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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第三幕 幻想界
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現世へ

 異世界から離れるため、カイトたちは撤収準備を開始した。

 カイトはティノの荷物を拾い集めて持ち帰ることにした。ロゼッタと手分けして荷物を運ぶ。


 帰るといっても、どうすれば異世界から元の世界へと戻れるのか、その方法は誰にもわからない。

 来た道はすでに無くなっている。であれば、新たな帰り道を探さなければならないが、どうすればいいのやら途方にくれる話だ。


 しかしカイトたち一行には、ソルフィスとシャナトリアが加わった。

 伝説といわれた"聖双の魔導士"である二人が「帰ろう」と宣言してくれたのだから、何かしらの"道"を示してくれるのかもしれない。

 今は彼女たちの神秘的な力にすがるしかないだろう。



「ねぇ〜! あのオジサン生きてるよ〜?」

 ルーシィが声を上げた。

 これまで皆をさんざん悩ませてきた幻術士の男、ダルハラジムは大樹の根っこに引っかかってだらんとのびていた。

 ソルフィスの一撃で取り憑いてた悪霊が吹き飛ばされ、衝撃で気を失ったのだろう。


「そのオジサンも連れて帰ろう」

 カイトとロゼッタは幻術士を後ろ手に縛って布で目隠しをした。


 手だけでなく目も使えなくするのは、魔導士を拘束するための基本だ。できれば口も。

 ただ、ダルハラジムは目を覚ました後も茫然自失としたまま一言もしゃべらなかった。あれだけの悪霊に取り込まれて外傷なく生きていられたのは奇跡なのかもしれないが、それが彼の精神面にどのような影響を及ぼしたのかは分からない。



 精神面といえば、ヴィヴィアンも気掛かりなところがあった。

 たて続けのストレスで取り乱しがちだったヴィヴィアンは、ティノの身に起こった大変なことが決め手となって、精神的な脆さを見せてしまうことになった。

 ヴィヴィアンが日頃から如何にカイトやティノに依存し、心の安らぎを得ていたのかが浮き彫りになったわけだ。

 もっとも、この事実をよく理解していたのはいつもヴィヴィアンをそばから見ていたルーシィだけだったが。



 そんなヴィヴィアンの心境を知る由もないが、ソルフィスとシャナトリアは彼女を連れて歩いた。

 大樹の根元に立ち寄り、しばらくそこで佇む。ヴィヴィアンは黒猫になってしまったティノを胸に抱き、姉妹と一緒に大樹を見上げていた。


 何度見ても大きな樹だ。

 塔のように太い幹の根元から見上げれば、無数の枝に遮られて天辺がどこにあるのかすら分からない。この世界に来て間もないが、奇妙にも懐かしく思え、すっかり馴染み深いものに感じてしまう。


 ソルフィスは目を瞑って大樹の幹に触れている。

 最後のお別れなのだろうか、祈りを捧げているようにもみえた。

 やはりこの大樹と姉妹との間には、絆のような深いつながりがあるようだ。



 ヴィヴィアンは再び大樹を見上げた。

 よく見ていると、枝葉のいろんなところから奇妙な気配を感じる。

「えっ? なにかいる……」


 ヴィヴィアンが驚いて少しビクビクしていると、シャナトリアにそっと肩を抱かれた。

 シャナトリアに連れられて少し離れた場所に移動する。ヴィヴィアンが不思議に思っていたら、にわかに周囲に異変が生じ始めた。

 ビリビリと大気が鳴動し始めたのだ。


「え、えっ!?」

 大樹の青々と茂った枝葉のいたるところから、たくさんの白い光を帯びた何かが飛び出してゆく。

「なになに、なんなの!?」

 驚くヴィヴィアンの手をシャナトリアがそっと握った。



 パラパラと水面に塵が落ち、ズシンと地響きがした。

「うわっ、地震!?」

 離れていたカイトたちも異変に驚いた。

「いや、根っこが動いてる!」

 ロゼッタは急いで大樹の根茎から飛び降りた。

「どうなってるの〜?」


 常識では考えられないことが起きていた。

 根っこが大樹の根元へ向かって少しずつ移動している。縮んでいるのだ。

 バキバキメキメキと騒がしい音を立てて大樹がしなり、低く、短くなってゆく。

 太かった幹がどんどん細くなっていく。若木に戻ってゆく、と表現した方が適切だろうか。


 山のように巨大だった大樹の姿が、枝葉も根もなくなり、最後には一振りの棒切れくらいに小さく縮んでしまった。


 ぷかり、と水面に浮かんだ棒切れをソルフィスは拾い上げた。

 大樹のあった空間にぽっかりと大きな虚空ができた。


「な、なんだこれ……」

 あんなに大きかった大樹が忽然と消滅してしまった。

 カイトとロゼッタは水たまりのなかに突っ立って呆然としていた。



 無数の白い輝きを放つ精霊たちが降りてきて、姉妹とヴィヴィアン、そしてカイトたちを取り巻く。

 精霊たちはくるくると舞い踊り、透明な旋律を奏でる。

 姉妹の復活を祝福しているのだろうか。


「はわぁ……」

「綺麗〜……」


 精霊たちは弧を描きながら、やがて天へと昇っていった。

 姉妹は空を見上げて、彼らの姿がひとつも見えなくなるまで見送っていた。



 異世界の象徴的だった存在が喪くなり、この世界そのものが虚無になってしまったかのようだ。

 この奇妙な世界では不思議なことばかり起こる。

 カイトはもう何が起きても驚かないと強い気持ちでいたのに、またも驚かされてしまった。



   * * *



 圧倒的な存在感で世界を覆っていた大樹が忽然と消えてしまった。

 大樹の立っていた水たまりのような池だけが、その面影を残すだけとなった。


 姉妹のもとにみんなが集まった。

 よく見ると、大樹が立っていた空間の真下のあたりに、水深が深くなっている場所があった。

 どうやらこの池の水はここから湧き出しているようだ。


 ソルフィスが淵のそばに立ち、その場所をビシッと指で差し示した。

 まるで「この中に潜れ」と言わんばかりに。


「ああ、そういうことなんだね……」

 カイトはちょっと暗い顔をした。


 そこが元の世界に帰るための境界。現世への"扉"なのか。



「うう……やっぱり潜るんだね」

「ボクはそんな気はしてた」

 一度は経験済みとはいえ、やはりみんな怖くて緊張する。

「ルーシィはいつでもいけます」

 この旅でいちばん度胸がついて成長した人物はこいつなのかもしれない。



 帰り方について、簡単に話し合った。

 三組に分かれて順番に飛び込むことにした。


「よ〜し、ソルフィスちゃん〜、スプリーちゃん行くよ〜!」

 まずソルフィスと、スプリーを抱いたルーシィが先導して飛び込んだ。

「あばよ〜!」

 たっぱーん! と勢いよく水しぶきが上がる。


 ブクブクとした水泡は次第に消えてゆく。ルーシィたちは無事に旅立てたようだ。

「よ、よし、じゃあ行くよ!」

「うん!」

 続いてカイトとロゼッタが、拘束したダルハラジムを両脇から引き連れて飛び込んだ。


 最後に、黒猫のティノを胸に抱いたヴィヴィアンが足元を震わせながら淵に立った。

 そしてシャナトリアが後ろからヴィヴィアンの肩を抱きしめる。

「ま、待ってシャナトリアさんあたしまだ心の準備がグエエエエ」

 たっぱーん! 豪快な水しぶきが上がった。



 水面に無数のあぶくが沸き立ち、やがてそれも消えてなくなった。

 こうして最後の波紋が消えて静まりかえると、幻想の世界はしだいに色を失っていった。



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