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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第三幕 幻想界
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悪霊

 空の暗雲が蛇のとぐろのように不気味な渦を描き、じわりじわりと油ぎった汚水が垂れるように黒い塊が尾を引いて降ってくる。


「あのドス黒いのぜんぶ悪霊だってこと!?」

 カイトが青ざめた顔で叫ぶ。

「そうだ、気を抜くなよ、油断してると取っ憑いてくるからな!」

「ひいぃ、マジで。悪霊ってあんな……目に見えるモンなの……。じゃない、ティノ、早くここから逃げよう!」

「ダメっ!」

 下の様子を窺っていたロゼッタがそう叫んだ。

「アイツがあの石を拾ってしまった。取り返さなきゃ!」


 竜魂石はシャナトリアの手の中にあったものだ。あの珠はシャナトリアのものだ。取り返してあげなければ。

 姉妹を抱きかかえたまま寝そべっていたティノは次の行動を起こさなければならなかった。

 ティノはヴィヴィアンとルーシィを呼んだ。


「頼みがある!」

 ティノは両手の姉妹をヴィヴィアンとルーシィにあずけた。


「オレたちの新しい仲間、ソルフィスとシャナトリアだ。でも、二人ともこのままだと死んでしまう」

 ヴィヴィアンとルーシィはどきりとして腕の中の姉妹をみた。

「すごい体が冷えきってるんだ。温めてあげてほしい。頼めるか?」

「わ、わかったわ! あっためるのは得意よ、任せなさい!」

「スプリーちゃん、ルーシィとぬくぬくしますよ〜」

 頼もしい仲間は強くうなずく。


 ヴィヴィアンは杖の灯明を大きくし、暖がとれるようにした。そしてソルフィスを膝の上に抱き、密着して温める。

 おかげでヴィヴィアンは心臓が飛び出そうになった。どういうわけかこの姉妹を見るだけで胸がドキドキしてしまうのだ。その上こんなに密着したら……。

 ルーシィはシャナトリアをやさしく抱っこした。スプリーも立派に湯たんぽ代わりの役目を果たしている。


「フーッフーッフーッ」

「ビビちゃ鼻息すごいよ〜。コワイ〜」

「いい? ルーシィ、このお姉さま方を絶対に助けるわよ。あたしらの命に代えても!」

 いつになく凄まじい使命感に燃えているヴィヴィアンであった。



 そのころ、ティノに投げ落とされたはずのダルハラジムはしぶとく復活してきたうえに、竜魂石を手に入れてしまった。

 今や男の顔は怨念めいた執念に歪んでいた。


「くっくっくっ……。私はついに竜の力を手に入れた。これは凄まじい力だ……」


 ダルハラジムが手に入れたのは竜の力ではない。実際には悪霊に取り憑かれた影響でそのように錯覚しているだけなのだが、その禍々しさによって彼の力が増強されているのは確かだった。


「この力があれば、世界の調和が保たれる……。平和のために……秩序のために……今こそ奴らにこの恨みを晴らすときがきた!」


 ダルハラジムは不気味な笑い声をあげた。彼の周囲に得体の知れない黒い瘴気が漂っている。そのままダルハラジムは"仕事"を完遂するため、大樹の根を踏みしめて再び登りはじめた。

 彼が何を狙っているのかは、ティノには分かっている。



 カイトとロゼッタはダルハラジムの様子を警戒していた。

「あいつの言ってること、なにか変じゃない?」

「支離滅裂だね。あいつも悪霊に取り憑かれたんだろう」


 ティノが前に進み出た。

「カイト、ロゼッタ、下がってな。あいつの狙いはオレだ」

「でも、ティノ!」

「お前らはあの二人を悪霊から守ってくれ」

 後ろには姉妹を託されたヴィヴィアンとルーシィがいる。


 ティノはカイトが握りしめているたいまつ棍棒を見て言った。

「火をうまく使え。火は悪霊を呼び寄せてしまうが、撃退もする」

「わ、わかった!」

 なんだかいつもと違う雰囲気のティノに戸惑いながらも、カイトは了解した。

 かわりにカイトはティノ愛用の山刀とナイフを渡した。彼がキャンプに忘れていったものだ。

「ありがとう、助かる」

「後ろの守りはボクたちに任せろ、ティノ!」

「頼んだぜ」



 ティノたちのいる場所のそばまでダルハラジムが登ってきた。ティノも武器を構えて幻術士に向かって行く。

 ダルハラジムがティノに向けて手を掲げる。金縛りの魔術だ。


(さあ、こちらを見ろ……)

 この術は標的と目が合ったときに暗示をかけ、手の動きの合図によって標的の行動を封じる一種の催眠術だった。

 ところがティノの目はダルハラジムを見据えているのに一向に催眠術にかかる気配がない。悠々と歩みを進めてくる。


「ぬうううううぅぅぅ」

 思い通りにいかない幻術士は苛立ちをおぼえた。唸り声のような呪文をブツブツと唱えると彼の身体が五体に分裂した。


「こんどは曲芸かよ」

「があああぁぁっ!」


 短刀を手にした五人の幻術士が一斉に飛びかかる。

 しかしティノには答えが分かっている。もともと野生的勘の鋭かったティノの性質に加えて、竜の知覚が加わったのだ。

 その答えは五体のいずれでもないところ。ティノがあらぬ方向にハイキックを放つと、五人の中の一人が吹っ飛んだ。

「グホォ!」

 男の体は再び池の中に落ち、残り四体は煙のように掻き消えた。


 ロゼッタとカイトは目をみはった。

「すごい……あの男の技がティノには効いてないのか」

「本当に竜の力を手に入れたんだろうね」



 ダルハラジムは間をおかずに跳ね起きた。痛みを感じてないかのようだ。

「ぐうううぅぅぅ、な……ぜ……だ……」

 よく見ると幻術士の周囲に、亡霊のような黒い影があちこちに立ち昇っていく。


「オイオイ、なんだありゃ? あれも悪霊か?」

《そうだ、見ろ》


 暗黒の渦雲から糸を引いて落ちてくるドス黒く濁った汚泥のような塊。それが地上に落ちてゆらゆらと沸き立ち、人型の影に成長する。それら泥人形のような影がダルハラジムを取り巻くように現れた。

 ぐらぐらとうごめくボール大の顔に不気味にくぼんだ眼窩がある。そこから強烈な怨恨と執着の視線を感じた。


「おい、なんだかすっごい睨まれてる気がするんだけど!」

《知れたこと。俺に恨みを抱いているからよ。あの悪霊どもは俺が噛み殺した奴らだからな》

「なんてこった、一番に狙われるのはオレかよ」

《しりぞければ問題ないだろう?》

「簡単に言ってくれるよなぁ、お前は!」


 ティノは山刀とナイフを構えて飛び出した。

 ヘドロのような人型の影を次々と叩っ斬るが、見た目通り手ごたえがない。人型の影はすぐに形を取り戻してしまう。


「剣が効かねぇ! お前、炎とか使えたりしないの?」

《お安い御用だが、安くはないぞ》

「どういう意味だよそれ!」

《俺の焔は威力がデカすぎる。お前の連れを巻き込んでよいのか?》

「お前にはこれから、繊細とか器用さってモンを覚えてもらわにゃあな!」



「ティノ、ボクもやるぞ!」

 振り返るとロゼッタも前線に出てきていた。

 幻影剣の乱舞とたいまつ棍棒の炎とのコンビネーション技で、華麗に悪霊の影を斬り刻んで燃やしていた。

 貧血でヘロヘロなカイトを埋め合わせするかのように、ロゼッタは絶好調の動きで跳び回っていた。


「いーヤダー! お化けヤダーっ! ちね〜っ!」

「ビビちゃ、がんばれ〜!」

 にゃーん。

 半泣きのヴィヴィアンも鬼の固定砲台と化して、後方から火炎の乱射撃で援護している。


「ティノ! これを!」

 カイトから火を灯したたいまつ棍棒がトスされる。ティノは跳躍して見事にそれをキャッチした。


「いいぞ、おまえら!」

 ティノもロゼッタに倣って山刀で影を斬り刻む。なます切りにしたところで、たいまつ棍棒でぶん殴って火をつけた。

 悪霊の影は気味の悪い呻き声を発して炎上した。やはり炎は有効だ。

「手応えアリだな! いける!」

 とはいえ敵の数が多すぎる。


「くそ、キリがないな……」

《フハハハ、お困りのようだな。代わってやろうか?》

「うるせー!」

 空からは次々とドス黒い雫が降ってきて"影"が生まれる。すべてを相手にするには無理があるだろう。

 しかし、今は時間を稼がなければならない。ソルフィスとシャナトリアが目覚めるまでの時を。



 ティノたちが悪霊の影を次々と斬り伏せていると、ダルハラジムが吠えた。


「うがああぁぁ、おのれ竜よ! 貴様の(えにし)に連なる者すべてを呪い殺してくれん! 来たれよ! 暗黒の同胞(はらから)よ! 我が叫びのもとに集い、我が仇を討つ矛となれ! 我、邪悪なる魂の揺籃とならん!」


 ダルハラジムが雄叫びをあげると、呼応した"影"が彼の元に群がりはじめた。


「げげ! なんだあいつヤバくない?」

「な、なにアレ!?」


 無数の人型の悪霊の影がダルハラジムに殺到し、粘着して融合、彼を中心に合体を始めた。

 悪霊の集合体は鼓動のように脈打ちながら変形し、人間の上半身に似た形状になった。

 それは大樹の梢に届かんとするほどの巨大さだ。


 悪霊の巨人が耳をつんざくようなおぞましい雄叫びをあげた。



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