追跡者たち
―奥アゼル地方 聖地―
聖地に点在する古い森の中、梢の上で一羽のカラスがけたたましく鳴いていた。
カラスが見下ろす茂みにその男がいた。
幻術士のダルハラジム。竜の秘奥を狙っている魔導士である。
「見つけたか……」
仮眠をとっていた寝床からダルハラジムはむっくりと起き上がった。
ダルハラジムは一晩かけてティノたちの足取りを追跡していた。
ようやく追いついてキャンプ地の目星をつけたかと思ったら、明け方になって二人の修練生を見失ってしまったことに気づいた。
まさか修練生たちが二手に分かれるとは予想もしていなかったことだ。
修練生たちが寝静まるキャンプを見つけたのは明け方より少し前。
ひときわ強い執着を残していたグリエンが彼らの居場所を突き止めた。幻惑術によるグリエンとの視界共有を通して、遠隔地から状況を観察していたが、すでに二人の修練生は姿を消していたのである。
見失った二人を探そうにも不良たちの嗅覚では限界があったため、急遽次善策を用いることにした。
それは力業な捜索方法だった。幻惑術で制御下においた数羽のカラスを偵察に放ったのだ。
「よし、引き続き追跡を続けろ」
ダルハラジムの手が弧を描くと、カラスはひときわ大きく鳴き声をあげて羽ばたいた。
カラスは聖地の中央方面へ向けて飛び去っていった。
そっちの方向か。
後ろの茂みから操り人形となったザッツとリーバーが現れた。
グリエンも既に呼び戻してある。まもなくこちらに合流するだろう。
ダルハラジムもまた腰を上げた。休息は終わりだ。
「さあ私を導いてくれ。竜の秘奥へと」
* * *
正午を過ぎようとしていた頃。
カイトたちが去った後のキャンプの後片付けをするネロの姿があった。
訪れた人物の気配に気がついてネロは作業の手を止めた。
「おおぅ、ようやっと来たかぁ」
そこに居たのはアゼルの一級魔導士、アイシャだった。
彼女はネロを見るなり、ぺこりと頭をさげる。
「おひさしぶりです」
「ちぃとばかし遅かったな、ぼんず達はもう行ってしもうたで」
アイシャは目を丸くして驚いた。
「ティノたちは、ここに来たんですか!?」
「ウン、来たで。まぁ、休んでいきなされ。疲れたじゃろ」
ゆっくりと茶でも飲んでけ、と応対しようとするネロだったが、アイシャは遠慮した。
「ネロさん、こうしている時間はありません。彼らを狙っている刺客がいるんです」
「ウン? 刺客となァ?」
ネロは今朝の出来事を思い出した。
「……それっぽいのも今朝見たなァ」
「本当ですか!」
「ウン。すぐに消えたけどな。ワシらの前に現れたのはどうも斥候のようじゃった。本当の犯人はこの聖地のどこかで、今もぼんず達をつけ狙うとる」
「だったらすぐ彼らを追わないと」
焦燥の色を隠せないアイシャに、ネロは冷たい水の入ったコップをぐいっと差し出す。
「まぁ座って休め。夜通しここまで来るの大変じゃったろ。今からジタバタしてもはじまらんわい」
「しかし……」
ネロ爺さんは依然として落ち着いた様子だ。
「ワシらこれから長期戦になるんぞ? 今ここで慌てても仕方ないわい」
「長期戦? どういうことですか?」
「ありゃ、リノーはんから聞かされとらんの?」
「……いえ。ここであなたに会って指示を仰ぐように、とだけ」
「ウーン」
ネロは首を傾げていたが、なにやら思い出したように言った。
「……あ、そうだ。リノーはんからワシへと預かってきたモン、ある?」
「あ、ハイ。あります。……これでしょうか」
アイシャは箱を取り出して中を開けてみせた。
立方体の形をした奇妙な物体だ。学院を出発する直前にリノーから密かに手渡されたものだった。
「ああ、ヨシヨシ。確かに。これでええ、これはお前さんが大切に持ってて。無くさんようにな。それが必要なのは当分先だから」
「ハァ」
アイシャは不思議がりつつも、懐に箱をしまった。
いろいろと深く事情を知っているネロ爺さんは何者なんだろうと思う。
リノー学院長とも付き合いが長そうな友人のように思われるが、謎が多い人物だ。ただの遺跡守のようには思えなかった。
ネロ爺さんとアイシャはこれまでに得た情報を交換をした。
アイシャは単独でティノたちの捜索にあたっている。これはリノー学院長直々の特命で、極秘の任務だった。
一介の魔導士に最上層からこのような任務を与えるのはかなり異常だ。
ところがネロ爺さんからこれからの行動と見通しについて聞かされたアイシャは、任務の重要性をより色濃く認識させられることになった。
「マジすか……そんなにかかるんですか……」
思わずフランクな言葉が漏れて絶句してしまう。事情を理解したアイシャはショックを隠せない様子だった。
「ウン。マジっすよォ。これからは長丁場。お前さんの任務は、忍耐が必要になるで。ワシらはぼんずたちを信じて、ただ待つしかないんよ」
「……承知しました」
アゼルの運命が掛かった歴史的異変が、静かに、密やかに起ころうとしている。
予期された未来を知るのは、ごくわずかの人物しか知らない。この場にいるアイシャも含めて。
「しかしなァ、誰が派遣されて来るかと思うてたら、お前さんだったか。しかも、あのぼんずの師になっとるたぁなァ」
「はぁ、すみません……」
「いやいや、昨夜のぼんずに会うたときのあの顔、昔のお前さんをフッと思い出してな。やはり弟子は師に似るんやなあ。面白いことやで」
「お恥ずかしい限りです……。あ、あの、あたしの昔の事はティノには言わないでくださいよ」
「ワハハ! わかっとるがな」
アイシャは過去のことを思い出して顔を伏せた。弟子のティノには言えない秘密だ。
これから二人は装備を整えて出発する。ティノが向かったと予想されるミスラ神殿に向けてだ。
そこでティノやカイトたちが見つかれば良し。彼らをつかまえて連れて帰ればいい。
しかし、それは無理だろう。
アゼルの預言が本当に実現するとならば、アイシャが彼らに会えることはない。
少なくとも今日中には。




