焚火
―奥アゼル地方 聖地 キャンプ―
ティノたちの前に、暗闇から突然ぬっと現れた大荷物のおじいさん。
謎のおじいさんは本当に荷物の山が歩いているような感じで、同じく大荷物のカイトを上回るほどのインパクトだった。
ランタンやらピッケルやらをザックにぶら下げ、おじいさんが足を踏み出すたびにガチャガチャと騒がしく音を立てた。
「おじいさん、だれ?」
ティノが身構えて、警戒気味に声をかけた。
「おめーらこそ、な〜にもんぞ〜?」
おじいさんが焚き火の前にやってくると、スプリーが出迎えるように近寄っていく。
「んんんん〜、ネコォ、おめーが連れてきたのかぁ?」
おじいさんのごっつい手がスプリーをなでる。
にゃーん。
「スプリーさん、おかえり〜だって」
ルーシィ翻訳機能が起動した。
おかえり? ということは?
闇の中に溶け込むような浅黒い肌をした老人は、ティノとさほど変わらない背丈でずんぐりゴツゴツした体躯。まるで物語に登場するドワーフのような風貌だ。
「おめーら学院からきたガキんちょか? ってぇ、そのナリ見りゃ〜わかるわな」
老人が五人を見渡して言った。
「もしかしてお爺さん、ここに住んでるの?」
「そだよォ」
奇妙な老人である。こんな何もない原野のどこに住んでいるのだろう。星空の下で野営して暮らしているのだろうか。
魔獣が出そうな雰囲気の荒野のど真ん中で一人で野営するのは危険極まりないはずだ。もっともそれはティノたちにも言えることだが。
スプリーの懐き具合からして、危険な人物ではなさそうに見える。
「おめーらこんなとこで、あンれまァ、火ィなんて起こしちゃってぇー」
「ごめんなさい。おじいさんのおうち、荒しちゃった」
カイトがぺこりと頭を下げた。
「べつにそんくらい構ンけんどもォ。いーろいろと呼び込んじゃうからさァ」
「いろいろ?」
「呼び込む?」
「エッ、怖い」
ヴィヴィアンがビクリと固まる。
おじいさんは「ぶははは」と笑った。
「怖いて。こんなとこまでやって来といて怖いて。今さら何言っとんのォー。ああ、火は消さんでええよォ。そのままでかまんかまん」
やはり奇妙な老人だが、ここに住んでいると主張している以上、奇妙な来訪者なのはティノたちの方だろう。
ロゼッタは露骨に身構えていたので、ティノは警戒を解くよう身振りで示した。
不意に、謎のおじいさんは巨石の中へと吸い込まれていった。
「エッ!?」
驚いて五人がその場所を探ると、岩の裂け目に下へと降りる階段が見つかった。
「おお? あっれぇ、こんな階段あったっけ?」
「ないない、見てない」
「この下、洞窟になってんのか……?」
おじいさんは大荷物を下に置いて、すぐに上がってきた。
「幻術だよォ。いつもは見えなくしてんの」
「まァ、座れや。せっかくこんなとこまで来たんじゃ」
焚き火を囲んで皆を座らせ、おじいさんは下から何やらいろいろと持ってきてくれた。
「おめーら、酒は……あかんで。これはワシのでな」
「これ、お茶な。飲め飲め。水がええか」
「飯はちゃんと食ったんか?」
最初の見た目は怖かったが、人当たりの良い親切で気さくな老人だった。
「おじいさん、いろいろとありがとうございます。自己紹介がまだだったけど……」
「ウン、アゼルの生徒さんな。よしよし」
ティノたちは順番に挨拶し、御山入りの儀式を抜け出して来たことを伝えた。
「へンぇー、ちゅうことは……おめーら今、十二か? へンぇー、どうりでチビっこいと思ったァ。達者な足しとるなァ」
「おじいさんは、ひょっとして学院の関係者なの?」
「そうよォ。わし、ここで遺跡守をやっとる。ネロっちゅうもんよ」
「ネロさん〜、よろしくおえがいしやす〜」
ルーシィがぺこりと頭をさげる。みんなも頭をさげた。
「はいどーも、ご丁寧に。みんな良い顔しとるなー」
ネロは一人一人の顔をみて、柔和な笑顔をみせた。最後にロゼッタを見て、
「ウン、いろんな子おるなァ」
と言ってニコリと笑った。ロゼッタはあわてて目を伏せた。
ティノはこのあたりの地理に詳しそうな老人に、いろいろと質問してみることにした。
「おじいさん、ここでスプリーと暮らしてるの?」
「ウン。この猫は勝手に住み着いとるだけやがな」
「ね、ねえ。おじいさん、さっきの言葉ちょっと引っかかってるんだけど。やっぱり、ここって怖いところなの?」
「ウン、出るよォ」
「出るって何が……」
「人に取り憑いてねェ、中から喰っちまう《悪霊》がいンのよ」
「ぎゃーっ、コワイ!」
ヴィヴィアンは隣のロゼッタに抱きついて揺すって泣いた。
ロゼッタは困っている。
「マジっすか」
「マジっすよォ。だから怖いのよ」
ニターッと不気味に笑うネロ爺さん。
「このあたりはな、聖地って呼ばれてるけんどもな、《魔境》でもあるんよ」
「魔境? ということは……」
ネロはずいっと顔を近づけて、急にささやき声になった。
「半分アッチの世界とつながっとるの」
「んにゃーっ!」
ヴィヴィアンはロゼッタを抱き枕にしたまま、ルーシィの膝元にダイブした。
ロゼッタは困っている。
「あたし怖い話ダメなの! ダメダメなの!」
「ビビちゃ、かわい〜」
「ヴィヴィアン、ハナセ」
アッチの世界とは、あの世のことか。地獄のことだろうか。
「半分アッチの世界……だから悪霊がでるの?」
ネロ爺さんは「そうよォ」とうなずく。
「悪霊はな、心の弱いやつに取り憑いてワルさするんよ。だから大人になるまで心を鍛えて、強ォい魔導士になってからここに来るの。未熟な修練生はここに来ちゃいけんのよ。わかった?」
「ごめんなさい……」
優しく怒られているのだと自覚したティノとカイトは謝った。
「まァ、おめーらならきっと大丈夫よ。心配せんでええ、いい子にしてれば大丈夫だァ」
「ボ、ボクはいい子にしてるぞ!」
「ルーシィも〜」
「あたしもいい子よ!」
「ホントかぁ?」
自分で良い子宣言してしまう三人が可笑しくてティノとカイトは吹いてしまった。
「ワハハ。おめーらなら、きっと大丈夫だァ」
「おめーらみたいにな、たまーに聖地に潜り込んでくる生徒がね、おるのよ」
「あ、やっぱり。オレたちだけじゃないんだね」
「ウン。そんで結局、なァんも無いことを知ってガッカリしたり、怖くなって帰っていくンだわ」
「何もない……ネロさん、聖地には何もないの?」
「そらァ、こんな大昔の石っころが転がってるだけだァな」
石っころと聞いてヴィヴィアンは耳を疑った。
見てきた限りでは、まだ原型をとどめた立派な石造りの遺跡がいたるところにあったからだ。
「おじいさん、見てきた感じだと遺跡の保存状態は良さそうなんだけど、そういうとこには大昔のお宝が眠ってるんじゃあないの?」
詰問するヴィヴィアンにロゼッタも同調した。
「石っころだけの遺跡だって、調査をすれば何か分かることだってあるんじゃないか?」
「二人とも、ネロさんは遺跡を守りたいんだよ。遺跡の保存状態が良いのはこの人のおかげなんだし、お宝のことを知ってたとしても言わないよ」
「ぼんずは頭いいなァ」
ネロ爺さんは笑ってカイトの頭をなでた。が、すぐに本題に迫ってきた。
「ンでもおめーら、こんなトコへなぁーにしにきたの?」
「この聖地のどこかに秘密が隠されているハズなんだ」
「秘密ゥ?」
ロゼッタは抱きつくヴィヴィアンを振りほどいて立ち上がった。
「竜魂石だ。ボクはそれを探しに来た。きっとどこかに……、この聖地のどこかにあるハズなんだ。竜魂石が!」
「ほっほォ? 竜魂石とな。こりゃぁまた、懐かしい言葉よォ。その言葉を頼りにココまで来たちゅうことは、当然アゼルの竜の伝説を知っとるわけやな?」
ティノたちはうなずく。
老人は顎をさすって一同を眺め、楽しそうにニンマリとした。
「猫ォ、おめェ、どえれェガキんちょども連れてきおったなァ」




