招かれざる者
―奥アゼル地方 ミスラ聖殿遺跡―
けたたましい鳥の鳴き声でティノは我に返った。
頭上を見上げるといつの間にやら天井付近からカラスがこちらを見下ろしている。ここを寝ぐらにしているのだろうか。
なんだか不吉だな、などと思う余裕はない。ティノの頭はサバイバルモードになっている。
(あれ食えるかな……)
まずロゼッタを横に寝かせといて――
ふと異様な気配を感じてさっと振り向く。二頭の野犬……にしては大きい。灰色の狼がそこにいた。
これはまずいと思い、ティノは隣のロゼッタを揺り起こした。
「ん……どうした? えっ!?」
ロゼッタは飛び起きた。
狼は気配を殺していたが、感づかれると唸り声を上げ始めた。
「な、なんだこいつら!」
「なにかおかしい。ロゼッタ気をつけろ、他にも妙な気配を感じる」
ティノの鋭い勘は当たっていた。
「君たちの居るそこは、洗礼の泉」
頭上から知らない男の声が響いた。
「アゼルの門徒が正式な魔導士となるために洗礼を受けるための、神聖な場所――」
「誰だ!?」
ティノは声に向かって叫んだ。
「資格なき者は、そこにいるだけで冒瀆に値する行為だ」
ティノたちが降りてきた螺旋階段にコートに身を包んだ男が立っていた。
「私の名は、ダルハラジム。君たちと同じく竜の秘奥を求める者だ」
そう名乗った男は悠然とした態度で見下ろしている。男のコートの胸元にはアゼル魔導学院の紋章があった。
(――同門か?)
しかし、見たことがない知らない魔導士だ。
カラスと二頭の狼は謎の男を気にする様子もなく、むしろ男を守るような位置取りでこちらを威嚇している。
ティノとロゼッタは身構えた。この男は本能的に敵だと認識した。
「どうやらボクたち、後を尾けられたらしい。こいつからはイヤな感じしかしない」
「同感だね」
「君、教えてくれないか? 選ばれし者である君が、なぜ終着点にこの場所を選んだのか」
ダルハラジムはティノに向かって語りかける。
男を取り巻く狼やカラスの狂ったような雰囲気はどうも普通ではない。おそらくこの男の術で操られているのだ。
「導いてくれないか、竜の秘奥へとつながる道を。私が知りたいのはそれだ」
「何を言ってるのかさっぱりわかんねえよ」
ティノは吐き捨てるように言った。それでも男の表情は揺らがない。
「こう見えて私もあまり時間が無い身だ。悪いが急がさせてもらう」
男がゆっくりと手を動かすと、狼たちが牙をむいて一斉に飛びかかってきた。
「はあっ!」
ロゼッタが小剣を抜き放つ。幾多の幻影剣が青白い光を放って狼に斬りかかった。
ギャンと悲鳴をあげて二頭の狼は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
同時に頭上からロゼッタの死角を狙って襲い掛かってきたカラスを、高く跳躍したティノが鮮やかな蹴りで叩き落とした。
「礼を言うぞ、ティノ」
「お互いさま」
ロゼッタは得物がないティノを気遣って前に出た。
「ボクの後ろにさがって」
「大丈夫だいける」
ティノはロゼッタの横に並んだ。
ダルハラジムは二人の様子を探るように見ている。
「きみ、名前はティノ君……でよかったかな? 君の手間が省けるよう、私も手伝いたいのだ」
ダルハラジムはロゼッタを指差す。
「君のお友だちが苦しむ姿を見たくはないだろう? であれば、早く道を開くのだ」
身構えるティノとロゼッタ。
その眼前に立ち塞がったのは見知った顔であった。
「こいつらは……」
「なんでこんなところに!?」
昨日、ティノとロゼッタを苦しめた不良たち――
ザッツとリーバーだった。
思わぬ敵の登場にティノとロゼッタは後ずさった。しかし敵の様子は普通ではなかった。
「……ウウウ……ア……ア……」
「……オオ……オオオ……」
奇妙な唸り声を上げて、まるでゾンビみたいだ。
「あいつらなんだかおかしい」
「あの野郎のせいだ。術で操ってるんだろう」
「どうする?」
階段はダルハラジムが塞いでいる。ティノは背後の大広間を意識した。
(広いとこに移動しよう。逃げ道があるかもしれない)
(わかった)
ティノたちは示し合わせて大広間に向かって駆け出した。柱の間から見える建物の外へと向かって走る。
「待て、ティノ止まれ!」
「うおっ!」
ロゼッタがティノの袖を引っ張って制止した。月明かりのおかげで足場が無くなっていることに間一髪で気がついた。
大広間の外は断崖絶壁だったのである。
「これは……!」
はるか下に見える暗い闇は、おそらく枯れた湖底だ。
豊かな水を湛えていたかつての湖であれば、その場所は湖面だったのかもしれない。
「クソッ、行き止まりか」
「気をつけろティノ、奴らがくる!」
振り返ればリーバーとザッツがのろのろと緩慢な足取りで後を追ってくる。
ティノとロゼッタはこの場で戦うしかなくなった。
ロゼッタとティノは敵を挟むように散った。
いきなりリーバーが火炎放射をはなったが、ティノは驚異的な跳躍で避ける。
そのまま体を捻り、勢いに乗じてリーバーの肩口にかかと落としを叩き込んだ。リーバーの膝が沈んでどっと倒れこむ。
ロゼッタも幻影剣の光刃を繰り出し、ザッツに斬り浴びせた。
この場所ではザッツの石つぶては使えないはずだ。ところがザッツは遺跡の崩れた石塊を吸引し、鎧のように身にまとった。硬い石が光刃を弾き飛ばした。
さらにザッツは猛牛のように突進してきた。ロゼッタは敏捷な足さばきで突進をかわす。
態勢を立て直すとロゼッタは別の構えをとった。
ロゼッタが両手をバチンと打ち合わせると、彼女の左右に大砲のようにデカい幻影の拳が召喚された。
ガントレットを模した拳の青白い光もまた、幻影魔術によって実体化されたものだ。この巨大な拳はロゼッタの両腕の動きに同調して動く。
ロゼッタは踏み込んでザッツとの間合いを一瞬で詰めた。
「はあっ!」
幻影の拳のストレートを繰り出す。鉄拳がザッツの胸を殴りつけると、ザッツの体は石の鎧ごと吹っ飛んだ。
パン、パンと手を叩く音。
「やるね、君たち」
ダルハラジムは悠々とした態度で階段を降りてくる。
「だが、私もあまり遊んではいられないのだ」
リーバーとザッツが呻き声を上げながら起き上がった。
動作反応は鈍いが、昨日より明らかにタフになっている。これもあの男の術の影響だろうか。
ダルハラジムがパチンと指を鳴らすと、リーバーとザッツの体がボヤけた。
「え、えっ、なにっ?」
なんと二人の体が分裂し、四人になった。
「分身!?」
「クソッ、あいつの術だ!」
分身で二体ずつに増えたリーバーとザッツの猛攻がはじまった。
リーバーの火炎放射の十字砲火をなんとか回避しても、ザッツの猛牛のような突進が連続でやってくる。
一体目の突進を回避し、二体目の突進をロゼッタは鉄拳でガードした。しかしロゼッタの小さな体は吹っ飛ばされてしまった。
ティノがなんとか空中でロゼッタを抱きとめる。
「むぎゅう」
ロゼッタのお尻の下でティノが呻いた。
「ご、ごめん、ティノ」
「長引くとヤバいぞこれは」
ティノは瞬時に考えを巡らせた。今は得物を持たない自分よりロゼッタの術の方が圧倒的に火力が上だ。ここは彼女の攻撃が確実に当てられるように援護すべきだ。
「ロゼッタ、オレが囮になる。本物をあぶり出してやるから、お前のゲンコツぶち込んだれ」
「わかった!」
ロゼッタは立ち上がってジャケットを脱ぎ捨てた。
「速攻で決める」
ティノは駆け出した。遺跡の崩壊した場所へ走って土砂をつかむ。最寄りのザッツに思い切り投げつけた。
ザッツの体は霧のように掻き消えた。
「こっちはニセモノだ!」
ロゼッタが飛び出す。本物のザッツの体当たりを素早くかわしてカウンター気味に豪快な右フック!
ザッツは壁に叩きつけられて沈んだ。
その間にティノはリーバーに接近、そのうちの一体に飛び蹴りを浴びせる。スカった。こちらも偽物だ。
「残ったあいつが本物だ!」
ロゼッタが跳ぶ。本物のリーバーはのろのろと緩慢な動きでロゼッタに火炎を当てることができない。そこにロゼッタの飛び掛かりからの強烈な左ストレートが決まった。
リーバーも吹っ飛んで動かなくなった。
こうして二人の不良は沈黙した。




