の実験を始める生徒みたいな無邪気な顔で楽しそうに話す。つられて姉妹もなんだかワクワクしてきた。

 それぞれのビーカーの中に紐を垂らす。紐の一端を外側に垂らし、机の上まで延ばした。


「指でビーカーに触れて魔力を徹すと、クアドライトが紐に付着して机の方に這い上ってきます。こうして紐が形状変化していく様子を診るんですね。その結果で魔力の大きさと性質を測定するわけです」


 お医者先生はクリップボードとペン、巻尺と棒温度計を取り出し、測定の準備にうつった。



「準備ができました。では、お二人ともその容器を両手で包みこむように持ってください。なにも考えずに力を抜いて、ただ持つだけでいいです。それで君たちの潜在魔力が容器の中に浸透し始めますから」


 興味深そうにビーカーの中を覗き込むシャナトリアにソルフィスが声をかけた。


「シャナ、いっしょにやろ?」

「うん」

「リラックスした状態で、腕をまっすぐに伸ばして。そっと掴んでくださいね」

「はぁい」


「それじゃあ、シャナっ。せぇーのっ」

「「はいっ」」


 二人は容器をつかんだ。


 大爆発した。



   * * *



 測定不能。


 ソルフィスとシャナトリアの魔導適正診断は、測定不能という前代未聞の結果となった。


「ありえない!」


 椅子がひっくり返って壁まで吹っ飛んだお医者先生は一言、そう捨てゼリフを残して早々に退散していった。

 リノー学院長は「この二人には学院構内で魔術を使わせない方がいい」という警告までされた。



 測定キットが爆発した原因については精密な調査が必要ではあるが、単に二人の魔力が広大過ぎたということだ。おそらく瞬時に莫大な量の魔力がクアドライトに流れ込んで爆発的な反応を示したのだろう。

 体内魔力にまつわる様々な能力と、瞬発力と持久力――こういった多岐の要素が複雑に絡み合って最終的な魔力が出力されるわけだが、いってしまえばこの二人はどの基礎能力も途方もなく高いのだった。



「痛たた……。まぁ……、慣れるまで魔術は控えた方がいいでしょうね」

 爆発で吹っ飛んだときに打った腰をさすりながらリノーは苦笑気味にそう言った。


「二人とも怪我はない?」

 仲良くひっくり返って放心状態になっている姉妹の反応をうかがう。

「うん」

「大丈夫」


 よっこらしょ、と倒れた椅子を起こす学院長。

 部屋の中はとっ散らかってしまった。衝撃で窓ガラスも全開きだ。割れているものもある。

 天井やら壁にクアドライトのキラキラした砂が付着し、抽象的な芸術がバクハツしたみたいな部屋模様になっていた。



「「ごめんなさい」」

 声をそろえて姉妹は謝罪する。

「いいのよ、いいのよ」リノーは可笑しそうに声をあげた。


「こっちも凄いもの見せてもらったわ。でもまさかここまでとはね……。部屋はそのままにしておきましょ。あとでちゃんと調べさせるから」


 ゲストハウスの爆発騒ぎということで近所は騒然となってしまった。

「密偵の襲撃か」と衛士が館内に踏み込んできたりしたが、リノー学院長が表に出てあれこれと揉み消しに回った。


 リノーは「検査に手違いがあり試験溶液が破裂した」と触れて回った。一応、正しい言い分だ。

 幸いなことに火事やけが人は発生していないから、かろうじてセーフ。無問題ということになった。しかしながらその日の学院長は、騒ぎを収めるために奔走することになってしまった。



「うわぁ、これはひどい」

 爆発音に驚いて駆けつけてきたカイトは部屋をみるなり絶句した。


 黒猫ティノも一言「おそろしやー」とつぶやいた。


「すごい。魔導適正診断でこんな反応がでるなんて……たしかに前代未聞だ」

 ロゼッタは驚きと興奮にあふれている。


「さすが、聖双の魔導士といったところだよね」

 カイトがそんなことを言うとソルフィスはぷりぷり怒った。


「もうっ、カイト! セーソーノマドーシとか言われてもわたしそんな言葉知らないよ?」

「えっ、そうなの?」

「そうだよ!」

 ソルフィスは自信たっぷりにいう。


 横からロゼッタが指摘した。

「たぶん《聖双の魔導士》という称号は、後世の人たちが二人の功績を讃えてつけたモノなんだよ」

「あ、そうか。確かにそうかもしれないね」

 だとしたらソルフィス・シャナトリア本人がその称号を知るわけがない。


「いい? お姉さま方の正しい肩書きは《聖殿の乙女》なのよ。あたしたちの大先輩なんだから」

「ヴィヴィアン、あたしそれも知らない」

 シャナトリアがばっさりと否定する。

「エッッ、そうなの?」


「昔のことは記憶がなくて覚えていないわ。それにあたしたち、そんな称号なんていらない。ただのソルフィスとシャナトリアでいいのよ。わかった?」


「ううっ、ごめんなさい……」

「別にあやまらなくていいわ。あたしたちは、あなたたちの友達として接したいだけなのよ」

「シャナトリアさん……」


「シャナちゃん〜!」

 ルーシィがその言葉にいたく感動したようで、目をキラッキラさせてシャナトリアの手をぎゅっと握った。

「……」

「……」

「……」

「……ルーシィ。あなたの気持ち、わかったわ。そろそろ手をはなしてくれる?」


 そのあとルーシィはソルフィスの手をぎゅっと握った。ソルフィスもニコニコ顔でそれにお付き合いした。


(ちィィ、ルーシィめ。お姉さま方とナチュラルにあんなベタベタと……!)


 背後でヴィヴィアンが不穏な歯ぎしりをしていた。



   * * *



 その日の夜、ソルフィス・シャナトリア姉妹の部屋をカイトたちが訪ねてきた。

 黒猫が出迎えると、おもむろにカイトが切り出した。


「あのさ、実は僕たち、ゲストハウスにいるの今日で最後みたいなんだ」

「にゃんだとー?」

 ティノは驚いてぴこっと尻尾を立てた。


「ボクたち明日から元の学院生活に戻れることになったんだ」

「ひと月も行方不明になってたあたしたちの事情を学院側から説明してくれるんですって」


「ふみゅ……、しょれはよかったにゃ」

 言葉と裏腹に、黒猫はしおしおションボリ、見るからにヘコんで寂しそうだ。


「ティノちゃんは〜、まだよぉ。ここでソルちゃんとシャナちゃんを守ってあげなきゃね〜?」

「そんなことわかっちょるぞ! まかせちょけ!」


 カイトとヴィヴィアンも寂しそうにティノを見つめた。

「ふんんー、にゃんだその目は! またいつでもここに遊びに来ればええのぞ!」


 というか遊びに来てくれないとティノは困る。

 ソルフィスとシャナトリアに一日中オモチャにされるのはゴメンなのだ。


「君たちのことは世間ではまだ秘密にされているから、僕たちも喋っちゃいけないんだ。だから当分はここに来ちゃいけないんだって」

「にゃー!?」

「また会える日まで、しばらくお別れね。ティノ」


「むふーん!」

 ティノはててーっと駆けてヴィヴィアンの腕に飛びつく。ヴィヴィアンは黒猫の頭をなでた。

「あらら、泣いてるの? ティノ」

「オレしゃま泣いとりゃせんぞ!」

「お姉さま方を頼んだわよ、ティノ」

「ふにゃーん!」

 黒猫は泣いた。


「ソルフィスとシャナトリアも、きっとすぐ自由に出歩けるようになる。そのときに必ず迎えに来るよ」

「あたしが学院中を案内してあげるわ!」


 姉妹はにっこりと微笑む。

「うん。ありがとう、みんな」

「待ってるからね」

「オイ! こいつら案内するのはオレしゃまの役目ぞ!」

「あんたの案内より、あたしの方がずっと優秀なのよ」

「にゃにおー! ビッビのブンザイで!」

「ビビよ! ビビ! もういちど!」

「びっび!」

「この猫は〜っ。次までにちゃんと言えるようになっておくのよ?」

「ネコじゃねー!」



 この数日間でソルフィスとシャナトリアは、カイトたちとすっかり打ち解けた。特にティノが目覚めてからは、彼が姉妹との橋渡し役となって動くことで、世話役のアイシャや周囲の人たちとより一層親密になったようだ。

 この調子なら、もし姉妹が魔導学院に入学することになっても、きっとうまくやっていけるだろう。道を決めるのは彼女たち自身ではあるが。


 その日の夜、ティノの快復祝いとお別れ会を兼ねた、ささやかなパーティーを行った。

 アイシャが気遣ってくれて、ちょっとだけ豪華な夕食となった。



「ソルちゃん、シャナちゃん! しばしのお別れだから〜、ルーシィがこの先のこと占ってあげるね〜」

 唐突にルーシィが二人の前に立って妙なことを言い始めた。

「む?」

「占い……?」


 ルーシィは糸玉から一本の糸をほどき出して、長めの輪っかを作った。それを両手の指にかける。

「ふんむっ」


 あやとりを始めた……。


「?」

「??」

「コイツなにやってだ?」

 みんな不思議そうにルーシィの指さばきを見つめる……。やがて何かが完成した。


「ハシゴです……」


「おー」

「しゅごいしゅごい」

 みんなから拍手が起こる。

 テレテレになったルーシィは糸をほどいてそそくさとポケットにしまった。

「あ、しまっちゃうんだ」


「むむぅ〜……」

 ルーシィはかっと目を開いて宙を見つめた。

「でました……!」

「でたんだ」


『ネコを〜なでると〜よいことが〜あ〜る〜』


「……」

「……」

「……」

「以上で〜す」

 ルーシィはぺこりとお辞儀した。


「んっ、んっ? まって今の、あやとりのくだり必要ある?」

「ていうか、ふざけんにゃす!」

 黒猫がパーンと机をたたいた。


「オレしゃまのことだろーがしょれ! もー毎日こいつらにやられとるんぞ!」

「ティノを撫でるのは日課だよ!」

「当然よね」

 そう言ってソルフィスとシャナトリアはシームレスに黒猫をなでる態勢に移行していく。

 なでまくりである。


「なでなですんにゃ!」


(ちィィ、ルーシィめ。お姉さま方に小賢しくもいいトコ見せおって……!)


 背後でヴィヴィアンがハンカチ噛み破りそうな歯ぎしりをしていた。



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