不安の種
―奥アゼル地方 ナユラ岳―
ナユラ山頂で捕縛した不良グループを見張っていたライゴ・タイゴ兄弟のもとに執行委員会の管理官が訪れた。
監督者不在とされるこの儀式に名ばかりの管理官という肩書きは滑稽にみえる。
「君たちがライゴ君にタイゴ君?」
監督官のおだやかな声に兄弟は反応した。
「はい、執行委員の方ですか?」
ライゴの呼びかけに管理官の男は「そうだ」と応えた。
「話は聞いた。これが問題を起こした三人かね?」
「はい。グリエン、リーバー、ザッツの三人です。危害を及ぼす恐れがあるため、手足を拘束しています」
「ふむ……」
管理官は不良たち三人を一人ずつ確かめる。
「わかった。ご苦労だったね。あとは私が引き継ごう。彼らは責任持って学院に送り届けよう」
「あのぅ、お一人で大丈夫ですか? 今は魔力を失っていますが、危険な奴らです」
タイゴがおそるおそる訊ねる。
「お気遣いありがとう、だが心配には及ばないよ。すぐあとから増援が来る予定だ。ここは私が代わるから君達は先に下山したまえ」
なるほどと兄弟は納得した。
「わかりました。よろしくお願いします」
「日が傾いてきている。足元に十分気をつけなさい」
「ありがとうございます」
「失礼します」
三人を管理官に引き渡して、ライゴ・タイゴ兄弟は下山をはじめた。
兄弟がその場を去り、その姿が見えなくなってから、管理官の男は肩をわななかせた。
「ブフフッ、ブハハハハッ」
男はこらえきれずにしゃがみこんで笑い声をあげた。
「ひどいもんだな、あんなフザけた格好の奴らにやられたのか? 笑いを堪えるのに苦労したぞ」
呻りをあげるグリエンの口に巻かれていた布を解いた。
「……モゴモゴ、ブハッ。ち、ちがうわ! 畜生! あのチビども、今度会ったらあいつらまとめてブッ殺したる!」
「悔しいな。よしよし、落ち着け」
管理官がグリエンの眉間に軽く手をあてると、グリエンは急に大人しくなった。
「……ころ……ス……」
「まったくもって情けない。素人魔術に毛が生えた程度とはいえ、2つ3つも年少の子どもに負けるとはな。いや、違うか。禍を見事に退けたあの子らが、やはり特別だったのだ」
残りの二人も同様に、管理官が発した術で沈静化させられた。そのあとで不良たちは拘束を解かれた。
「さぁ立て」
管理官が指をすくい上げると、不良の三人はのろのろと立ち上がった。
「お前たちは街の掃き溜めにいた頃と同じ負け犬だ。このままではな。どうだ悔しいだろう? そこでだ。お前たちに機会を与えてやろう。復讐する機会だ」
管理官の男が不良たちの耳元でささやき、男が不良たちの額に軽く手をあてた。
「……アー……」
不良たちの反応が明らかに不明瞭になってきた。
「安心しろ、これも想定の範囲だ。お前たちにはもう一働きしてもらう。拾った恩に報いてもらわねばな……。お前たちを負かした奴らは皆と違う方向に降りていったはずだ。彼らの足取りを追うのだ」
「……」
不良たちの視線はうつろだ。思考も停止し、放心状態のようにみえる。
「無反応だな……そうか。ただ追えと言っても、手掛かりがなきゃはじまらんよな」
管理官の男は不良たちの顔の前でパチンパチンと指を鳴らした。
「匂いを覚えているか? 匂いだ。彼らの匂いを辿って追いかけるんだ」
「……ニ……オ……イ……」
男は不良たちの鼻頭に指を押し当てた。
「嗅覚を強くした。奴らの匂いがわかるかね?」
不良たちは緩慢な反応で返答する。
「……オン……ナ……」
「女か……。よかろう、行け」
管理官が指を動かすと、不良たちはよろめきながらゆっくりと歩き始めた。
「ウー……」
唸り声をあげながら、不良たちはゾンビのような足取りでゆっくりと歩き出す。その姿を管理官の男は満足気に眺めた。
「お前たち悪党は恐怖と懐柔によって人を支配する。だが私のやり方はもっとスマートだ」
管理官の男も後を追って歩き始める。
「順調に推移している。"預言"の通りならば、彼らの中に当たりがいるハズだ……。竜の秘奥へと導いてくれる運命の子がね……」
男の目が不気味に輝いていた。




