聖双の魔導士
―奥アゼル地方 聖地 キャンプ―
世界を喰らう者と呼ばれた強大なドラゴンを討伐した史上最強の魔導士。
《聖双の魔導士》と呼ばれた双子の姉妹はその後どうなったのだろうか。
ネロ爺さんを囲んだティノたちの昔話は続く。
ウーン、とネロは本の文章を指でなぞった。
「竜が倒されたあとその魂は鎮められ、聖双の魔導士とともに封印された、と本には書かれとる」
「封印? 竜の魂と一緒に?」
ティノは例の夢の映像を思い起こした。あの姉妹が水晶の塊で氷漬けになっているイメージは、やはり封印された証なのか。
「どうして聖双の魔導士も一緒に封印されちゃったの?」
「普通に考えたら、竜だけ封印すればいいじゃんよね」
「竜の魂は、竜魂石に封じたのではなかったのか?」
カイトとヴィヴィアンとロゼッタが次々と疑問を投げかける。
「ウン。竜魂石のことは文章で残っとるが、竜の魂を慰めるために二人は人身御供になった、とも記されとる」
「ヒトミゴクウってなに?」
「生け贄のことよォ」
「ええっ!?」
「マジで! なんで!?」
「大昔から神を祀る儀式ではよくあるこっちゃ。竜は神の存在に等しいからなァ。しかも討伐してしもうたら、その魂は荒れ狂うじゃろ。神の怒りを鎮めるために乙女を生贄に差し出すのは、いろんな地域にあった習いよ。それも竜の魂に釣り合う最適な者として、この双子の姉妹が選ばれたちゅうことかな」
「姉妹ちゃん、かわいそう〜」
「せっかく竜を倒したのに、聖双の魔導士は自分たちも生贄にされて死んじゃったっていうの!?」
「ウン……、そういうことかのォ。しかしだな――」
ネロは大樹の描かれたページを指差した。
「この姉妹の絵を見てみィ。全身が氷漬けみたいになっとる。こういうのは、古くから《停滞の魔術》といわれとる」
「停滞ってナニ?」
「封印の法のひとつよォ。時空を歪めて内側と外側との影響を一切断ち切る、どえらい高度な技よ」
「なるほど……」
ティノとロゼッタはネロの博識ぶりに驚かされる。
「ぼんずが見た夢の世界も、こんな感じだったんじゃろ?」
「うん、この絵のとおりだ。水晶みたいな塊の中に女の子が閉じ込められてるんだ」
「その水晶の中身は、永遠に刻が止まっておるのかもしれん。停滞とはそういう術よ」
ということは、と皆は顔を見合わせた。
「ちょっ……、刻が止まってるってマジなの? 七百年前のままの状態で?」
「それじゃあもしかして、この二人は氷の中で生き続けてるかもしれないの?」
ティノはにわかに笑顔になった。
「ああ、二人はきっと生きてる。だから会ってこの目で確かめたい。オレが呼ばれた理由を知りたい。そのために来たんだ」
自信みなぎるティノに、ネロは「ほぅ」というような細い目をした。
「呼ばれた、か。フフフ……、その通りかもしれんのう」
「おじいさん、この封印された場所ってのは、聖地のどこかにあるんだよね?」
「そうやな。半分は当たっとる」
「半分?」
「ここであって、ここではない、そういう場所よ」
「……?」
あっ、とロゼッタが気づいた。
「この世ではない世界。つまり異世界か」
「いやいや、あの世ってことじゃない……?」
ビビりのヴィヴィアンはぷるぷるしている。
最初にネロ爺さんは、「聖地は魔境でもある」と言っていた。
魔境とは、魔獣が跋扈する危険地帯のことをいうが、もうひとつの意味がある。
この世界のどこかには、《境界》と呼ばれる異次元への裂け目が存在しており、別世界へとつながる曖昧な空間地帯のことを指して《魔境》とも呼ぶのだ。
「そうよォ。この世と重ね合わせの向こう側の世界に、あの子らは封印されとる」
「じゃあ、竜魂石もきっとそこなんだね!」
ティノとロゼッタはネロにすがりついた。
「じいさん、どうやったらそこに行ける? アッチの世界への生き方!」
「ネロさん!」
「えーい、そうくると思ったわぃ。だが、その方法は分からんわい」
「ええー! ここまで期待させといてぇ!?」
「向こう側の世界へ行くにはな、《境界》という次元の裂け目を通らねばならん。これは知っとるな? しかし境界とはいわば水中にできた泡沫のようなものよ。現れては消え、浮いては沈み、絶えず揺らぎがある。それはそれは不安定な扉なんよ。境界が出来る場所は実際のところ誰にも分からん」
「……」
ネロはうなだれるティノの肩に手をおいた。
「ま、ぼんず。もしお前が言うように、本当に呼ばれとるんなら……、お前が"本物"なのだとしたら。きっと扉の前に導かれる。あの子らの元へ辿り着けるだろうよ。ワシが言えるんはそれだけよォ」
ネロは立ち上がってウンと伸びをした。
「さ、おめーら今日はもう寝れ。明日早いうちに起きて学院に帰ェれや。怒られんうちにな」
ネロ爺さんは「これ使えや」と数枚の毛布を置いて、岩窟に降りていった。
「ティノ、今日はもう寝よう。明日朝から探索しようよ」
「……そうだな」
いつの間にかルーシィは地べたに突っ伏してカーカーと寝息をたてていた。
猫と一緒にシェルターに運び込み、貸してもらった毛布をかぶせる。
「あたしも寝るぅ。おやすみぃ」
「みんな、おやすみ」
「うん、おやすみ」
ヴィヴィアンとロゼッタも毛布にくるまって寝床についた。
アゼルの書を開く。向こう側の世界のイメージがくっきりと描かれている。
絵が描けるということは、つまり異世界に行ってその目で見てきたわけだ。
この本を書いたアゼル本人は、異世界へと行き来できたのだろうか。
つかれた。これ以上は頭がまわらない。今日はもう疲労困憊だ。
「……寝るか」
ふと横を見るとカイトもすやすやと寝入っている。
炉に薪を加えて、天幕の下にごろんと寝っころがった。首を横に向けると夜空が見える。
昼間はあんなに霧がたちこめていたのに、夜は嘘のようにすっきり晴れて、星が煌々と輝いている。月がまばゆい。明日はきっと満月だろう。
きっとまたあの夢を見るんだろうな。
ティノは目を閉じた。




