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図書館の猫

―アゼル魔導学院 白の塔―



 アゼル魔導学院の外観を飾る壮麗な七つの塔は、魔導学院のシンボルだ。

 そのうちのひとつである、智恵の塔、通称《白の塔》は、内部が図書館になっている。

 ここに所蔵されている書物・資料は、学院に所属する魔導士や修練生に向けて閲覧を許され、資料の貸出しも行われている。


「けっこう暗いなぁ、今何時だ?」

「四時過ぎ。もうすぐ日が暮れちゃうわよ」


 季節は秋に差し掛かったばかりで、山岳に囲まれた魔導学院の一帯は日の入りが早い。

 塔の壁面が夕日に赤く照らされていたが、下の玄関前広場はすでに薄暗かった。

 日課を終えた修練生たちがランタンの灯を囲んで談笑している。ギターの音楽に合わせてダンスを披露している者たちもいた。



 守衛門を抜けて正面玄関棟に入る。

 ロビーの休憩スペース奥に貸出受付があり、その奥が塔本体の書庫フロアになっている。

 この図書館の素晴らしいところは、なんといってもメインライブラリーだ。地下二階から地上三階までぶち抜かれた吹き抜け構造になっている。初めて来た者はその圧倒的な建築に驚かされることになる。


「ティノ、見て。スプリーよ」

「本当だ。めずらしい」


 ライブラリーにつながる通路に一匹の大きな猫がいた。遠目に見ればフサフサした毛玉だ。

「ひさしぶりだなぁ、スプリー。最近見なかったけど、元気だったか」


 猫は眠たそうな細い目をちらりと向けて、あくびをして返した。これが知る人ぞ知る、図書館ネコのスプリーだ。

 図書館ネコといっても学院で飼っている猫ではなく、このあたりに棲み着いているごく普通の野良ネコなのだが、いつも勝手に図書館に出入りして受付あたりに居座るため、自然と図書館のマスコットキャラクターになっていた。



 係員がスプリーを追い出そうとしないのには理由がある。

 実はこの猫、なんと何百年もの大昔から図書館に住みついている古い魔獣で、妖しい力を持つ化け猫なのだという噂がある。

 あくまで噂なのだが、実際に図書館にはいつの時代も必ず一匹の猫が棲んでいたようだ。そして、その猫が年老いるとひっそりと居なくなり、かわりにひょっこりと新しい若猫が現れるという。

 不思議な猫たちの代替わりで、図書館のヌシを歴任してきたようなのだ。


 そんな奇妙な事実もあって、いつの頃からか代々の図書館ネコは畏敬の念をこめて、「スプリー(至高者)」と呼ばれるようになった――らしい。

 アゼル魔導学院の数ある不思議のうちのひとつであった。



 うなー。

 スプリーは低く鳴き声をあげた。ノドの奥から絞り出すようなくぐもった声だ。

 ティノは近寄ってスプリーを撫でる。


「今日はわりとマジメに調べ物なんだ。すごいだろ。お前のオススメ本はあるかい?」

「ネコに何聞いてんのよ」

 司書のお姉さん魔導士が口に指を当てて、しーっとする。ティノはバツが悪そうにぺこりと頭を下げた。

「またな、スプリー」

 スプリーは変わらず超然とした面持ちのまま、ふさふさの尻尾を一回振っただけだった。

 この猫が何代目のスプリーなのかは到底知る由もないが、きっとコイツはこのあたりのボス猫に違いないだろう。


「ティノはスプリーと仲いいわよね。というか猫好きよね」

 小声でヴィヴィアンがささやく。

「猫はいつもマイペースで、人生の悩みなんか無さげだからな」

「そういうあんたには、いっぱしの悩みがありそうに聞こえるわね、少年」

「だからここにきたのだよ」



 塔の内壁に沿って作られた廻り階段をつたって地下のフロアに降りる。

 見上げるような高さの書架には、アクセスするための台座やハシゴ、専用の螺旋階段まで設えてある。

 暗くて見えない天井から細い鎖がいくつもぶら下がり、結わえられたカゴの中に封じられた灯明の魔力が通路をやわらかく照らしていた。


 目的の棚あたりについたティノとヴィヴィアンは、占術の分類から適当に本を選んでは頁をめくって「夢」の項目を探した。


 どれどれぃ……


「今スグあなたもできる夢占い」

「夢でわかる世界が破滅しても恋人と結ばれるたった一つの方法」

「夢に異性が出てきたらこれしかない 今すぐやるべき15の方法」

「夢匠マクラが教える秘伝 プロなら夢を見ろ」

「夢匠マクラが伝える真実 プロは夢を見るな」


 うーむ、カス情報ばっかりだ。

 あまり期待はしていなかったが、ティノが見る夢の内容に似たような事例は本の中には見当たらない。


 何回かの往復を繰り返し、ピンからキリまで漁ってみたが、結局これといったものは見つからなかった。

 もしかしたら貸出し禁止の重要資料を収めてあるフロアに行けば、ここより役立つ資料が見つかるかもしれない。しかしそこは修練生立ち入り禁止の場所だ。



 ティノは意気消沈した。もっとも最初から期待していたわけではなかったが。

 ヴィヴィアンはというと、熱心にカス情報にかじりついている。

 一体こいつは何しにここまで付いて来たんだ。


「どうー? 役立つものあった? その様子だとダメっぽそうだけど」

 役立たずが訊いてきた。


「収穫ゼロだな」

「アイシャさんに頼んで、もっと地下の本棚を見せてもらいなさいよ。禁書の類とかー、あるんじゃないー?」

「そうだなぁ」

 安易に師のアイシャに頼るのは気が進まないのだが、この調子が続いても進展はなさそうだ。



 もう今日は帰るか、と持ち出した本を片付けようと手を伸ばした瞬間――


「おっ、ん、んん?」

 フサフサした感触があってすぐに手を引っ込めた。

「おまえ、スプリーじゃねえか」


 いつの間にそこに居たのか。さっきの図書館ネコが机の上で威風堂々と寝そべっていた。

「あらまぁ、本当。いつの間に」

 ふさふさっとした毛並みをヴィヴィアンがなでる。猫はあくびをした。

「スプリー、おネムなの〜?」

「オイ、どいてくれよ、思いっきり本敷いてるぞ。そこにいたら取れねだろ」


 猫の体の下には棚から持ってきた本が。

 ティノはスプリーのどてっ腹をどかせようとしたが、この猫たいした貫禄でビッタリ机に貼り付いて動かない。


「勘弁してくれよスプリー、本返せないとオレ怒られちゃうよ。つか、おまえさぁビビ並みに重くない?」

 グフッ。

 ティノは横腹を手刀で刺された。



 どうしようもないのでティノは自分のバッグを漁り、小袋から細切り干し肉を取り出して猫の鼻に突きつけた。

「ほらっ、とっておきだぞ。オレのおやつ。さあ、そこをどけ」

 ティノの肉をフンフンと嗅ぎとった瞬間、でぶっちょ猫が信じられないスピードで肉の入った小袋の方をうばいとり、机から飛び降りた。

「あ!」

 猫は口にくわえた小袋を見せつけるかのように一度だけティノを振り返った。

(たしかに頂いたぞ)

 そう言い残したに違いないのだろう。スプリーはいつもの悠然とした態度で去っていった。


「たいしたヤツだ……」

 奴の家族や子分を見たことはないが、きっと土地で一番のノラ猫ファミリーを抱えてそうだ。

「ティノってば猫にはやさしいのね」

「いやいやいや、あの猫のガンコさはヤバかったぞ。……ん?」


 猫のいた場所に目を戻すと、見慣れない本が一冊あることに気がついた。

「あれ? こんな本あったっけか?」



 ティノは本を手に取る。見るからに古そうな装丁で、他の本より一回り小さい手帳のようにも見える。

 手に取って確かめてみる。紙はゴワゴワしており、ページを開けば茶色いシミだらけだ。

 なんだかとんでもない大昔のものに見えるが、なぜこんな古書が一般資料に混ざっていたのか不思議でならない。

 いつのまに紛れ込んだのだろうか。


(ひょっとしてスプリーの奴が? まさかな……)


 とても古めかしい崩れ書体で書かれており、少なくとも数世紀前のもののように思われた。

 個々の単語を目で追ってもまったく読めない。が、ところどころに挿絵があった。大昔のものにしては精緻に描かれた線画だ。

 炎に燃える街、城。戦う人々。そして巨大な黒い竜。



 なにかの伝説か物語を綴った絵本だろうか? かと思えば、どこかの地図のような図もある。

 何枚かめくったところで目が釘付けになった。ティノの眼が驚愕に見開かれた。


「うそだろ、マジかよ……」


 とても見覚えのあるイメージ――


 大樹を描いた挿絵だった。


 満点の星空の下で、丘の上の泉にたたずむ大樹。夢にでてきた樹とそっくりだった。

 なぜなら樹の根に抱かれるようにして、あの水晶体がしっかりと描かれているからだ。

 ことさらに強調して描かれた水晶体。それがまさしくこの絵の主役なのだ。

 そして、水晶体の中には例の二人の少女が小さく描かれている――


「なんだこの本!?」

 奇跡のように夢の映像と合致する。ティノは激しく動揺した。


「どしたの?」

 ヴィヴィアンはすぐにティノの異変に気付いた。

「ヤベえ」

「は?」

「あった……」

「なにが?」

「マジであったんだよ、オレの夢!」


 挿絵のページを開いてヴィヴィアンに見せつけたかと思うと、ティノはすぐに走り出した。

「ちょ、ちょっと! ティノ!」

「すまん、後片付け頼む!」

 

 気がつけばティノは本を手に図書館を飛び出していた。背後からヴィヴィアンの驚きと怒りの声が聞こえてきた。



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