昔語り
―奥アゼル地方 聖地 キャンプ―
ティノたちの前に突然現れた大荷物の老人は、聖地の遺跡守をしているネロだと名乗った。
彼は遺跡のひとつと思われる岩窟の中を住居にしており、スプリーはその中で住まわせてもらっていたようだ。
この老人なら聖地の事情に詳しいはずである。ティノがそれとなく質問を投げかけてみようとしたところ、ロゼッタがしょっぱなから核心にせまった。
「ネロさん、竜魂石がどこにあるか知りませんか」
ロゼッタは直球で質問を投げかけた。
ネロは持ってきたビスケットをみんなに振る舞い、ひとつを口の中に放りこんだ。
「お嬢ちゃん、竜魂石がどういうもんだか知ってて言ってんのォ?」
ロゼッタはうなずく。
「竜の魂を封じ込めた石で、それを持つと竜のごとく大きな力が手に入る、って話だったよな」
「どうしてロゼッタはそんな力が欲しいの?」
隣のヴィヴィアンがビスケットをサクサクほおばりながら訊ねる。
「ボクの一族はずっと伝説を探し求めているんだ」
「一族ねぇ。ひょっとしてお嬢ちゃんのお家は、名のある家柄なのかぇ?」
「ボクの名前は、ロゼッタ・ルインゼス・ヴァルトレキア。ここからずっと西方の地の、ルインゼス家の者だ」
「ほンォ〜、かのヴァルトレキア伯の? なるほどォ」
ネロはロゼッタの眼をまっすぐに見る。
「どうりでのォ」
ロゼッタはあわてて目を伏せた。柔和なネロの視線がロゼッタは苦手のようだ。
「伯って、伯爵家? ロゼッタ、やっぱりお姫さまなんだ……」
ヴィヴィアンが驚きと憧れの目でロゼッタを見つめる。
「そ、そんなんじゃない。ボクはただの……使いっ走りだ」
向かいに座るカイトの目には、ロゼッタが不思議と寂しそうな顔をしたように見えた。
「おめーら、このへんの地理は習ったか? 北壁って知っとるよな?」
「北壁? アゼルのすぐ北にあるデカい山脈のことでしょ?」
「おうよォ。この国の北の一辺を、東の端から西の端まで、ずどーんと貫いとる。絶壁のような山脈よォ」
ネロは枝をつかんで地面にガリガリと地図を描く。
四角形を描いて国土にたとえ、その天辺を北壁の山脈だと示した。
グラスに酒を継ぎ足して、くいっとあおった。
「アゼル地方はな、ここ。右上の隅っこじゃ」
四角形の右上に丸を描いた。
「ココから北壁に沿って、ズーっと西に進む」
今度は四角形の左上に丸を描いた。
「左上の隅っこの国境までくると、お嬢ちゃんの故郷、ヴァルトレキアよ」
ものすごく単純化した図なので実際にはこのような移動はできないが、地理的な位置関係はざっとこのようなものである。
「へぇ〜、ロゼッタって遠いところから来たんだね」
ロゼッタは黙ってうつむいたままだ。
「ヴァルトレキアの地はな、この国の北西の要よォ」
「かなめ?」
「ウン。北西の地のすぐ外にはな、大魔境っちゅうどえらいところがあるんだわ」
「だ、大魔境……」
大魔境とは、その名の通り無茶苦茶デカい《魔境》のことである。
噂では一国の国土よりも広大で、とても危険な未開の地だとされている。
「この嬢ちゃん家はな、大魔境から押し寄せてくる魔獣の脅威からこの国を守ってくれとるんよ」
「ロゼッタん家が?」
ロゼッタはこくりと頷き、故郷の事情を少し話してくれた。
聞けばロゼッタには年の離れた兄がおり、父親とともに故郷の城砦を拠点とした防衛の職務についているそうだ。
「魔獣の群れは年々脅威を増してきている。ボクは少しでも故郷の父上と兄上を助けたいんだ」
「だから、竜の力が欲しかったのね」
「強い魔導士を目指してるもんね〜。ロゼっちゃんエラい!」
ロゼッタはうなずいた。
「魂石が禁じられた技術だってのは知ってた。でも父上と兄上の助けになるのなら、竜魂石の手掛かりだけでもと思って……」
ロゼッタや彼女の姉がアゼル魔導学院に入校して魔導士としての修行を積んでいるのも、そういう事情からきているようだ。
家族についていまいちピンとこないカイトも、幼馴染のティノとヴィヴィアンを思う気持ちと考えればロゼッタに共感できるのだった。
同情したカイトが代わって願い出た。
「ネロさん、竜魂石の在りかについて教えてくれませんか? 遺跡守としてのお仕事は承知してます。なにかヒントだけでも――」
「今までにもなァ」
ネロは指を振って言う。
「竜魂石を求めてやってきた奴ぁ、たーくさんおった。おめーらが初めてではないわけよ。ほいじゃがそれを手に入れようと、成しとげた奴ぁだれひとりおらん。なんでだかわかるか?」
わからない。カイトとロゼッタは首を振った。
「答えは簡単。竜魂石はな、この世のモンじゃねえからよォ」
「ええ?」
「そもそも竜ってのはな、善だろうが悪だろうが関係なく、天の御使い。竜神さまなわけよ。その魂を捕らえようってなら、この世のモンじゃムリって話なんよォ」
「つまり、竜魂石はこの世界には存在しないってこと?」
「そおじゃのォ」
ネロはうなずいた。
「そんなぁ……」
ロゼッタは意気消沈してぺたんと地面に尻をついた。そんな彼女をルーシィとスプリーがモゾモゾと励ましている。
ティノはやりとりを黙って聞いていたが、おそらくネロがまだ何か隠しているとみていた。
この世のモノではないという理由で手に入らないのであれば、そもそも「竜魂石」という言葉自体が生まれ得ないと思うのだ。
ネロ爺さんの言っていることが正しいとしても、竜魂石を手に入れるための手段がまだ何か隠されているのではないか。ティノはそう考えていた。
「ぼんずたちも、このお嬢ちゃんと同じ目的で来たのかい?」
「オレ? オレは違うよ。実を言うと、ここにいる連中はオレのしょうもないワガママに付き合ってもらってるんだ」
「しょうもないワガママとな? そりゃ一体なんぞ?」
「オレは自分が見た夢の続き……、答えを知りたいんだ」
「夢、となァ?」
面妖なことを言う。ネロ爺さんは眉毛を傾げた。
ティノは自分が見た夢のこと、そこから竜の伝説にたどり着き、とぼしい手掛かりと直感でここまでやってきたことを話した。
かばんからアゼルの書を取り出して、ネロに見せた。
「これを見つけたおかげで、答えが聖地にあるとわかった。これも全部スプリーのおかげだけどね」
「こりゃまた……! ぼんず、これァ〜、アゼルの書か?」
「みたいだね。ネロさんもこの本について知ってるの?」
ティノは例の大樹が描かれた頁を見せた。そこには彼が夢で見たという双子の少女が描かれている。
「聖双の……。ああ、そうか。なるほどそうかぁ。ぼんず、そういうことかぁ」
ネロはごつごつした両手で顔を覆った。
「おじいさん?」
「いや、すまん。これはな、アゼルの書いた本だァ。今から七百年くらい前の出来事が書かれてる」
「七百年前……だと」
あまりの大昔のことにティノは一瞬、気が遠のいた。
今さらだが考えてもみればその通りだ。アゼル魔導学院は七百年の歴史がある。創立者のアゼルが書いた本なのだから、それだけ過去の話なのは当たり前だ。
「く、詳しくわかる? オレ夢で見た場所が、ここ聖地ってことしか見当ついてないんだ」
ティノはネロ爺さんに本を押し付けて解読をお願いした。
「え〜っと、ちょっと待て。なんだったかのォ、最後に読んだのは随分昔だァ。ウ〜ン、眼鏡メガネェ」
ネロは懐のポケットから眼鏡を取り出して、ランタンの灯を手元に置いた。
ヴィヴィアンやロゼッタもそばに集まってきた。
「ええ〜っと、どれどれェ……」
ティノはこれまでのネロの話ぶりから、彼が相当な見識を持っているとみていた。
遺跡守をしているだけあって、このあたりの地理と遺物に関する豊富な知識も持ち合わせていそうだ。彼に聞けばきっとすべての謎が解けるような気がする。そしてその予感は的中することになる。
「ぼんず、お前が気にしているこの二人の女性はな、《聖双の魔導士》と呼ばれる、英雄なんだわ」
「なにそれ……」
ヴィヴィアンがぽかんと口を開ける。
「アゼル魔導学院ができるより前の、ずっと昔の時代よ。このあたりはミシリアという名の王国でな。九人の騎士と魔導士たちが治める国じゃった」
老人はぽつぽつと語り出した。
「ここらへんにはな、もっともっと大昔の、古代文明レヴィテから受け継いできた聖なる火を祀る《ミスラの聖殿》ちゅうのがあった。ミスラの魔導士は聖なる火の護り手でな、全員が乙女っちゅう決まりだった。そんだもんでミスラ聖殿の魔導士のことを、《聖殿の乙女》と呼んどった」
ティノも含めて皆が昔話に聞き入っていた。
「この双子の少女や、師アゼルも、かつてはミスラ聖殿に仕える、聖殿の乙女だったんよ」
「聖なる火を護る魔導士?」
ネロはうなずく。
「九人の騎士っちゅうのは、聖殿の乙女の身辺警護役でな。九人の中のリーダーは君主になって、表向きの王様をしとった」
「表向き?」
「ミシリアは古代魔術文明の伝統を色濃く継いどってな。実際のところの権威はミスラ聖殿の方にあったんよ」
「オホッ、ムホッ、なぁんてステキな世界なのかしら!」
ヴィヴィアンは乙女魔導士とイケメン騎士という組み合わせから勝手なロマンスを妄想して一人興奮した。
「ところが王朝の末期頃にな、西の方から強大な竜が攻めてきた。そりゃもう世界を滅ぼす勢いでな」
ネロは本の挿絵を指して言う。黒い竜が都市を焼き滅ぼす場面だ。
「アゼルの竜の伝説よ。ぼんず、知っとるか?」
「おとぎ話くらいなら。世界を喰らう者の物語だっけ?」
「ウン。この竜のせいでミシリアは結果的に崩壊に向かうんだが、なんとか竜は倒すことができた。このドラゴンを退治した最後の聖殿の乙女ってのが、この二人の少女なんよ」
なるほど。このあたりは物語の内容から予想はついていた。
夢の中の双子の少女は、アゼルの弟子で、竜を退治した魔導士だったのだ。
「……名前は? 二人の名前はわかるの?」
「んん、名前か。名前はな……」
ネロは紙面の古文字に指を当ててなぞってゆく。
「姉のソルフィス、妹のシャナトリア」
「ソルフィス、シャナトリア……」
ティノはその響きを頭の中に刻み込んだ。
「竜を退治したあまりの強さに、この二人はのちに《聖双の魔導士》と呼ばれるようになった。これが史上最年少にして、世界最強の魔導士サマよォ」
「聖双の魔導士……」
ティノも思わず身が震えた。
世界最強という言葉が頭の中をリフレインしている。なんとカッコイイ響きであろうか。
「ソルフィスとシャナトリアの姉妹」
夢の中の彼女たちに一歩近づけた気がした。




