最強の姉妹
その少女、ソルフィスはじっとヴィヴィアンを見つめていた。
「あ、あの……、ひゃっ」
おそるおそる声をかけるヴィヴィアンの頭をソルフィスはやさしく撫でる。まるで「もう大丈夫」とでも言うように。
ソルフィスは静かに立ち上がって歩き出す。
「は、はぅ〜……」
シャナトリアもルーシィとスプリーをきゅっと抱きしめた。感謝の気持ちを示しているのだろうか。
そして彼女も立ち上がり、ソルフィスのあとに続く。
「はわぁ……」
双子の姉妹はカイトとロゼッタの前に来た。姉妹は眼前に迫る黒い巨人のことなど意にも介していない。
二人はぼんやりと水面の一点を見つめている。ティノが消えた場所だ。
不意に姉妹はその場所から飛び降りた。
「あっ!?」
カイトとロゼッタはあわてて消えた二人の姿を探した。
姉妹は音もなく水面に降り立っていた。
二人はその場所まで歩いてゆき、水面に手を入れゆっくりと何かを拾い上げた。
黒い毛玉だ。
「……ティノ?」
カイトは自分の目を疑った。
姉妹の手に抱かれていたのは、小さな黒い仔猫だった。
ソルフィスは、胸元で黒猫をやさしく包み込んだ。
黒猫の鼻先に指を持っていき、息があることを確認した彼女は心底嬉しそうに黒猫に頬ずりした。
シャナトリアも微笑をうかべて、黒猫の額にキスをする。
カイトたち四人はその光景をどう理解したらよいのか分からなかったが、我を忘れて呆然と見入ってしまった。
神秘的で現実離れした二人の所作と美しさに我を忘れた。
しかしそれも束の間のことだった。
悪霊の巨人が拳を地面に叩きつけて暴れ出した。恐ろしい唸り声をあげ、目の前の姉妹を呪い殺さんと叩き潰しにきたのだ。
巨人の顔のあたりにある歪んだ眼窩が姉妹をじっとりと不気味に睨みつける。
ところがそこで巨人の動きはビタリと停止した。
全身がぶるぶると小刻みに震え、全力でなにかに抵抗しているかのようだ。
相変わらず巨人は姉妹を睨みつけているが、低いうめき声をあげるだけで何もできないでいる。
その醜い様子を、シャナトリアが気怠そうに見ていた。
そこで何が起こっているのか、カイトたちは分からなかったが、間を置かずして明らかになった。
巨人の体表を真っ白な霜が覆い始めたのだ。それが巨人の全身を覆い尽くすまで、あっという間だった。
シャナトリアが軽く手を挙げただけで、白い彫像のように巨人が固まってしまったのだ。
巨人の根元から次々と氷塊が生まれ、瞬く間に頭のてっぺんまで氷漬けにしてしまった。
それは一瞬。まさに瞬時の凍結であった。
"処刑"はそれだけでは終わらない。次はソルフィスの番だった。
黒猫を妹に預けたソルフィスは、ゆっくりと前に進み出て氷像と化した巨人の前に立った。
すうっと後ろに引いた手が金色に輝いた次の瞬間、一閃突きであった。
光の波動が氷像を駆け巡り、全身がぶわっと光に包まれたかと思うと、巨人の氷像は粉微塵に砕け散った。
一撃である。
あっという間の出来事であった。
暗黒の巨人だったものは、きらめく光の粒となって風に吹かれて消えていった。
「す……ごい……」
あまりの圧倒的強さにロゼッタもヴィヴィアンもそれ以上言葉がなかった。
驚愕のあまり息をするのも忘れていた。
いくら年少でも攻勢魔導士の卵なら、その魔術に要する魔力がどれほどになるか想像できる。
自分が経験して得たものを他人の立場にたって置き換えれば、ざっくりとした見積もりはできるものだ。
その瞬発的な時間と対象の規模から察すると、姉妹の実力は想像を絶するとんでもないものである。
率直にいえば、二人は怪物だ。
空を覆っていた暗黒の雲が晴れ、大樹の立つ丘はふたたび明るさを取り戻した。
水たまりの中にキラキラと小さな輝きを放つものがあった。ソルフィスが水面に手を入れ、それを拾い上げる。
小さな珠だった。竜魂石だ。
ソルフィスはそれをシャナトリアにそっと手渡す。竜魂石は持ち主の手に戻った。
呆然と立ち尽くす四人の前にソルフィスがやってきた。
短くさっぱりとした紅い髪の少女で、凛とした気品と美しさがあった。
あとから黒猫を抱いてやってきたのはシャナトリアだ。
腰まで届く艶やかな碧い髪が印象的な麗しい少女だった。
「あ、あのぅ。助かりました、どうもありがとう」
カイトが皆を代表して姉妹にお礼を言った。
姉妹は無言のままだが、四人を物珍しそうにいろんな角度から眺めている。
「僕はカイト。あなたたちは、聖双の魔導士……ですよね?」
姉妹はキョトンとして不思議そうに首を傾げている。
「お、おおぅ……」
カイトはあきらめない。身振り手振りでこちらの意図を伝えようと頑張った。
自分の胸に手を当てて、
「ボク、カイト」
そして手のひらを差し出す。
「アナタ、ソルフィス?」
見ていたロゼッタは頭を抱えた。
ところがソルフィスは、コクリとうなずいたのである。
「ヤッター、伝わった!」
調子づいたカイトはさらに続ける。
「アナタ、シャナトリア?」
シャナトリアも、同じ様にうなずいた。
「ヤッター!」
今カイトたちの目の前に立っている二人は、伝説の英雄なのだ。
ただ、意思疎通はまだ少し難しいようだ。七百年も前の人物なのだから無理もないだろう。
「ボクは、ロゼッタ」
「……あたし、ヴィヴィアン」
「ルーシィです〜。この子は〜スプリーちゃん」
にゃーん。
姉妹はスプリーにも興味を示している。指でさわさわと毛並みを触っている。
「そして彼が……」
カイトはそう言いかけて言葉に詰まった。シャナトリアが抱いている小さな黒猫。変わり果てたティノの姿である。
「ティノ」
そう言ってカイトは黒猫を差し示す。黒猫は死んだように眠っている。
「……ティノ」
姉妹はその名前を声に出して唱え、心に刻み付けるように黒猫に見つめている。
思えばそこで初めて、姉妹が声を発した瞬間であった。
「ね、ねぇ。本当にこの子がティノなの?」
ヴィヴィアンが黒猫を指差して言う。
「うん……ティノだ。間違いない」
カイトとロゼッタが確かにこの目で見た、という。
「黒い竜に変身したかと思ったら、どんどん縮んでいって……」
「まさかこんな子猫の姿になっちゃうなんて」
「ふぐっ。嘘ぉ、ティノ……」
ショックを隠せないヴィヴィアンを心配してか、シャナトリアがそっと黒猫を差し出した。
ヴィヴィアンは黒猫になってしまったティノを抱きしめた。
「ティノ、元に戻れるの?」
涙をポロポロこぼしながらヴィヴィアンはソルフィスに問いかける。
「ティノを返してよ。あんたたちのせいでこうなっちゃったんでしょ」
「ビビちゃ……」
ルーシィがヴィヴィアンを止めようと腕をつかんだが、それを振り払ってヴィヴィアンは泣きながらソルフィスに突っかかった。
「ティノを元に戻してよぅ! ふわああぁぁん!」
いくら伝説の魔導士とはいえ出来ないことはある。それは分かってはいるが、ヴィヴィアンは張り裂けそうな胸の内をぶつけずにはいられなかった。
気がつけばヴィヴィアンはソルフィスに抱きしめられていた。
どうしても爆発してしまうヴィヴィアンの気持ちをソルフィスは受け止めてくれたのだ。そこに交わした言葉はなかったが、お互いの気持ちはきっと交わったはずだ。
ソルフィスはヴィヴィアンの頭をやさしく撫でた。「泣かないで」と励ましてるかのようだ。
それで不思議とヴィヴィアンは落ち着きを取り戻した。
「……ごめんなさい……もう大丈夫」
ヴィヴィアンが体を離すと、ソルフィスは優しい笑顔で言葉を発した。
「かえろう?」
みんな驚いた。
元の世界に帰ろう。ソルフィスはそう言っているのだ。
わけの分からぬ異世界に迷い込んでしまい、帰り方も分からなくて心細かった。でも伝説の魔導士の励ましがあれば元気百倍だ。
「う、うん!」
四人は力強く応えた。
「帰ろう!」




