異界への扉
―奥アゼル地方 ミスラ聖殿遺跡―
謎の幻術士ダルハラジムの術を受けてしまい、カイトたちを襲うように洗脳されてしまったロゼッタ。
ロゼッタの目を覚ますため、カイトとヴィヴィアンとルーシィは彼女と戦う決意をした。
「離れないで! 一対一では歯が立たないよ!」
ところがルーシィがあらぬ方向に駆け出した。
「ちょちょっ、ルーシィちょっと!」
カイトがあわててルーシィの後を追うが、そこで孤立したヴィヴィアンにロゼッタが飛びかかった。
とっさにヴィヴィアンは火球を放つ。しかしロゼッタは信じがたい反射神経でこれを跳んで避けた。
「嘘っ!?」
さらに壁を蹴ってロゼッタは跳躍する。そしてヴィヴィアンの側面の頭上から襲いかかった。
「きゃっ!」
ヴィヴィアンはロゼッタに肩を掴まれ、のし掛かられて転倒した。ロゼッタはヴィヴィアンの体の上に馬乗りになる。
「ハアアァァ……」
妖しい笑みを浮かべたロゼッタが鋭い牙で噛みつこうとするもヴィヴィアンは杖で防御。ガキンと音がしてロゼッタは杖の柄をガジガジと噛んだ。
「ひぃーっ、許して」
「ロゼッタやめろっ!」
ヴィヴィアンのピンチに猛然とカイトが駆けてきて横からタックルをかました。
しかしロゼッタは注意深く察知して跳躍する。とんではねて、ロゼッタは華麗なバック転をみせて着地し、カイトたちに向き直った。
「すごい運動神経……まるでティノみたいだ」
「でも頭脳の方は悪くなってるみたいだわね。魔術を使ってこないわ」
「ガ……!? グルグウウゥゥウゥ!」
ロゼッタは突然、強くうなりだした。さっきより凶暴性が増したようにみえる。
「な、なんだ……? 急に怒った?」
タックル不発でヴィヴィアンに覆いかぶさる形となったカイトを見て急に怒り出したようだ。
それを見てなにか察したヴィヴィアンは挑発的な笑みを浮かべた。
「ふ……。あの子、きっと妬いてんのね」
「こんなときに何いってんの!」
「ガアアァァ!」
ロゼッタは物凄いスピードで突進してきた。
「ひいいぃ、やばい!」
ところが、カイトを目前にしてロゼッタはガクッと停止した。
「ア……!?」
ロゼッタの腕と脚がぴたりと動かなくなったのだ。
「ふ……、ロゼっちゃん油断しましたね〜」
ルーシィが変なポーズを決めていた。
「とうっ!」
ルーシィは動きを止めたロゼッタの周りをぐるぐると回る。
「グ……ガ……アア……!?」
「奥義、決まっちゃいましたキメちゃいました……」
ビシィとキメのポーズをとるルーシィ。その手に握られていたのは、糸束であった。
「これは……!? ルーシィ、一体なにを?」
「ルーシィの糸は、何者をも捕らえる呪縛の鎖と化すのです……」
いい感じのセリフを吐くルーシィ。
ロゼッタの手足は蜘蛛の巣に引っかかったように動けなくなっていた。
彼女を絡めとらえていたのは、周到に張り巡らされた糸だった。ルーシィはこのために部屋のあらぬ方向にコソコソと走り回っていたのだ。
「す、すごい。ルーシィにこんな技があったなんて」
「でかしたわ、ルーシィ!」
「むふ〜ん、讃えよ」
殿堂入りのポーズをキメるルーシィ。
「よォーし、この子猫ちゃんをどうやって目ェ覚ましてあげようかしらねぇ」
ヴィヴィアンが指先からボウっと火をともす。
「暴力はやめてよ?」
どうやってロゼッタを幻惑術の洗脳から解放することができるのだろうか。
カイトはロゼッタに恐る恐る近づいた。こちらに敵意むき出しで牙をガチガチさせているロゼッタの額に手を当てる。
「ガ……グググ……、フーッフーッ」
よく見るとロゼッタの全身は傷だらけだった。玉のように綺麗だった白い肌が痛々しいほどになっている。
倒れている獣や不良たちと、さきほどの謎の男のことを考えれば、きっと一人でここまで戦ってきたのだろう。
「こんなになるまで……かわいそうに。つらかったね」
「グ……ググ……」
ロゼッタは執着するようにカイトばかりを睨みつけている。
にゃーん。
ふと横を見るとスプリーが泉の縁の上でくつろいでいる。まったく猫は見てるだけの、お気楽なもんである。
でも待てよ、とカイトは思った。
(泉……。そうか、冷たい水でもぶっかければ目を覚ますかな?)
ヴィヴィアンは網にかかったロゼッタの周りを歩きながら、用心深く様子を見ている。
「ロゼッタ、さっきより大人しくなってない?」
「うふふ、そうねぇ〜。きっとカイちゃんにナデナデされたからよ〜」
ヴィヴィアンはさっきより険しい顔をした。
「ところでルーシィの糸、意外と丈夫ね。コレちぎれたりしないでしょうね」
「うふふ。春に下町行ったときに〜、セールしてたの買い置きしといたのです」
「えっ、それって安物なのでは?」
「安物です〜」
「大丈夫なの?」
「わかりません〜」
「ばっか――」
「ウガアアァァアァ!」
ぶちぶちぶちぶちー!
糸が全部ちぎれた。
「うわっ!?」
強引にルーシィの糸を引きちぎったロゼッタは、突進して目の前のカイトに組みついた。
そのまま水盤の側壁に激突する。衝撃で水面にさざ波が立った。
「カイト!」
「カイちゃん!」
「ウグッ……、あぁ……ぐ……ハアッハアッ、ハアッ」
ロゼッタは苦しそうに喘いでいる。疲労の限界がきているのだろうか。
それでもロゼッタにかけられた術は強力だった。目の前の敵を倒せと、彼女の頭を苛む。
ロゼッタの力は弱くなっており、カイト単独でも押しのけられそうだ。しかし彼女は最後の力を振り絞って抵抗した。わめき散らし、引っ掻いたり咬みつこうとして暴れる。
「……!」
カイトは逆にロゼッタの体を抱き寄せてがっちり掴んだ。
「カイトっ、何を!?」
「ロゼッタ、君を元に戻してあげる!」
カイトはもう片方の手でロゼッタの頭を抱えて自分の胸に寄せた。ロゼッタを抱いたまま泉の縁に足を掛ける。そして跳んだ。
二人分の大きな水柱が上がった。
「カイトーっ!」
「ロゼっちゃん!」
青白い水面から気泡が上がっていたが、やがてそれもなくなった。
泉の中に消えたカイトとロゼッタが再び浮かび上がってくることはなかった。
「ど、どういうことなの? 二人が……消えちゃった!?」
「ビビちゃ、ビビちゃ」
ルーシィがヴィヴィアンの袖を引っ張る。ルーシィが指差す方向に、スプリーの姿があった。
スプリーは大広間に降りる階段の前にちょこんと座って、暗く染まった黒い月を見上げている。
しかしその月も間もなく本来の姿を取り戻しつつあった。月蝕が終わりを迎えようとしているのだ。
「ルーシィたちも、急いだほうがいいかもしれません」
ぽつりとつぶやくルーシィ。
「この泉は、"扉"なのかも。今このときだけ存在する、泡沫のような存在の……」
ヴィヴィアンはごくりと唾を飲み込んだ。
昨晩のネロ爺さんの話が思い起こされる。魔境でもある聖地。そこには境界が存在する。
それは、異世界への扉。
泉はいまだ青白い光をたたえて静謐の中に波うっている。
最初に見た謎の男は帰ってこなかった。カイトとロゼッタも戻ってこない。
ならばティノもすでに旅立ったのか――
ヴィヴィアンは勇気を絞り出すようにぐっと目を閉じた。
「行きましょう、ルーシィ、スプリー! あたしたちもティノのもとへ!」
ルーシィもうなずく。
「スプリーさん、来てください〜。ルーシィたちも行きますよ〜」
ヴィヴィアンとルーシィは泉の縁の上に立った。
お互いの体に手を回して、もう一方の手はスプリーを抱きしめて。
「いいわね? ルーシィ、スプリー! 行ッくわよ〜っ! 覚悟きめろォーっ!」
「死なばもろとも〜!」
にゃーん。
跳んだ。
泉の水面に大きな水柱が上がった。
青白い水面から無数の気泡が上がっていたが、やがてそれもなくなった。
こうして二人の少女と猫一匹もまた、二度と浮上してくることはなかった。
静寂が訪れると、いつしか泉から光も消え失せた。
洗礼の泉の間におだやかな光が差し込んでくる。
月蝕から本来の姿を取り戻した満月が、再び煌々と輝きを放っていた。
お疲れさまです。第二幕の完了です。
次回から第三幕、舞台が変わりますが、数日間寝かせとうございます。
それでは後日のお楽しみに。




