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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第三幕 幻想界
42/78

黒の世界

 すべてが真っ黒な世界だった。


 再び意識が覚醒したティノが最初に感じたその場所は、真っ黒な闇の世界――


 ただ、いたるところに砂粒のような小さな光が無数にあり、七色に輝いていた。

 無数の小さな光が集まり、やがてそれはひとつの中心に吸い込まれるように、光の川となって流れてゆく。

 それは回転し、収束し、まばゆく輝く巨大な球体となる。


 ティノの意識はさらに距離を置いてぐんぐん遠ざかり――


 暗黒空間のただ中にきらめく無数の光の集合だったものは、光の玉から砂粒の如く小さな点となってゆく。

 やがて色とりどりの、煌めく砂粒があちこちに散在していることが分かった。

 気がつけばティノを取り巻く超絶の暗黒空間に、那由多(なゆた)の光が瞬いていた。


 そこは銀漢、いや森羅万象そのものだった。



『来たか』


 重たい響きがあった。低音で荒々しい、粗野な男性の響きだ。


「今度はなにものだ?」


『……貴様ら人間が、"竜"と呼んでいる存在だ』


「マジか」

 脊髄反射で思考を発信してしまった。


「竜ってあの、世界を喰らう、あの竜? オレこんなのと交渉するの?」

『口汚い小僧だな。この俺に向かって"こんなの"呼ばわりとは』


 ティノは怯むことなく声を発した。

 さっきからあまりに強烈な未知の体験の連続で、これ以上驚いてやるような心のゆとりなど残ってない。

 それにしても、しょっぱなから傲慢な態度だ。これが竜なのか。


「あんたとっくに退治されたって聞いてたんでね。人の言葉しゃべれるなんて、やっぱ竜って頭いいんだな。するとあんた幽霊なのか?」

『そんなところだ。俺は忌々しい小娘二人に滅ぼされ、"この場所"に封印された。今は霊魂だけの存在だ』


「この場所?」

 ティノは少し思考停止した。


「この場所って……、もしかしてココ、竜魂石の中なのか?」

『フン……さあな。俺は七百年の間、お前が来るのを待っていたのだ』


 七百年。

 今更ながら気の遠くなるような時の流れだ。スケールが大きすぎてティノにはちょっと共感が難しい。


「そりゃずいぶんと……今まで退屈だったろうね」

『刻の流れなど、俺にはまったく気にならん』


 竜の言葉は全方位から響いてくる。ティノはものすごい圧を感じた。

 声の重みに縮こまってしまいそうだが、今の竜は霊魂だけの存在なのだ。何も怖がらなくていい……ハズだ。

 白の世界の召喚者から交渉しろと言われてきた以上、気持ちだけでも対等の立場として振るわなければ。

 ところで何を交渉するのだろう?


「なあ。オレはさっき、こことは違う真っ白なトコロで、お前と交渉するようにと言われてきた。でもお前と何を話していいのやら、さっぱりわかんねえ。どうすりゃいいんだ?」

『一気にしゃべるな。こっちは七百年ぶりなんだ』


 やっぱり気にしてんじゃねーか。七百年のブランク!


「さっきの白い部屋のヤツと話できるか? オレをここに召喚したヤツなんだけど」

『無駄だ。ここから奴に声は届かん』

「お前は知ってるのか? あの白い世界のヤツを」

『奴はこの魂の牢獄の番人よ。ここから出たかったら、勤めを果たすんだな』



 ティノは困った。

 竜と交渉しなさい、と言われても何をどうすればいいのか。

 白の世界の召喚者は交渉を進める中で、おのずと進むべき道が見えると言っていた。


 そもそも交渉とは、話し合いによって双方の要求したいことと受け入れられないことの線引きを明らかにし、取り決めを結ぶか結ばないか、どちらかに持っていくことだ。

 まずは竜の要求を聞くところからはじめた。



「竜よ、オレはお前と交渉するように言われた。お前に何か望みはあるのか?」

『あるとも。やり残したことを、やり遂げるだけのことよ』

「そりゃ、どんなことだ?」

『知れたこと。俺を滅ぼしたあの忌々しい小娘らを八つ裂きにし、その魂を(むさぼ)り喰ろうてやることよ』


 前傾姿勢で身構えてはいたが、さすがにティノはドン引きした。


「うわぁ。お前、七百年も昔のことまだ根に持ってんのかよ」

『当然だ! 今でも思い起こせば肉がなくとも体が疼くわ。そのために待ちに待ったのだ。奴らが許しを請いながら悲痛に泣き叫ぶ魂はさぞかし美味であろうな』


 過ぎた時など気にしないとか吹いてたくせに、七百年の溜まりに溜まった竜の鬱憤が隠しきれずに漏れ出してきている。

 しかも単なる復讐心だけではない。憎しみと畏怖、尊敬と歓喜が入り混じったような複雑な感情だ。



「水を差すようだけど、七百年たってるんだぞ? その娘さんはとっくの昔にお亡くなりになってるよ」

『フハハ、俺が知らぬとでも思ったのか? あの小娘どもはこの俺に捧げられたのだ。俺の怒りを鎮めるための生贄としてな……、憐れにも奴らの同胞の手によってだ。今もこの魂の牢獄の外で、俺に喰われるときを待っているのだ』


 生贄か。荒神(こうじん)のような竜にとっては唯ひとつの愉悦、至上の喜びなのかもしれない。人の感覚では理解できないが。

 しかしどういうことだろう。

 白の世界の召喚者は、あの二人をオレに捧げると言っていた。しかし、すでにこの竜に捧げられた生贄でもあるらしい。

 これでは二枚舌の約束になってはいないか?



「はぁ、なるほど。生贄の魂を喰いたい、ねぇ。とりあえずお前の要求は分かった。伝説にある通りのお前がやらかしたことに比べりゃ、ずいぶんとささやかな願いって気もするけどな」

『有象無象の魂など山と積んでもカスよ。それに比べたらあの二人の魂は極上のもの。お前みたいな小童(こわっぱ)にはわからんだろうがな』

「わかりたくないね。けどさ、今のお前だって魂だけの存在じゃん? そんな状態で人を喰うとか、今言ったことできるの?」


『そこだ!』

「おお?」

『まさに俺が必要としているのは、肉体なのだ。新鮮で頑健な若い肉体が、要るのだ』


 ティノの指摘はまさに的を得ていたようだ。竜はすばやい反応を返してきた。


「ふーん。つまり目的達成の手段として、肉体が欲しいと……?」

『そのとおりだ』


 なるほどなるほど。

 ティノは心の中で相槌を打ち――嫌な予感がした。「まさか」と思った。


『小僧、俺は貴様の体が欲しい』


 そのまさかだった。



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