ヒミツの契約
ロゼッタの衝撃的な告白によって、彼女の正体が吸血鬼であることがわかった。
衰弱死寸前のロゼッタをなんとしても救おうと、自分の血を差し出したカイトの献身的な救護によって生命を救われたロゼッタは、本来の元気な身体を取り戻したのだった。
カイトに密かな好意を芽生えさせていたロゼッタは、大好きな彼の血があまりにも美味であることに強烈な衝撃を受け、悶絶した。
「うぐぅっ……!」
ロゼッタは狂おしいほどに身悶えした。
「美味……! カイトの最高……! 本当に……この上なく……極上……っ!」
魂の言葉だ。
カイトはどういう顔をすればいいのか困ってしまう。
「お粗末さまでしたー」
「ボク、もう君の虜になっちゃいそう……」
「……」
ロゼッタは慈しむような目でカイトの腕の傷口をペロペロと舐める。カイトはささっと腕を引っ込めた。
「とりあえず、身体が回復してよかったね。一時はどうなるかと思ったよ。僕が」
カイトが上体を起こして離れようとすると、ロゼッタが這い寄る猫のポーズですり寄ってきた。
「ありがとう、カイト。ボクは君に二度も救われた。本当に君には感謝してもしきれない」
ロゼッタは恭しい手つきでカイトの腕に包帯を巻く。
「い、いや。気にすることないよ、友だちなら当然のことだよ」
ロゼッタは再びカイトに超接近した。お互いの息遣いが聞こえるくらいに近い。
「ねぇっ、カイト。ボクは君が……」
(あの子の妖しげな魅力には注意することね……)
ヴィヴィアンの警告がカイトの脳裏をかすめる。
熱い吐息で見つめてくるロゼッタからカイトは思わず顔をそらした。
「……!」
少しショックを受けたように見えたロゼッタだったが、すぐに気を取り直してカイトの顔を覗き込んだ。
「き、君が望むことなら……、お礼にボクはなんでも言うこと聞いてあげる」
「はい!?」
「そ、そうだ。これは君とボクだけの、ヒミツの契約だ!」
「け……、なに、契約?」
唐突に何を言い出すんだこの子。
カイトは困惑した。
「主従の契約だ。ボクが君のしもべになってあげる!」
ファー。
カイトは飛び上がった。
「何言ってんの!? そんなんダメだよ!」
「これでもボクは騎士を目指してるんだ。騎士が主人をたてて仕えるのは当然だろう?」
「ダメだってば!」
「ダメ? どうして? 君はボクの命を救ってくれた恩人なのに」
「いやいやいや、ダメでしょ。何を言っちゃってるの。僕はね、ロゼッタが友だちで居てくれたらそれでいいんだよ。主従だなんてとんでもない」
「それじゃあボクの気持ちが収まらない。君はボクの命の恩人なんだ! ボクがなんでも言うこと聞いてあげるのに! もっと大〜きくて、重たぁ〜いお願いはないのか?」
(なんだよ重たぁ〜いって)
ロゼッタはあきらめずにカイトにすがり付いてくる。
「いや、まあ、さして、別にお願いとかないし」
「〜〜!」
カイトは早くこの場を切り抜けたい。そろそろとロゼッタから遠ざかろうとする。
ロゼッタはショックだった。せっかくここまでカイトに近づけたのに。掴んだはずの手から、カイトがすり抜けていく。
ロゼッタは胸が張り裂けそうになった。というか張り裂けた。
「なーんーで! ボクが! なんでも言うこと! 聞いてあげるっていってるの!」
ロゼッタの胸に溜まっていた何かが噴出した。
「ボクを! 君のそばに! 置いて! ボクといっしょにいて!」
わーん! ポカポカポカー!
またロゼッタが駄々っ子ムーブで泣いて暴れて喚きだしたのでカイトは対処に困った。
「うーん」
今後、カイトはこれをうまく宥める訓練をしていかなければならないだろう。
この場を収めるため、カイトは無難な提案を思いついた。
「わかった、わかったよ。じゃあ、ロゼッタにひとつお願いをしようかな」
「さあ、言え!」
ロゼッタはビシッと姿勢を正す。
「君は強いし正義感もあるし、そうだな……僕のボディガードとか、お願いできるかな」
ぱぁーっとロゼッタの顔が明るくなった。
「ボディガードか、わかった! ボクは誓おう、命に替えても君を守ってあげるぞ!」
「あ、ああ……。よろ……いや、べつに命に替えなくていいからね?」
このあとカイトはすぐに後悔することになった。
「君とボクの、ヒミツの契約完了だ。これでボクはもう、君のしもべになった」
「は?」
この子なに言ってるの?
唇と唇が触れ合うほどに近づく。ロゼッタは頰を朱く染めて囁いた。
「……ずっとそばにいてあげる。ボクの主様」
ロゼッタの一方的な宣言。いや告白なのか。
なにかがおかしい。なにかとんでもないミステイクを犯したのでは。
「え、待って、ちょっと待って。ちょっとちょっと」
ばしゃん、と水が跳ねる音がした。
振り向くとそこにルーシィとヴィヴィアンがいた。
「ハーイ。カイト、ロゼッタ」
「ごきげんよう〜、お二人ちゃん〜」
にゃーん。
もちろんスプリーもいっしょだ。
石壁の影から顔を出してニコニコ顔でカイトたちの様子を伺っている。一人、鬼のような形相のヴィヴィアンを除いては。
「みんなも無事だったんだ」
二人はうなずいた。
「こっちに来てたんだね」
「うん、来ちゃった〜」
「……」
「……」
気まずい沈黙があった。
「……ところでいつからそこに?」
「……」
ヴィヴィアンの沈黙が怖い。
「ボクはもう君の虜……、あたりからかなぁ〜?」
ダメじゃん。
心底、嬉しそうな顔のルーシィ。
カイトはいたたまれない気持ちになった。ロゼッタは本気であわてている。
(ど、どうしよう。ボクたちのヒミツの契約、ヴィヴィアンたちにバレちゃったよう……)
(いやいや、そんなんじゃなくて……)
あわあわしてカイトの陰に隠れるロゼッタ。それがヴィヴィアンの神経を逆なでした。
「せつめい」
殺意のオーラを纏ったヴィヴィアンがにじり寄ってきた。
「してくれるわよね、カイト?」
「いやね、そのね、僕は弱ってたロゼッタを助けようと」「知ってる」
「……」
「……」
「まずはその杖、こっちに向けるのやめようよ危ないよ」
「だまれカイトだまらっしゃい! そのあとの話だよチチクリあってたろーがよ! てンめェ! 許さ! ふぁっ!」
グワシィ。
暴言発声機と化したヴィヴィアンをルーシィが後ろから羽交い締めにした。
「ダメよ〜、ビビちゃ。人の恋路にとやかく言う権利なんて、今のビビちゃには無いのよ?」
「放しなさいよルーシィ! カイトがぁ! あンのちんちくりんに! たぶらかされてるのよォーッ!」
ロゼッタはカイトの腕をぎゅっとつかんで離そうとしない。
「くぉぉ、その手を放しなさいよコイツ!」
「ロゼっちゃん、おめでと〜」
「おめでと〜じゃないわよ馬鹿!」
「ビビ、落ち着いて! 僕とロゼッタは、ビビが考えてるような関係じゃないから!」
「そうだ! カイトとボクはヒミツの主従関係で永遠に結ばれたんだ!」
衝撃の稲妻がはしる。これが開戦のラッパとなった。
「ぬゎにがヒミツだ! そういうことだろがヒミツって! 馬鹿にしてんのかアー!? そこ動くなわからせてやる!」
わからせ棒をブンブン振り回して狂犬みたいに暴れるヴィヴィアン。
ルーシィが抑えてないと地平線まで飛んでしまいそうな勢いだ。
しかし怒髪天で荒ぶるヴィヴィアンの前に、ロゼッタがすっと歩み出た。
「いくらヴィヴィアンでも、ボクのカイトを傷つけたら許さないよ」
「ボクのカイトぉ!?」
唐突な領有権の主張。
交錯する二人の視線の火花から圧倒的超空間が形成されようとしていた。
そこに一歩でも踏み込もうなら秒で蒸発しそうだ。
「認めません! 認めません! 認めませ〜ん! カイトはあんたのモンじゃありませ〜ん!」
ヴィヴィアンの言葉を意に介さず、ロゼッタはカイトの体に絡みついて不敵に微笑んだ。
勝者の笑みであった。
「きぃ〜っ、このドロボー猫がぁ! 本性現しやがったわねコイツ! もう許さん! ちね〜〜ッ!」
ドゴシュ。
ついにヴィヴィアンの後頭部にルーシィがチョップを食らわせた。
「いだい……」
ヴィヴィアンの目から大粒の涙が浮かんでくる。
「びえぇえぇぇえぇ、いだいよぉ! ルーシィの馬鹿ァ、あんたどっちの味方なのよぉ。ふわああぁぁん!」
わんわん泣き出した。
「ルーシィはいつだってビビちゃの味方ですよ」
そう言ってルーシィは泣きじゃくるヴィヴィアンをぎゅっと抱きしめる。
ヴィヴィアンが泣く理由が、叩かれた痛みじゃないことはルーシィにはよく分かっていた。
「しょうがない子ですねぇ、ビビちゃは」
ベソかくヴィヴィアンをルーシィがなんとか宥めてくれた。
これは尾を引きそうだ。あとでヴィヴィアンをフォローしておかないと、学院に帰った後で大変なことになりそうだ。ここから無事に帰れればの話だが。
カイトは先が思いやられた。
「カイちゃん、素敵な彼女さんできたわね〜。おめでと〜」
「あ、いや、これはそうじゃなく」「でも覚えておいて〜。カイちゃんの〜そのフワフワ〜した軟弱ゥ〜な態度は〜、いずれカイちゃんの身を滅ぼすのよ〜」
「ゔっ」
ルーシィの呪いの言葉が胸に刺さった。
「ビビちゃ? 大丈夫?」
「うぐっ……ひっくひっく。もう知らない。こんなバカっプル放っておいてさっさとティノ探しに行くわよ! あたしらはアホのティノ探しに来たんだから!」
一人でぷりぷり歩き始めた。
と思ったら、ヴィヴィアンは何かを思い出したらしく、くるりと踵を返してきた。
泣きはらした顔のままでロゼッタにつかつかと歩み寄る。ロゼッタもびくっとして体をこわばらせた。
ヴィヴィアンはグイッと腕を突き出した。
「はい、これ!」
「あっ……」
ヴィヴィアンが差し出したものは、ロゼッタがキャンプに忘れていった眼鏡だった。
「ないと困るんでしょ!」
「あ、ありがとう……」
ヴィヴィアンが行こうとすると、「あ、あのっ!」ロゼッタが引き止めた。
「なに? まだなんかあんの?」
「ボクは君たちに謝らないといけない……。ボクは君たちにひどいことをした。ご、ごめんなさい……」
ロゼッタはミスラ聖殿の泉の間でのできごとを謝罪した。
幻術士に操られていたとはいえ、友だちを襲ったことを心底申し訳なく思っていたのだ。
「ああ、いいのよ。あれは仕方のないことだったんだし、済んだことだわ」
「ロゼッちゃん、一人でがんばってたのよね。えらい〜」
「そうよ。ロゼッタを置いてけぼりにしたティノの方が悪いのだわ」
「ティノのことなんだけど……」
ロゼッタは最後に見たティノのことについて話した。ティノが泉に落とされ、それっきり浮上してこなかったことを。
やはりティノはこの世界に辿り着いているに違いないのだ。
ヴィヴィアンは横で突っ立っているカイトを睨みつけた。
「クワッ! ティノといい、あんたといい、ほんっとに情けないったらありゃしない! ケッ! ペッ!」
「ひんっ」
ヴィヴィアンは捨てゼリフを吐き、ぷりぷり歩き始めた。ルーシィがあとを追う。
「待って〜、ビビ神様〜。鎮まれ〜。お鎮まりくださ〜い」
「行こっ、カイト」
「はぃ……」
ロゼッタがカイトの手を握ろうとすると、カイトは反射的に手を引っ込める。
「や、大丈夫だから……」
ところがカイトは足元がフラついた。ずいぶんと血液を提供して貧血気味なのだ。
小さな騎士は主人の腕を抱いて支えた。
そしてぎゅっと手を握る。「もう離さない」と、カイトを見つめるロゼッタの瞳の輝きは決意に満ちていた。
一方でカイトは今後の身の振り方次第で沸き起こりそうな様々な心労を考えると胃が痛くなった。
(重たぁい……)
カイトは思った。
きっとここはティノの夢の世界なんだ。
だから、今まで起こったコトや見たモノも、ぜんぶ夢なんだ。いいね?
なわきゃない。
トホホ。




