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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第三幕 幻想界
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忘却の世界

しめやかに再開

 水の音で目が覚めた。

 瞼の闇が白く滲み、うっすらと光が差し込んでくる。

 ひやりとした感触があった。気が付けば、水溜まりの中に半分顔をうずめていた。


 むっくりと身を起こし、あたりを見回す。

 冷たい石壁に囲まれていた。

 苔むした石造りの側壁は崩れ、並んだ石柱は無残に朽ちかけている。ところどころ折れた柱の天井が落ちこみ、隙間から木の根が覗いている。

 その廃墟は、見たことのある様式の建築だった。数世紀前に滅んだ王朝の遺跡なのだろうか。刻まれた石細工の意匠がかつての栄華を偲ばせる。

 ところどころに穿たれた孔から光が差し込み、水面がきらめいてぼんやりと光の小道を作り出している。

 そこは静寂だけが支配する世界だった。


 そう、ここだ。


 一度も見たことがないはずの、何度も見た幻想的な光景にかつてない感動を覚える。ここはオレの夢の場所だ。

 どうして自分がこんなところに倒れていたのか。気にする必要はなかった。なぜならすべて知っているからだ。

 今度は、自分の足でここまでやってきた。

 

 だから、やるべきことも分かっている。



 ふとロゼッタのことが気になった。

 意図せずとはいえ、戦闘中に彼女を一人で敵中に置いてきてしまったのだ。とても心配だった。しかし戻る方法なんて分からない。

 今はこの流れの先のずっとずっと向こうにある、掛け替えのないものに逢いに行くこと。それだけだ。


 足を踏み出した。



 壁面から水のはじける音が聞こえてくる。高所から水が細い筋となって落ちてきて石壁を叩いているのだ。

 見上げると、太い樹木の根が絡みついた自然の巨石がそそり立っており、裂け目から飛沫をあげてとうとうと清水が落ちている。

 手を差し出して水を受け止める。冷たい。清冽な飛沫だ。顔にかけてもっと意識を覚醒させる。



 さらに歩みを進める。やがて天井がなくなり、光が差し込んできた。外に出たのだ。

 桃色に染まった空は、今が明方なのか夕方なのかどうにも判らない。

 あたりが霧掛かっているせいで太陽の位置すら分からない。


 これまで見てきた世界だ。もうすぐあの二人に会える。



 なだらかな斜面には小さな花が咲き乱れ、風にそよいでいた。

 人の大きさほどの岩と潅木が転がっており、樹木の根が這うように埋もれている。どこからか滲み出た水が根を伝って糸を引いていた。

 丸石を並べただけの坂の小道が続いており、その先は霞につつまれて見えない。

 しかし迷う必要はない。ただ進めばよいのだ。



 坂を登りきると小さな池があった。

 伝ってきた水流はここから湧き出でてきたのだろう。水面は底までくっきりと、恐ろしいほどに透明だ。

 だが問題はない。この水たまりは歩いて通れるのだ。なんども来た場所なので体が覚えている。

 注意深く足を差し入れる。膝上まで浸かるが容易に足がつく。これならいけそうだ。

 迷う事なく真っ直ぐに進む。


 瞬間、下から強い風が吹き上げてきた。たちどころに霧が掻き消え、視界が広がった。



 やはり。


 そこには、あの巨大な樹があった。

 天を穿つように、余炎のにじむ空に黒々とした枝を広げ、その厳威の姿をさらけ出した。

 あまりにも大きく神秘的なその姿は、この世界のすべてを象徴しているかのようだ。

 巨樹の圧倒的存在感が目を釘付けにする。その姿を見上るだけで不思議と気分が高揚し、力が沸いてくる。

 音のない透明な声がきこえた。

 引き寄せられるように足を踏み出す。


 やっと逢える。あの樹の下にいけば逢える。

 悠久の時を経て、永遠に眠り続けるあの姉妹に。

 そのためにここへ来たのだ。



 巨樹の曲がりくねった大きな根にがっしりと抱かれるようにして、水晶体がそこにあった。

 人を飲み込むほどに大きな水晶だ。

 二人はこの中にいる。


 今回こそは大丈夫だ。


 巨樹の太い根を足場にして水晶体の真下へと移動する。焦らず、ゆっくりと慎重に手足を運ぶ。

 なんとか手の届く場所にたどりついた。びっしりと水滴で覆われた水晶体の表面を手のひらで拭う。

 飛び上がりそうなほどに冷たいが、意に介することなく水玉を払っていく。

 どうしても二人の姿が見たい。そのためにここに来たのだ。



 水晶体のなかに、二人の少女の姿が現れた。


 穏やかな寝顔をしている。

 息をのむ美しさだった。


「やっと逢えたな――」


 その瞬間、世界がぐにゃりとゆがんだ気がした。

 大声で叫んだ。ここまで来て、振り落とされるわけにはいかないのだ。

 指先に力を込め、必死にその場にとどまろうとする。

 世界が真っ白になった。


 叫びをあげる。


 そして、ティノはその名を呼ばれた。



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