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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第二幕 聖地
25/78

満天の星空の下で

―奥アゼル地方 聖地―



 みんなが集めてきた焚き木に火が灯った。

 五人は思い思いに炉の前に腰を下ろし、くつろぎのひとときを満喫していた。


 スプリーはルーシィの膝上に寝そべり、ごろごろと喉を鳴らしている。

 ティノは獲物の下処理、カイト料理長(シェフ)は夕食の準備で大忙しだ。

 ヴィヴィアンはカイトの持ってきた調理道具でお茶を淹れ、皆に振る舞った。

 カイトが設置したシェルターには枝葉のベッドが敷き詰められ、ロゼッタが楽しそうに寝転がっていた。



 手慣れた様子で作業を進めていたティノがぽつりとつぶやいた。

「みんなすっかりリラックスしちゃってるみたいだけどさ、やっぱりこの場所は何かいるぜ。気を抜くなよ」

「ルーシィも〜、さっき〜森の中で叫びごえ聞こえちゃったです。こわい〜」

「ボクも聞いた。あれは魔獣だったのかな?」

「ありえるかもな。用心だけはしとこうぜ。にしても気味のわりぃ声だったな」

「……」

「……」

 ヴィヴィアンは遠い目をして、その話題には一切触れなかった。

 カイトも先ほどヴィヴィアンの尊厳に関わる諸事情に触れてきたばかりだ。この件に関してはノーコメントを(つらぬ)いた。



 カイトは豆やニンジンの種とタネイモを地面に埋め、水をまいて手でおさえた。意識を集中して念を込める。少し経つと植物の芽が飛び出した。

「わぁ……!」

 ロゼッタとルーシィが目を丸くした。

 植物がぐんぐんと成長して花を咲かせると、カイトは慣れた手つきで受粉作業をこなす。やがて実がつくと二人から歓声が上がった。


「これは……、すごい術だな」

「カイちゃん、スッゴ〜イ!」

「すごいワザでしょ。カイトお婿さんにしたら、一生食いっぱぐれないわよ」

「いつもながら見事だな、カイト」

 みんなからベタぼめである。

「えっ……いやぁ、へへへ。小粒ばっかりだけどね、なかなかいいでしょ」

 身内以外には自分の術をあまり見せたことがないし、褒められたこともなかったカイトはテレテレになった。


 カイトはすぐさま野菜を収穫し、今度は料理人になる。

 不良を殴るのに使ったフライパンが本来の役目を果たすときがきたのだ。

 香辛料とハーブ、塩を調合してできたスパイスを作り、ティノが捌いて形を整えた鳥肉にスパイスをすりこんだ。 

 炉に置いたフライパンにオイルを浸し、香草・野菜と一緒に鳥肉をブチこんだ。ジューッと油がはね、あたりに香ばしい匂いがたちこめる。


「オゴ%&#ッ*シュ!」

 興奮のあまりルーシィはヨダレとともに呪文のような呻き声をあげた。

 ロゼッタも料理の様子が珍しいのか、すごく楽しそうに見入っている。


 油で焼かれたアツアツの鳥肉がプレートの上に陸揚げされ、茹でた野菜やイモが添えられた。さらにあらかじめ仕込まれていた香草入りパンも焼きあがった。どれもカイトシェフの力作だ。


「できました!」


 ティノが枝を削り出して作ったフォークを片手に、審査員たちが集まった。


「さあ、食べて食べて!」

「ぎゃーっ! あたしもう、お腹ペコペコ〜!」

「お〜↑い〜↑し〜↑い〜↑!」

 みんな夢中で板の上の肉を突つき、パクついた。

 熱くてピリッとした刺激とジューシーな舌触りが疲れた体に効く。染みわたってゆくようだ。

「はい、これもう文句無しの優勝でしょう。オレたちの優勝! 優勝で〜す!」

 厳正なる審査によりティノが早々に勝利宣言をした。


「……」

 みんなが夢中でパクつく中、ロゼッタだけ食が進んでいない。

「どうしたのロゼッタ、食べないの? 嫌いなものあった?」

「う、ううん」

「ロゼッタ、昼からなにも食べとらんじゃあないか。どんどん食わにゃおっきくならんぞ。ガハハ」

「おじいちゃんかお前は! まぁ無理して食べなくてもいいのよ。こういうワイルドな料理は、お嬢さまのおクチに合わないかもしれないけどね」

「ビビ? 言い方」

 カイトは一言多いヴィヴィアンを叱った。ヴィヴィアンはばつが悪そうに口元をおさえた。


「そ、そういうわけじゃないんだ。ちゃんと食べる……」

 ロゼッタはぽつりぽつりと、お肉を口に運ぶ。どうやらかなりの少食らしい。

「お、おいしいぞ、カイト」

 カイトはにっこりしてうなずき、食後のお茶の準備に取り掛かった。



 聖山の稜線が燃えるような紅から紫色に染まっている。そのずっと上は深いブルーから漆黒のグラデーションで塗りつぶされていた。

 満天の星空だ。


「綺麗だな……。こうして夜空の下で食べるお肉も、葉っぱのベッドも、今日はなにもかもが初めてだ」

 寝転がって夜空を眺めながらロゼッタがつぶやいた。

「ルーシィもはじめてだよ〜」

 隣にやってきたルーシィに、ロゼッタはくすりと笑う。


「ボク、すごく胸がワクワクするんだ。今まで考えもしなかったとても悪いコトをしてるみたいで、まるで山賊にでもなったような気分だ」

「山賊か、そりゃいい。オレたち間違いなく悪いコトしてるもんな」

 ティノとカイトは大笑いした。

 ルーシィの幸せそうな寝顔と腹の上のゴキゲンなスプリーを見て、ロゼッタは気分が安らいだ。


「ねぇ、君たちはルームメイトなんだろう? いつもこんな楽しいコトして過ごしてるのか?」

「いつもってわけじゃないけどな……」

「あたしとルーシィがつるむのも、寮の部屋の中だけよ。こんな外で遊んだりしないし」

「おいビビ、これは遊びではないんぞ。失敬な!」


 少し寂しそうな笑顔を浮かべているロゼッタを見て、カイトは訊いてみた。

「ロゼッタにはルームメイトいないの?」

「ボクはお家から学院に通っているから……」

「あっ、そうなんだ」


 ロゼッタは貴族のお嬢様だから、アゼルの城下町に自宅の屋敷があるのだろう。ということは、あのクソマズい寮飯も食べたことないんだろなぁ。などとティノやカイトは思った。


「君たちが羨ましいな」

「そうかあ?」

「さっき山の上でティノが、ルームメイトはパートナーだって言ってたの思い出してた。それが、いいなぁって」

「オレそんなこと言ってたっけ?」

「言ってた」


 ヴィヴィアンはニヤニヤしながら聞いている。

 クラスの級長を務めるほど真面目で物静かで堅物だったロゼッタだったが、こうしてわだかまりが融けると素直な胸の内を吐露する。今やロゼッタは自分たちとワルい秘密を共有する仲間だ。そんな友達が増えてヴィヴィアンは嬉しくなるのだった。


「ロゼッタも寮に入ればいいじゃない。あんただけのパートナーが、できるかもよ?」

「それをするなら、まず家に帰って姉上の怒りを鎮めてからだな」


 まんざらでもないロゼッタの反応にヴィヴィアンも笑った。



   * * *



 パチパチと音を立てて火の粉が舞い上がり、焚火を囲う面々を紅く照らす。

 日が落ちてあたりはすっかり暗くなっていた。


「なあロゼッタ、山の上での話しの続きだ。そろそろ話してくれないか?」

 おもむろにティノが切り出した。

「お前が俺たちについてきた理由をさ」


 ロゼッタが同行することになった理由とは。

 彼女自身が聖地になにかしらの目的を抱いて来ているのだ。それは一体何なのだろうか。


「……そうだな。約束だった」

 むっくりと起き上がって、ロゼッタは炉端にやってきた。



「お前が聖地に来た理由ってのは何だ? お前ん家にあったアゼルの書の写しと、何か関係があるのか?」

 ロゼッタはうなずく。

「ボクがここへ来た理由は、《竜魂石》を探すためだ」

「リュ……なに?」


竜魂石(りゅうこんせき)。名前のとおり、竜の魂を封じた石のことだ。それを手に入れた者は、竜のごとき強大な力を得られるという」

「魂を……?」


 怪訝(けげん)な顔をするティノにカイトが説明を加えた。

魂石(こんせき)は、魔導鉱石の一種だよ。ただし、その中に封じるのは魔力じゃなくて生き物の魂なんだ」

「ああ、それは知ってる。オレが気になるのは、人や動物の魂を支配するワザは究極の外法(げほう)とされていて、関わることは禁忌とされてるってコトだ」


 ヴィヴィアンがすぐビビり顔になった。

「魂を封じるって響きが怖いのだわ。そんな危なっかしいものが聖地にあるの?」

「どうだろうね。今は禁忌とされてるけど、大昔は今よりずっと緩かったのかもしれないし。だとすれば、あったとしてもおかしくないのかもね」



「それでリュウコンセキ? ってのが、この聖地のどこかにあるっていうのか?」

 ロゼッタは黙ってうなずく。

「あっ、ちょっと待てよ。竜といえば……?」


 ティノはアゼルの書を取り出してページをめくった。

「ここだ。もしかして、竜魂石の"竜"ってのは、こいつのことか?」

 炎を吐く竜が都市の城壁を破壊し火の海にしている挿絵のページだ。

 ロゼッタは「そうだ」とうなずく。


「世界を灼き喰らい尽くす蛇、黒竜、魂喰らい。各地にいろんな名前を残してる、凄まじく強大な力を持った竜だ。そいつの魂が、この地のどこかに封じられているんだそうだ」

「それが、竜魂石に……。つまり、お宝ってワケね」

「お前、真面目なヤツかと思ってたのにそんなヤバいもんが欲しいのかよう」


 若干引いてるティノにロゼッタはあわてて弁明した。

「ほ、本気で欲しいわけじゃない。もとより手に入るとは思ってない。アゼルの書の写しは他にも伝わっているハズだし、竜の伝説はおとぎ話になって伝わっているくらいだ。それならずっと大昔から、多くの人間が竜の力を求めてこの場所にやってきたとしてもおかしくないハズ……」



 竜の伝説のおとぎ話は「世界を喰らう者の物語」としてアゼル地方に広く伝わっている。

 暴れ竜を退治するために王と騎士団は戦いを挑むが歯が立たず、森の魔女に助力を願う。魔女は二人の弟子を遣わし、最後には見事に竜を倒す。そんな話だったはずだ。


 ティノは夢で見た双子の姉妹のことを思い出す。

 この二人の弟子とはつまり――"彼女たち"のことだ。それが竜の伝説とつながっているのだと直感的に理解した。



 なるほどな、とティノは思った。

「そして伝説のお宝はいまだに見つからず、聖地のどこかで眠ってるわけだ」

「うん。ボクは竜魂石が本当に存在するのか、確かめたいんだ」


 とはいえ、ロゼッタも単純にトレジャーハントしたいわけではなかろう。そこには深い理由があるはずだ。なぜ竜魂石を求めるのか。それはつまり《竜の力》を得ようとしていることと同義なのだ。なぜ、竜の力を求めるのだろうか。


「だいたいわかったよ。竜魂石ってのはよく分からんが、オレが見た夢となにかしら関係があるのかもな」

「ボクはそんな気がしている」

「でもさ、なんで竜魂石(そんなもん)が欲しいんだ? 強大な力が得られるって話だけど、お前そんな力が欲しいのか?」

「それは……」

 ロゼッタが口ごもった時だった。



「――! ちょっと待て」

 ティノはロゼッタの言葉を(さえぎ)って静かに腰を上げた。何かの気配を感じたようだ。

「どしたのティノ?」「しっ」

 ティノは息を潜めて耳をそばだてた。


「何か来る」


 ロゼッタとヴィヴィアン、カイトも静かに身構え、ティノが見ている暗闇に注意を払った。

「さっき叫んでた魔獣だと思う?」

「いやそんな魔獣はいません。……と思うのだわ」

 ヴィヴィアンはバツが悪そうに口をとんがらせた。


「人だ。こっちに来る」

 ロゼッタが眼鏡の奥で眼を光らせた。

「マジで? あんた見えるの?」


 暗闇の中からガチャ、ガチャッ、と金属がこすれる音。これに人の足音が混ざり、徐々にこちらに近づいてくる。

 やがて茂みの中から人影が現れた。


「あんりゃ〜、なんじゃあこりゃあ」


 バカでかい荷物を背負ったおじいさんが、そこに立っていた。


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