待ち人、動く
―アゼル魔導学院 青の塔―
アイシャは魔導学院本館に向かった。
本館に併設する大きな塔は、通称《青の塔》と呼ばれている。学院長の執務室がある建物だ。
アイシャは学院長に会うためにそこへ向かった。面会を願い出てアイシャは学院長執務室に入室した。
「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思ってたわ」
学院長リノーは執務室のソファに座り、優雅な笑顔をみせた。
「その様子だと、なにもかもお見通しという感じですね」
アイシャは不機嫌そうな顔を隠しもせず、つかつかと学院長のもとへ歩み寄る。
はたと気づくと、ソファに客人がいた。リノーは来客の応待をしていたところだった。
「あっ! こ、これは失礼しました」
アイシャは慌てて頭をさげた。
客人は全身をコートに身を包み、フードを被った奇妙な男だった。
「こちらこそ、室内でかぶりを取らぬ無礼をお許しください。これも教義なもので――。一級魔導士アイシャ殿」
そう言って男は軽く頭をさげる。
こちらのことを知っている客人の男をアイシャは訝しげに思った。
フードに隠れた切れ長の目と浅黒い肌は、アイシャと同じ東方の砂漠地方にルーツを持つものだろうか。
「アイシャ、こちらの方は問題ありません。我々と同じ、"当事者"です」
「申し遅れました。わたくし、シェラク魔導教団の外交を務めております、エリシムと申します」
「シェラク……」
アイシャはその名前を思い出した。
「ダリアの暗殺教団か」
「お客人に失礼ですよ、アイシャ」
「申し訳ございません」
エリシムはフードの奥で薄笑いをうかべた。
「構いません。巷ではそのような名で知られておりますから」
ダリアはアゼル地方から南東にある砂漠地帯の州都だ。そこを拠点に構えるのがシェラク魔導教団である。
もともとはアゼル魔導学院と同じ流派だったところから分派した組織だといわれている。
「シェラク教団の外交官殿が、どうしてこちらに?」
「今は、あなたの方こそ私に用があるんじゃなかったかしら?」
「は、はい。失礼いたしました」
アイシャは直立不動で姿勢を正した。
「学院長、私がお訪ねした理由は弟子のティノのことです。ティノたち修練生五名が禁を破って聖地に向かいました。もうご存知のことでしょう。以前から貴方がおっしゃっていた、貴方の星読みが当たったということです……」
リノーは静かにアイシャを見据えている。
「彼らを探してすみやかに連れ戻します。どうか聖地入りの許可を」
そういってアイシャは胸に手を置いて深々と頭を下げた。
「アイシャ、どうぞ座りなさい」
リノーの勧めるまま、アイシャは静かにソファに腰をかけた。
「ちょうどさっきね、不良グループの捕縛に向かっていた隊が戻ったそうよ。手ぶらでね」
「手ぶら?」
「ナユラの山頂に人の姿は影もカタチもナシ。現場で見つかったのはナイフで切られた縄だけ」
なんとお粗末な話だろう。アイシャは少し呆れた。
クソガキ三人が逃亡するくらいなら些細な話だが、気になる点がある。
「逃げられた……というよりも、彼らを逃したものが別にいるのですね」
「そのとおり」と、リノーは指を立てる。「ネズミがいるようね」
心地よい話ではない。
ガチムチ兄弟から聞いた話を信じるならば、不良グループは派遣されてきた管理官に引き渡されたハズだ。
あの馬鹿げた格好をした脳筋兄弟はウソをついているようには見えなかった。材料不足で推測に過ぎないが、現時点では兄弟が引き渡したという管理官の存在がどうにも怪しい。
「その件で、こちらのエリシム殿から情報を頂いたの」
エリシムがアイシャを見てうなずいた。
この話題はティノたちの行方と関係があるのだろうか。とアイシャは焦燥にかられたが、いつも外堀から始まって核心に近づいてゆくリノーの話し方を考えると、落ち着いて素直に耳に入れておいた方がよさそうだ。
エリシムは静かに話しはじめた。
「そのネズミとは、ダルハラジムという、幻術士の男です。階級は一級魔導士」
「ダルハラジム……? 聞いたことないな……」
「過去に我が教団に所属していた者です。つまり移籍組の魔導士ですね」
勢力間での魔導士の移籍は特にめずらしい話ではない。
とくにシェラク魔導教団はアゼルを源流とする元は同じ流派なので、相互交流にそれほど抵抗はないのだ。
「その男になにか問題が?」
「ダルハラジムは教義に背き、三年前に我が教団を破門になったのです。それがどういう星の流れか、アゼルの門下に」
「なるほど……。その男が学院に潜り込んだネズミで、不良グループの逃亡を助けたと?」
「その通りです」
エリシムはうなずく。
「逃げた三人のゴロツキというのも、元々は半年前に彼の手引きで入学させたのです。そして彼らは師弟関係となっていた」
「そのダルハラジムとかいう男の狙いは? あの場所で何をしようとしているんです?」
「彼は聖地へと向かっています。そこであるものを探し、奪おうとしている」
そいつも聖地か……。
反射的に嫌な予感がアイシャの頭をよぎる。ティノたちに身の危険が迫っているのではないか。
「あるものとは? 彼が狙っているものは何です?」
「このアゼル魔導学院の伝承に関わるもの……。アゼルの重大な遺産です」
「遺産?」
それきりエリシムは口を閉じ、リノーに引き継ぎを請うた。
リノーは静かに席を立って窓際に向かう。
外はすでに暗い。ランプに照らされたガラスがリノーの横顔を姿見のように映し返していた。
「学院長、ティノたちが危険です。危険な幻術士が聖地にいる。彼らと鉢合わせするかもしれない。すぐにでもティノたちを連れ戻しにいかなければ!」
切迫したアイシャは立ち上がって詰めよった。しかしリノーは冷静に応じた。
「ティノたち五人は聖地に向かった。これは間違いないでしょう。そしてこの現状は予測通りに推移しています」
「予測通りですって? 学院長はこの事態を、こうなることを最初から分かってたとおっしゃるんですか!?」
「ええ。予期された事態と言った方が正しいかしらね。今のところは」
「どういうことなんですか! 学院長、詳しく説明してください。このままではティノたちが……!」
リノーは手をあげてアイシャを制止した。
「アイシャ、落ち着きなさい。今から貴方が行っても、どうにもなりません」
「な……!? そんな!」
「ですが、心配には及びません。どのような危機に遭おうとも、彼らは必ずこの困難を乗り越えます」
「……それも占いの結果……なのですか?」
いつもの冷静さを欠くアイシャは不審を抱いた目で学院長を見る。
「これはね、アイシャ。占いの結果ではないの。今起きてるこの事態は、はるか昔に預言されたことなのです」
「預言……?」
「七百年前に、初代魔導学院長アゼルが遺した、預言です」
「なな……? 七百年前の……アゼルの預言……ですって?」
そうです、とリノーは静かにうなずいた。
リノー学院長は執務机の席につく。アイシャも促されるように学院長の正面に立った。
「一級魔導士アイシャ、貴方に行方不明の修練生たちの捜索を命じます。これから聖地へと赴き、ティノたち五名の修練生を無事に連れ戻すのです」
「……! はっ!」
アイシャは弾かれるように胸に手を当てた。
「貴方がここを発つ前にすべてのこと伝えておきます。これから私が話すこと、あなたが関わる事柄は、アゼルの未来に関わる非常に重大な問題です。心して聞きなさい――」
アゼルが遺したもの。七百年前の遺産。
それが何を意味するのかアイシャには分からない。ただひとつ分かることは、それがジョークや些細なモノの類ではない、非常に重大な事柄だということだ。
少なくともそれは教え子たちの遭難事件どころでは済まない、地域どころか国をも巻き込む事象になりうることを意味している。
そしてその大掛かりな問題の渦中にティノたちが立たされている。それは紛れもない事実なのだ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
月変わって現在のデイリーユニークユーザ数は10前後くらい。うーん生々しい数字。
ですが幸い脱落率は少ないようで、根気強く読んでいただいてるようです。皆んな訓練された読者様なのでしょう。
次話ではちょっとした事件が起こります。
引き続きお楽しみくださいませ。




