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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第三幕 幻想界
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白の世界

 すべてが真っ白な世界だった。


 ティノは五体の感覚がすべて失われ、意識だけが存在していた。

 上下左右が、暑さ寒さが、匂いが、息遣いが、快も不快も、己の生死すらも分からなかった。

 何もない無の世界。それともこれは夢の続きなのか。


 声もなく、肉体もなく、何も見えず。

 そこにあるのは、ただ真っ白な光の世界――



 そこに指標(サイン)があった。


 この茫漠(ぼうばく)とした世界に、黒いモヤが浮かんでいる。

 退屈極まりない空間に存在する、ただひとつの特異点だった。

 世界の中心とも呼ぶべき存在なのだろうか?


 これは視覚でとらえたものではない。無意識に認識したものを思念の中であるがままに具現化した、と言い表したほうが近いだろうか。

 思考するための脳みそがここにあればの話だが。



――ついに


 響き、があった。


――ようやく、逢えましたね。ティノ


 その響きは、声だと解釈した。

 これも聴覚でとらえたものではない。思念の中に響いてきたものを、メッセージとして解釈したものだ。


「だれだ?」


 ティノは声を発した。思念の火花をメッセージとして意識し、外へと発散させた。


――貴方を召喚した者です


 果たして声は届いていた。

 跳ね返ってきた響きは、美しく澄み切った女性の声の響きだと、ティノは直感で理解した。

 その美しい声は、ティノを取り巻く全周囲から響き渡ってくるかのようだ。



「やっぱり、オレは呼ばれていたのか」


――召喚に応じてくださり、まことに感謝いたします


「あんた何モンだ?」


――私に名前はありません。しかしそれは重要なことではありません


「なぜオレを呼んだの?」


――貴方は二人の少女を見たはずです。ご覧になりましたか?


「ああ。何度も見た。もう他人とは思えないくらい縁を感じるよ」


――この二人は魔導士。かつて竜を打ち滅ぼした魔導士の姉妹です


 何もない白の世界に、二人の少女の幻像(ビジョン)が現れた。水晶体に封じられた姿のままでだ。


――手前の娘は、ソルフィス。双子の姉


――奥側の娘は、シャナトリア。双子の妹


 姉のソルフィスは身を投げ出すように両手を広げ、すべてを受け入れるかのような姿。一方で妹のシャナトリアは胸元で両手を包み、祈りを捧げているかのようだ。

 二人とも瓜二つの顔だ。そして姉妹はやはり美しかった。こんな少女が竜を倒したとは本当なのだろうか。


 巨大な姉妹の姿は、幻像だというのに女神のように圧倒的な存在感があった。

 この意識だけの世界でモノの大きさは意味を持たないが、これはティノが姉妹に感じている印象がそのまま投影されているのかもしれない。



「それで、オレを呼んだ理由ってなに?」


――はい。貴方に、この二人をもらってほしいのです


「もらっ……は?」


――この二人の身も心も、すべて貴方に捧げるというのです


「は……? は?」

 こいつ何いってんだ?


――貴方に、この姉妹と運命を共にしてほしいと、お願いしているのです


「ちょちょ、ちょっとちょっとちょっと待って、ちょっと待って! とうとつ! 唐突すぎ! どういうこと? 意味がわからんのだが?」


 ティノの当惑っぷりがハッキリとした響きとなった。

 この反応が不測の事態だったのだろうか。召喚者の方で、少しの間があった。

 ティノが二つ返事で彼女の要求に応じると思っていたのだろうか。



――言葉を換えた方が良いでしょうか。貴方に、この姉妹の生命を、破滅の未来から救ってほしいのです。いかがでしょうか?


 生命だと? 破滅の未来? わけがわからん。

「説明! ワケをセツメイしてほしいのだが!?!?」


――わかりました。理由を説明いたします。よくお聞きください


「お、おう」



――奥側の娘、シャナトリアの手元をご覧ください。この娘が手に持つ玉は《竜魂石》と呼ばれています


 シャナトリアの両手は胸の前で重ねられている。

 驚きである。竜魂石があっさりと見つかったのだから。もっとも目の前のモノは幻像だが。


「竜魂石のことなら少しは知ってるぜ。この二人がぶっ倒した竜の魂を封じ込めたモノだろ?」


――そのとおりです


「そんなすげえ石が、手に収まっちゃうくらいに小さいとは驚きだよ」



――竜が討伐されたあと、聖殿の乙女たちは荒ぶる竜の御魂を石に封じ込めようとしました。しかし封印は失敗しました。竜を完全に抑え込むことはできなかったのです


「失敗? どうして?」


――あまたの人の魂を喰らった竜は、その内に多くの悪霊を抱え込んでいたのです。その余りある魂が石の力の限界を超えてしまった。不安定となった竜魂石から、竜の魂が悪霊とともに逃げ出してしまう恐れがありました


「悪霊……」

 ネロ爺さんが話していたことが思い出される。聖地には悪霊がいるから危険なのだと。

 聖地は異世界につながっているから悪霊が沸いてくるのだ、などと話していたような気がする。


――聖殿の乙女たちは、苦慮の末に対策を講じました


――"魂の檻"という強力な力場で石を取り巻く時空を凍結させ、この世の理から断絶させたのです


 なるほど、とティノは思った。

 現実の空間から遮断した結果がさきほど見た水晶体というわけだ。確かネロ爺さんはそれが《停滞の魔術》だとも話していた。

 しかし単純な疑問がひとつ残っている。


「どうして、この子たちまで氷漬けにしたんだ? 石だけでよかったんじゃないのか」



――"魂の檻"は永遠ではありません。凍結した力場もいずれ融解します


――そうなれば不安定な竜魂石が世に解き放たれてしまいます。そうして起こりうる数多の災厄を退ける力がなければ、未来の命運が尽きてしまう


「それでこの二人に未来を託したってわけか」


――いいえ、ティノ。貴方に未来を託したのです


「え?」


――貴方は選ばれし者。世界を覆う災厄を退ける力を持つ、貴方こそが唯一無二の存在。故に――


――この二人を捧げるのです。ソルフィスとシャナトリアは常に貴方の側に仕え、貴方の力となるために喜んでその身を捧げるでしょう


「なんですと……」


 ティノは呆然としてしまった。

 オレが選ばれし者? こいつなにいってんだ?

 喜んで身を捧げるってどんだけ思い切ったことするんだ。これが大昔の文化なのか……。

 いまは思念だけの存在なのが歯痒い。ぽりぽりと指で頭を掻くことすらできないのだ。


「あのぅ……人違いじゃない? オレってその、なんの力もないんだ。魔力適正ゼロだし。そんな世界を救うような大層なモンじゃないよ」


――いいえ、貴方です。間違いはございません。無数の運命の糸から選び、手繰り寄せたのが貴方なのです


 召喚者の声から強い意志を感じられる。

 ティノは四方八方から見えない目で見られているかのような熱い視線を感じた。



「うーん……、仮にオレがその、選ばれし者だとして。何をすりゃいいんだ? まさか美少女二人タダであげますってウマい話じゃないよね」


――世界を覆う数多の災厄を、破滅の未来を、貴方に退けてほしいのです


「そんなモヤッとしたこと言われてもなぁ……よくわかんねぇし」


 とっくの昔に竜も退治されたというのに、今さらなんの災厄があるというのか。

 ティノは深掘りしてさらに訊こうかと思っていたのだが、召喚者の反応が期待したものと違っていた。



――……あなたという人はどうしてそんなにウジウジウジウジ、のらりくらりとしてるんですか。やる気はあるんですか?


「えっ」


 なんだか感じが変わってきた。


――えっ、じゃありません。やる気はあるんですかと訊いているんです!


「あっ、ハイ。あります……」


――なんですかその締まりのない返事は! こんなに可愛い娘二人も捧げると言ってるのに、ピクリとも反応しないんですか? 貴方それでも男ですか!?


「ハイ! やる気あります!」


――ならば目の前の二人、ソルフィスとシャナトリアを必ず幸せにすると、今ここで誓いなさい!


「ハイ! お二人を必ず幸せにします!」


――大切なことですから今一度、ここで誓いなさい!


「ハイ! お二人を必ず幸せにします!」


――よろしい!


「ハイ!」


 あれっ?



――それでは貴方にはこれから、ある方と交渉に臨んでいただきます


「ある方?」

 なんだか勝手に話が進んでいるような気がするのだが。


――はい。その方との交渉の中で、これから貴方がどうすればよいか、おのずと進むべき道が見えてくることでしょう


――貴方が乗り越えるべき最初の試練です。心して掛かってください


「え、いや、交渉? 誰と? なんの交渉? 待って、それって」


――それでは行ってらっしゃい!


 次の瞬間、白の世界の中心に浮かんでいた黒いモヤが突如として意識の中央に浮かび上がった。

 にわかに沸き立つ真っ暗な闇が一瞬にして世界を覆う。


「おわーっ!」


 ティノの意識は瞬時にして暗黒の中に吸い込まれていった。

 そして世界が裏返った。



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