禍々しいもの
ソルフィス、それに続いてシャナトリアと、その体が降ってきて、ティノはその場に倒れ込んでしまった。
それでも二人が怪我しないように支え続ける。
「もう、だいじょうぶだ」
ソルフィスのまぶたがうっすらと開かれ、互いの目があった。少女が微笑んだような気がした。
気のせいではなかった。もう一人の少女シャナトリアもティノの肩に腕をからめ、抱きついてくる。
「あっ、ちょっと……」
ティノはどきりとした。二人の体が凍えそうなほどに冷たかった。少女の目が再びゆっくりと閉じてゆく。意識が失われていっているのだ。
「だ、ダメだ……眠っちゃダメだ、起きろ! クソ、どうしたらいい?」
《体が極限に冷え切っているだけだ。暖めてやればよいのではないか?》
竜のアドバイスが思考内に響く。
「どうやって?」
《この体でよ。そのまま二人と密着した状態でおればよい》
「抱き枕かよ!」
ティノは右半身に姉のソルフィスを、左半身に妹のシャナトリアを抱き寄せた。
《ハハハ、両手に華だな》
絶対に見るなよ、と言われると絶対に見てしまう。人とはそういうものだ。
ティノがいった「ヤベーもん」とはこのことだったのだ。
少女二人を両手に抱いたティノを皆が唖然として見つめていた。ただ一人、鬼の形相のヴィヴィアンを除いて。
「抱き枕だとぉ……?」
ぐぬぬぬぬぬぬ。
ヴィヴィアンは幸せそうに鼻の下をのばしてるティノに怒りをおぼえた。
こいつはいっぺん粛清するしかない。
そのとき、シャナトリアのだらんとした手から何かが転がり落ちた。
ヴィヴィアンは近寄ってそれを拾い上げた。
「あら、何かしらこれ?」
それは小さな無色透明のガラス玉のようなものだった。
「ビビ、それに触れるな!」
「へっ? うわっ、きゃーっ!」
突然、ガラス玉からドス黒い煙のようなものが噴出した。驚いたヴィヴィアンは珠を落とした。
珠は根伝いに転々ところがり、水たまりの中にポチャンと落ちてしまった。しかし珠がどこに消えたのかはすぐにわかった。
凄まじい量の黒煙が水面から噴き出し、空へと吹き上がってゆくのだ。
黒い煙は生き物のように蠢き、無数の歪んだ人の顔のような形相を浮かび上がらせて昇ってゆく。
それら全部かつて竜が喰らった悪霊の魂の群れなのであった。
世界が瞬く間に闇に閉ざされた。
空を見上げると真っ黒の暗雲が渦を巻き、地獄のような様相になってきた。
《意外と多いな……》
「どんだけ喰ってたんだよ、お前!」
「な、なんだこれは……」
「たいへん〜、お空真っ黒〜」
カイトたちは状況の急変についていけず、呆然としている。
不意にティノの視界が遮られた。
ヴィヴィアンがティノの枕元にゆらゆらと突っ立って、じぃーっと見下ろしている。
「ん……? どした、ビビ?」
ヴィヴィアンの手には幻術士の男が持っていた曲がった短刀が握られている。ティノが男を放り投げたときにその場に落ちていたのだ。
ヴィヴィアンは焦点の定まらない虚ろな目でブツブツなにかつぶやいており、あきらかに様子がおかしい。
「ティノ……許さないから……。その女、オンナ、こ、殺、コロす……から……」
《この娘、憑かれたな》
「なんですと!」
まずい。さきほどヴィヴィアンが手にした竜魂石から何匹かの悪霊が彼女に取り憑いたらしい。
「ビビ、しっかりしろ!」
「うふ……アハハ……。じっとしてて……み〜んなコロしてあげるから……」
ヴィヴィアンは熱に浮かされたようにフラフラしている。
少女二人が覆いかぶさっているため、ティノの体はすぐには動けない。
「う、ううう……。あああ、あんたが悪いのよ。ティノ! オマエが! あんたがそんな女にのぼせ上がるからッ! そうっ、お前が悪い! なにもかも全ッ部、お前が悪いんだろがァァーーッ!」
突如人格が豹変したような金切り声をあげて、ヴィヴィアンは短刀を振りかぶった。刃の切っ先はあきらかにティノを狙っている。
「ぶっ殺してやるッ!」
短刀が振り下ろされる。ティノはあらん限りの力を振りしぼって叫んだ。
「ビビ、お前さっきからパンツ丸見えだぞーッ!」
「ぎゃぁーーーーーっ!」
ヴィヴィアンはぺたんとその場に尻餅をついた。ティノの視界は真っ暗になった。
「ビビちゃ〜! しっかり! しっかりっ!」
ルーシィが駆けつけてきてヴィヴィアンを強く揺さぶった。
「あぶ、ぶわわわわ……。あわわわわわわ……」
どうやらティノの一喝がショックだったのか、ヴィヴィアンに憑依していた悪霊が飛び抜けていったようだ。
ルーシィはヴィヴィアンのほっぺたをぺちーんぺちーんとワンツービンタした。
「痛い! いたい!」
「ほら立って、ティノちゃん息できないでしょ〜」
「こ、腰が抜けて……」
カイトがヴィヴィアンの手から慎重に短刀を取り上げる。
ロゼッタとルーシィがヴィヴィアンの体を持ち上げると、ティノが無残な姿となって現れた。
「ティノちゃん、生きてる? 何か言い残すことはない?」
「……ビビに恥じらいが残ってて助かった」
ヴィヴィアンはティノの脳天をトーキックした。
「ティノ、あの空に渦巻いてるドス黒いのは一体何なのだ?」
「悪霊だ。あの黒い煙みてえなのはすべて竜魂石から漏れ出た悪霊なんだ!」
「な、なんだってー!?」
「おまえら気をしっかりと持て! 邪なこととか、やましいことやスケベなことは考えるな! さもないと取っ憑かれるぞ!」
「……」
「……」
ティノはいたって真剣なのだが、両手に美少女を抱いて寝転がったままなのでどうにも締まりがないというか、説得力に欠けていた。
(竜魂石……?)
ロゼッタは下を見下ろした。さきほどヴィヴィアンが手にした、転がり落ちていったあの珠がそうなのだろうか。
水たまりからは未だに黒い煙が糸のように筋を引いて上空へと吹き上がっている。
あの場所に探し求めていた秘宝が?
「あっ!」
その場所に手を突っ込んで拾い上げた者がいた。
「ついに手に入れたぞ……」
小さな珠を手に取り、ダルハラジムが邪悪な笑みを浮かべた。
「これが竜の秘奥か」




