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目覚め

―アゼル魔導学院 錬金資材準備室―



 白飛びに霞んだ目をこすると、丸っこい金色の髪をした少女の顔が見えてきた。


「キモい」


 汚物を見るような目で彼女は冷たく言う。ヴィヴィアンだ。

 ということは、目が覚めて現実の世界に戻ってきたのだ。にわかに意識がはっきりしてくる。

 どこからともなくブクブクと気泡の弾ける音が聞こえた。もうすっかり慣れたはずの薬品の匂いが鼻をつく。


「……。お前か……」

 ティノは軽く舌打ちしそうになるのをこらえる。ささやかな悪態を吐きたかったがうめき声だけ漏れでた。



 ここはアゼル魔導学院、錬金術研究棟の錬金資材準備室。

 錬金術に使用する器具とあらゆる素材をしまっておく倉庫みたいな場所だ。と同時に、ここは《錬金術クラブ》の活動場所でもある。


 部屋の一画を間借りしたスペースにソファとテーブルが置かれ、この場所を拠点にクラブのメンバーが集って日々の活動を行う。

 その内容は、錬金素材の採取と分析が主体だが、他にも酒の醸造(顧問の趣味)、御用聞き(教師連中のパシリ)、ゲームで遊ぶ、惰眠を(むさぼ)る、……などの輝かしい実績もある。


 錬金術クラブの一員であるティノは重要な活動任務のひとつ、睡眠学習(昼寝)を遂行していたところであったが――

 

「ティノ、あんた超キモいわよ」

「どけ、クソ重たいぞ」

「失ッ礼なヤツね!」


 ソファで寝ていたティノの腹の上にヴィヴィアンが馬乗りになっていた。彼女なりの作法でティノの目を覚まそうとしたらしい。

 おかげでティノは現実世界に引き戻されたことを知った。



「まーた同じところで目が覚めちまった。もう少しだったのによ……。ビビ、お前またしても邪魔してくれたな?」

「あらそう? それは悪うございましたね、お楽しみでしたもんね? あんたがすーんごい気持ちよさそぉーに、うなされていたもんですから」


 ティノの体にのしかかったまま、ヴィヴィアンは山のごとく動かず蔑む眼で見下ろしている。

「オレなにか寝言しゃべってた?」

「そりゃもうね」


 ヴィヴィアンはニヤリと笑みを浮かべて顔を近づけてきた。

「オレが! このオレが! 今! 行くから! 待ってろよ! とかね。聞かされるこっちがハっズかしいったらありゃしない」

「嘘ォ……」

 確かに恥ずかしい。ティノの顔も赤くなる。

「嘘よ」

「てめー、人が真面目に聞いてるのに!」


 ティノが腹を立てるとヴィヴィアンはケラケラと笑った。いつもこんな調子でティノをからかって楽しんでいる。

 しかし、怒っていたはずのティノの目が虚ろな空間をただよい、彼はぼんやりと思考の世界に入った。

 その落ち着いたような、スカしたような態度が予想外で、ヴィヴィアンはそれがちょっと気にいらない。

 数日前のティノなら顔を赤くしてあわてて言い訳を並べたてたものだったのだが。


「それで? 愛しの彼女には会えたの?」

「あのさあ、カノジョじゃなくて。いやまあ、ね? 女の子ではあるんだけど。えーと、なんていうか、二人だ。前にも言ったろ、例の女の子は二人いるんだ」

「はいはい、ふーん。それはそれは……、ようござんしたね」

 ヴィヴィアンの目がくるりと回った。


「って両手に花か! このムッツリすけべが! 今日も修練サボってなにしてんのかと思えば、あンたグースカ夢の中で女に囲まれてハーレムやっちゃってるわけだ? ええ?」

 どこかで言葉の選択を誤ったらしい。

「んまああぁぁああぁああぁン! 死ねこのヘンタイエロ猿即死ね!」

 ヴィヴィアン激昂。

「やめて」


 ヴィヴィアン・クッション・ビンタのワンツーリターンをティノは慣れた手つきで受け流す。

 マウントをとられつつもそこは経験が活きた。

 夢のなかに登場する少女の話題になるとたいていこうなるのだ。

 ティノとヴィヴィアンはべつに恋人関係というわけではないが、どうもヴィヴィアンは「夢の少女」にヤキモチを焼いてるフシがあるようで、ティノが少女の話をすると瞬間沸騰でお怒りなのである。彼女の心の沸点は日を追うごとに低くなっていた。


(うーん、こんなアホに話すんじゃなかった)



 話を遡れば二週間ほど前のこと。最初はただの夢かと思っていた。


 どこかの草原に埋もれた遺跡と緑の丘。湧き出す泉に神秘的な大樹が立っているという、なんとも不思議な風景だ。

 そこでティノは二人の少女と出逢う。しかし、少女と言葉を交わしたことはない。

 なぜなら、二人は謎めいた水晶体の内部に氷漬けされたように閉じ込められており、そのなかで眠っているのだ。

 二人の生死の状態はまったく分からない。よく見ようとして、さらに近づこうとすると、そこで目が覚めてしまう。



 二週間前のあの日から、この奇妙な夢をほとんど毎日繰り返し見るようになってしまった。

 ちょっとした昼寝でも必ずといってよいほど見てしまうので、さすがに気味が悪かった。

 遺跡と丘陵の風景、大樹の根に抱かれた水晶体、そして二人の少女。なにかの符丁か暗示めいた映像が寸分違わぬ配置で現れる。

 とりわけ謎なのは二人の少女だ。今ではすっかり顔も覚えた。とてもよく似た顔立ちをしている二人はきっと姉妹なのだろう。



「いったい彼女は何者なんだ?」

「あたしに聞くかよ! 知るかボケ! こっちが知りてーわ! いや知りたくねーわ!」

「マジでオレにも謎なんだから……。ていうかさあ、ビビさん重い。どいてくんない」


 ボスッと一殴りして、ぷーっと息を吐くと、ヴィヴィアンは気がすんだのか少し大人しくなった。

 小さくジャンプしてティノの体から離れる。


「まったく。そんなに謎なんなら、さっさと占ってもらうか、心理学のセンセにみてもらいなさいよ。このままだと、あんたノイローゼになっちゃうわよ?」


 ティノとヴィヴィアンは同じ孤児院で姉弟のように育った古くからの付き合いで、同い年のクラスメートだ。

 ヴィヴィアンはこの部屋を活動の場としている、《錬金術クラブ》を設立した会長である。

 彼女の容姿は金髪碧眼というやつで、ショートボブの髪が内巻きにカールしている可愛らしい女の子である。

 おませで世話焼きなところがあり、幼馴染のティノにはなにかとキツく接するところがあった。


 ティノはむっくりと上体を起こし、気怠そうに眉間をマッサージする。

 ボサボサの黒髪を掻いて寝癖を確かめた。髪質のせいか一度寝癖がつくと治りにくいのだ。

 目蓋の重い三白眼をギョロつかせてヴィヴィアンを見た。まだちょっと視界が霞む。


「占いは気がすすまんぞ。うさんくせーし」

「あーん? うさんくせーって。魔導士のあんたがなにいってんだか」

「魔導士つったって、オレ別に魔力ねーし。どうせ魔導適正ゼロの、"素人"ですから」

「まーたそんなこという!」

 アイィ。

 ヴィヴィアンはティノのこめかみをぐりぐりした。ネガティブなことを言うと罰を与えられるのだ。


「魔力ゼロのあんたに、ついに魔力が発現したってことじゃないの。そこはもっと前向きに考えなさいよ」

「この夢が、オレの魔力だっていうのか?」

「そうよ、絶対そうよ」

「どんな力だよ。予知夢か、これ?」

「予知夢だろうとなんだろうと、魔力は魔力なのよ」

「これがいったいなんの役に立つってんだよ」

「そんなこと今は些細な問題よ」


 ティノは泣き言をいっているようにみえた。

 はじめて魔力が発現した者は、精神が不安定なることが多いという。

 そのほとんどの発生ケースは幼年の頃で、未熟な精神と相まって起こるのだが、12歳のティノはどうだろうか。

 ヴィヴィアンは自身の体験について思い出そうとしたが、とうの昔のことで忘れてしまった。

 少しでもティノの悩み事を共感したいと思ったのだが。



「そういやさ……。この前、歴史の授業で発明の話あったじゃん」

 ティノは不意に話題を変えた。


「なによ急に。発明?」

「そう、名前付けの発明の話」

「名前付け?」

「言語学で、人類の画期的な発明のひとつ。つまり、命名だ」

 唐突に話題を振るティノ。どうでもいい内容であることが多い。


「命名? なんの話よ」

「謎とか、未知の問題に直面したら、とりあえずそれに名前を付ける、って話だよ」

「ああ……、たしかにやってたわね」

「人類は意味不明な謎にぶちあたったら、それに名前を付けて、とりあえずの意味を持たせた。そうすることで他の人間と問題を共有してきた……」

 ヴィヴィアンは話を合わせて、こめかみに指をあて、記憶を探る仕草をした。


「うーん、問題の対象には、適切な名前が必要で……、不適切な名前をつけちゃうと問題の本質が歪んじゃう、って話だっけ?」

「うん。名前の意義は、人と人との間で世代を超えた認識と集合知を構築できることだ。名前を後世に残すことで、人類は幾多の問題を乗り越えてきた――」


 聞けば何を当たり前のことを。と思われる話だが、太古の人々は"命名"すら格調高い儀式にするほどに重要視してきたという。

 おおむねそのような講釈だったはずだ。



「それがどうしたってのよ」

「オレが今、直面しているこの問題……不思議な夢。この謎の現象に、名前をつけるとしたら――」

「ティノ病」

 病名いただきました。

「ありがとう。やかましいわ!」

「完璧なノリツッコミ……! レベル上げたわね、ティノ」


「つーかだな、オレはお前と問題意識を共有しようとだな」

「あんたのそれは謎でもなんでもなくて、ただのビョーキなの!」

「おめーさっき魔力だって言ったじゃん」

「いいから、さっさとアイシャさんやお医者センセに相談するのよっ?」

「こんな恥ずかしいこと、お前以外に言えるか!」

 ヴィヴィアンはちょっと驚いたように目を丸くした。


「あんた、まだ誰にも話してなかったの?」

「うるせえ。……いや、カイトと師匠にはもう話してたが……」

「相談相手はそれだけ? 友達いないのねぇ。コミュ障ね」

「いや、友達いないコミュ障はお前だろ」

「ぶれいもの! ティノごときがくぬぅ……! 無礼者!」


 ヴィヴィアンはティノの頬を力一杯つねってブニーッと引っ張った。

 ところがティノはというと、天井を見つめて、すでに別のことに思考がうつっていた。不意にティノはゆらりと立ち上がる。


「ちょ、ちょっと! どこ行くの?」

「図書館。自分の問題は自分で解決する」

「なぁんですって?」


 部屋を出て行くティノにヴィヴィアンもしっかりとついてきた。

「なんでお前もついてくんだよ」

「どーもあんたは放っとけないの。"問題の共有"でしょ? もっとあたしにバンバン頼っていいのよ!」


 お節介なヴィヴィアンに世話焼きお姉さん面されるのはいつものことだ。

 そしてこういうときの彼女は、決まって役立たずであることもティノは知っていた。


読んで頂きましてありがとうございます。

よろしければブックマーク・評価いただけるとありがたいです。励みになります。


それではどうぞ物語にお付き合いくださいませ。


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