待ち人、怒る
―アゼル魔導学院 聖山登山道入口―
黄昏時になったが、ティノたちは一向に帰ってくる気配をみせない。
アイシャは相変わらず登山道入口付近で待ち続けていたがそろそろシビれが切れそうだった。というか最後に戻ってきたのがフザけた花柄のピチピチスーツを着たマッチョ二人組だったのでキレた。
修練生名簿によれば、この二人はライゴとタイゴという兄弟であった。
アイシャは二人を半ば八つ当たり気味に問いただした。
「えっ? まだ帰ってないんですか?」
「てっきり先に下山したものかと思ってました……」
フザけた被り物を着用しているくせに、中の人は意外と礼儀正しかった。
アイシャは最後の状況を聞いた。ティノたちは五人組で行動していたらしい。
彼らが不良グループを撃破し、そのおかげで滞っていた修練生たちが動けるようになったという事実を知った。
なんとまあ。やはりトラブルに巻き込まれていたのだ。だが教え子たちが悪漢どもをブッ飛ばした話なら悪い気はしない。
「で、そのあとは?」
「そのあとすぐに別れたので、その後の彼らは分かりません」
「俺たちは縛り上げた不良たちをずっとナユラの山頂で監視していましたから……、そのあと管理官の方に引き渡してから下山しました」
「それっていつ頃の話だ?」
そこまで情報を聞き出してからアイシャは二人を解放した。
不良グループを捕縛するために管理官の集団が山に向かったのは知っていたが、二人に聞いた話からすると到着の時期が早いように思えた。
しかしそいつらのことはどうでもいい。今はティノたちが無事に下山してくることが大事だ。
もうしばらく待つか、と考えがよぎったものの、もうこの時点でアイシャは嫌な予感しかしない。というのも以前からティノは聖地に関してやけに気するそぶりを見せていたからだ。
秘密を隠しているようで隠しきれないティノの性格を昔からよく知っているアイシャは「絶対に絶対に絶対に行くな」と念押しした。そのつもりなのだが、
(あのやろ〜やっぱり行きやがったな――)
と、アイシャの心の中は怒り半分、もう半分は諦めの気持ちになっていた。
アイシャは執行委員会のデスクへ向かった。
修練生名簿を開き、ティノのグループとされる五人の名前を確認する。
ルーシィという子はヴィヴィアンのルームメイトらしいが、彼女については把握していなかった。
もう一人、ロゼッタという子とのつながりも不明だった。聞けばクラスの級長らしいが、ティノたちの性格からして接点があるようには思えなかった。
いずれ執行委員会から捜索隊が出るだろうが、その決定を待たずにアイシャは独断でティノたちを探しに行くつもりでいた。
「アイシャ様……。お待ちください、アイシャ様」
「ん?」
アイシャがその場を離れようとしたとき、何者かの声に呼び止められた。
名前を呼ばれたアイシャが振り返ると、そこには見目麗しい二人の女子修練生が立っていた。
「君たちは?」
「わたくし、中等部八階生のアリステリアと申します」
「同じく、中等部八階生のルミナです」
ひとりの娘は美しい長髪を上品にカールさせ、穏やかな雰囲気だが堂々とした佇まいを見せている。
もうひとりの娘は顔を伏せて気配を殺しているが隙のない雰囲気だ。手前の娘にぴったりと影のように寄り添っている。
八階生というと、ティノより二つ上の学年だ。面識について心当たりがないが、どこかで見たことのある顔だった。
(メガネ……)
二人ともこのあたりでは珍しい眼鏡をかけている。
眼鏡は高価なので誰でもおいそれと手に入るものではないのだ。しかも特注品らしくそれぞれのデザインが違う。これには見覚えがあった。
たしかこの二人は、修練生自治委員会に所属している修練生だ。
(ということは、古巣の後輩か)
この顔、朝もこの会場で見かけたような気がする。どういう目的で話しかけてきたのかは察しがついた。
「君たちも人待ちか?」
はい。と二人はうなずく。
「ロゼッタという者ですが、まだ下山しておりませんの。聞けばアイシャ様の教え子のティノさんと行動を共にしているとの話を耳にしまして……」
アリステリアと名乗った娘は今にも泣きそうな顔になっている。
「ロゼッタさんは、君たちのご友人なのか?」
「家族ですわ。わたくしどもの弟ですわ」
「弟さんね……」
「アイシャ様、何か情報をお持ちではありませんでしょうか」
二人はすがりつくように問いかける。しかしこちらも情報は持ち合わせていないのだ。
「その様子だと直近の情報は聞いているようだな。彼らはナユラの山頂で不良グループとトラブルがあったそうだが、その後の消息が不明だ。残念だがあたしもこれ以上のことは知らない」
アリステリアの顔が曇った。
「そうですか」と暗いため息をつく。
かける言葉がない。アイシャも待つしかない身の上だ。
「あの子、お腹すかせてないかしら。怪我してないといいのだけど……」
「頼れるお友達と一緒にいるのです。きっと大丈夫ですよ。信じましょう、アリス」
家族か。さぞかし心配だろうな、とアイシャは思う。
ところで、ロゼッタと家族だといったが、この二人の顔立ちはあまり似ていない。肌の色も違う。どういう家族関係なのだろう。
「このまま戻らないのなら、じきに捜索隊も組織されるだろう。そうなったら、あとは信じて待つしかないな」
「何もできず、ただこうして待っているのが口惜しいですわ……」
ハンカチを手にしたルミナがアリステリアの涙で濡れた目元をやさしく拭った。
「そうだな。お互いに」
元気付けるつもりで絞り出せる言葉はこれが精一杯だ。
しかし、ティノたちが聖地に向かったのだとすれば、捜索隊もとんだ見当はずれで空振りに終わってしまうだろう。ティノの身勝手のせいでロゼッタを巻き込んだとしたのなら、アイシャも指導者として責任を感じてしまう。
見たところ、お二人ともたいへん育ちの良いお嬢様のようだ。貴族のご令嬢といったところだろうか。そんな高貴な家柄の者をたぶらかして連れ歩くとはティノの奴も罪深いことだ。
(あのアホタレめ……、帰ってきたらシメんとな――)
やはり自分が探しに行かねばならない。
だが、その前にアイシャには寄るべきところがあった。




