陽炎
―奥アゼル地方 聖地―
午後の陽光が照らす荒野を二人の修練生が歩いていた。
前を行くティノはゆっくりとだが、確かな足取りで迷いなく進んでいる。彼の後を追うロゼッタは付かず離れずの距離を保っているが、その足取りは重い。
夜明け前、ティノが突然起き出して夢遊病者のようにフラフラと一人で歩き出すのを目にしたロゼッタは、飛び起きて彼の後を追いかけた。
彼に呼びかけて止めようとしたのだが、ティノは何の反応も示さず歩き続ける。ロゼッタはそれ以上ティノを引き止めることを直感的に躊躇ってしまった。気付けば他の仲間を起こしている余裕が無くなるほど進んでしまっていたのだ。
ティノは一種のトランス状態に陥っているようだ。きっと彼の夢の中に現れた何者かが、彼を呼んでいるのかもしれない。
彼は間違いなく終着点へ向けて足を運びだしていた。
行く先の大地から陽炎がたちのぼり揺らめいている。
ティノは一度も振り返ることもなく黙々と迷いなく歩みを進めていた。
ロゼッタは他の仲間のカイトとヴィヴィアンとルーシィの三人に黙って出てきてしまったことを後悔していた。きっとキャンプでは残された三人が大騒ぎになっているだろうし、ティノと自分を探すために動き出しているかもしれない。
三人には申し訳なく思うが、ここまで来ておいて今さらティノを引き止めるわけにはいかなかった。彼が竜魂石への道を示す唯一の手掛かりだからだ。
行けるところまで行こう。それが今のロゼッタの思いだった。
(ううっ、ドジったなぁ……)
ロゼッタは眼鏡を忘れてきてしまった自分を呪いたくなった。
別に視力が悪いわけではないのだが、ロゼッタにはあの眼鏡が必要なのだ。
ロゼッタは体質的に日差しに弱い。日の光を強烈にまぶしく感じてしまうのだ。
彼女の眼鏡は特殊な偏光加工が施してあり、光の強さを軽減させる効果があった。眼鏡さえあれば人並みの視界にはなるのだが。
(まぶしい……)
ロゼッタの視界は白く飛んでボヤけていた。
ティノを追ってキャンプを飛び出したときは明け方前で暗かったので平気だったのだが、そのせいで眼鏡のことをすっかり忘れていた。バッグだけは反射的に持ち出せたくせに。詰めが甘いところだ。
幸いにもティノが真っ黒な服装のおかげで、やっとのことで彼の姿を見失わずに済んでいる。
今日は昨日より霧が薄いので日差しが強い。山頂にいた時と同じような肌を刺す痛みがあった。
日焼け止め薬を塗っても、くらくらと体中が煮えるようなこの痛みだけは変わらない。まったくもって難儀な体質だ。
一人で移動中のロゼッタは頭からフードを目深にかぶっていた。
彼女が羽織っているフード付きジャケットの長袖はすっぽりと指先まで覆うほどで、ブーツの下にもタイツを履いている。
もうこれ以上、日の光に肌を露出したくなかった。どうせ誰の視線もないので格好は気にしない。
それよりも目の痛みと眩しさがどうにもならない。手を庇のようにかざして目を保護するしかなかった。
ロゼッタは昨日の出来事を思い返していた。
これまでロゼッタはクラスの中でこれといった友人がおらず、一人で過ごすことが多かった。普段はもっぱら二人の姉と行動を共にしていた。それで問題なかったのだ。
むしろエリートの卵として当然とばかりに孤高を気取り、クラスメートを寄せ付けない威圧感を纏っていた。それくらいの気構えでいなければ他人からはナメられるし、愛する家族のために働くことなどできないと思っていた。
ところが、どういうわけか昨日は自分でも信じられないほどの活気が自身の中に沸き起こり、一気に友達を四人も作ってしまった。
たまたま怪我をしたことで、普段なら絶対にみせない弱みを他人に晒してしまったことが予想外の切っ掛けになったのかもしれない。
これまで一人で過ごしてきたことへの反動もあったのか、自分でも驚くほどの勢いで他人に接近してしまった。
家族以外の人間を助けるためにあれだけ動いたのも、昨日が初めてだ。
ロゼッタは自分のことが分からなくなった。
(ボク、一体何してるんだろう……)
少なくとも今は、竜魂石を手に入れるために動いている。愛する家族のためだ。
すべては親のため、家族のため、一族のため。それが必然であり、ロゼッタのすべてだった。
そのつもりだったのに、一度できてしまった友達のぬくもりと離れてしまうのは、心に大きな穴ができてしまったかのようで切なかった。ロゼッタは生まれて初めて、自身の中に世俗めいた欲が芽生えるのを意識していた。
(寂しい……。寂しいとか切ないってこんな感じなのかな)
ティノをからかって反応をみてみたい。
ヴィヴィアンとお茶しながらおしゃべりしたい。
ルーシィともっともっとハグハグしたい。
スプリーを思う存分なでなでしたい。
カイトとずっと手をつないでいたい。
……はぁ。
昨晩、仲間と囲んだ焚き火の光はやわらかくて、あたたかくて心地よかった。
もう一度、昨日みたいな日が来ないかな。
太陽が照りつける昼間は感覚が鈍くなってしょうがない。
火照った体が渇きをおぼえ、渇きがやがて身体を蝕んでゆく。
浴びるように水を飲んでも決して満たされることのない、呪われた渇きだ。
ずっと前からはるか頭上をカラスだかハゲワシのような黒い鳥がぐるぐると飛んでいる。荒野を往く旅人が力尽きるのを待ち構えているかのようだ。忌々しい。
それが彼女を追跡するために放たれた斥候であることなど、分かりようもない。
ティノの後を追うロゼッタは、まさか自分自身も何者かに追われているとは知る由もなかったのだ。




