やすらぎのひととき
―奥アゼル地方 ナユラ岳聖地方面―
ティノたち五人と猫一匹の一行は、聖地へとむけて歩みを進めていた。
眼下はすっぽりと霧に覆われた世界を尻目に、スプリーの不思議な案内に導かれてナユラ岳の山腹をおりて行く。
さらなる未知の領域への冒険が始まろうとしていた。
下山からしばらくして、岩場の裂け目から清水が流れ出ている箇所に到達した。
「やったぜ、給水ポイントだ」
にゃーん。スプリーが鳴いた。
「人間ども〜、ここで一休みするがいい〜、だそ〜です」
ルーシィの翻訳機能は常時稼働している。その信憑性は……謎だ。
「ありがとね、スプリー。も〜頼まれなくても、ここで涼んじゃうわっ!」
「よーし、みんなー。ここで少し休憩するぞー」
清冽な飛沫にヴィヴィアンは口づけた。
「んんんんん〜〜っ! 冷たあぃ、これ最っ高〜! お〜い〜し〜い〜! 死〜ぬ〜」
「アホか。大袈裟なやつめ」
ティノも水筒の水を入れ替えに向かう。
「どれどれ……、うわっ! 冷てっ。やべっこれっ、うますぎっ! やっべ! なにこれうっわ! やっべ」
「んはぁ〜ん、みんな〜、このおみずしゅご〜い」
火照った体に染み渡るうまさ。ルーシィもベタ褒めだ。
冷たい岩清水は、登山と戦闘で溜まっていた疲労を吹き飛ばすと同時に、知性の低下をもたらした。
女子三人組はすぐさま靴を脱いで、清冽な清水に足をつけてはしゃぎまわる。
「ひゃん!」
「きゃっ」
「うにゅ〜っ」
乙女たちによって跳ねる雫が珠のように輝いて、そこは妖精の泉のようになった。
「あー、なんかいいよねーアレ」
「眼福だなー。よきかな、よきかな。ありがとなースプリー。ここのロケーション最高だわ」
にゃーん。
ティノはカップについだ水をスプリーに与えた。
来た道を振り返れば、聖山の山体が午後の日差しに照らされて眩しく輝いていた。
今、ティノがいる場所は聖地側の谷にあたる。もはや今日中には学院に戻れない場所まで来てしまった。
「結構、降りてきたよね」
「だなぁ。間違いなく聖地側だここは。もう後戻りできねーぞ」
「ははは、僕はもう覚悟キメたよ」
男子二人はこれからに備えての計画を立てることにし、黙々とした作業にうつった。
予想外にもメンバーが二人と一匹、増えてしまった。準備不足のヴィヴィアンは論外として、飛び入りのルーシィとロゼッタも当然ながら軽装なので、これまで以上に行動には気を配らねばならない。
本日の目標は安全なねぐら探しだ。
今のところスプリーの謎めいた道案内に頼っているが、次善策は考えておかねばならない。明日からの聖地探索の前提としての安全な根拠地は構築しておきたいのだ。
「あちゃー、ランタンのガラスにヒビが。さっきの戦闘でやられたな……」
「やべーな。オレはこれからの食料確保しないとなぁ」
「狩猟の腕、期待してるよ」
「お前も拠点の設営は任せたぞ」
「今夜の燃料を確保しておきたいなぁ」
「確かにそうだなあ、陽があるうちにやらないと……」
カイトは大荷物の簡単な点検と整理をはじめた。ティノは弓矢の手入れだ。いつ獲物が現れても対応できるように。
最も重要なことは五人と一匹が無事に帰還することだ。当面のサバイバル問題にあたって、ティノとカイトの責任は重大なのである。
そんな二人の気苦労を知ってか知らずか、女子たちははしゃぎ回っていた。
「ちょっとー、男子ぃ。これからあたしたち、体拭きっこするからこっち見んじゃねーわよ」
「見ねーよ、さっさと済ませろ」
「なーにー、感じ悪ぅーい」
(ロゼッタ、包帯取り替えるわよ)
(さぁ〜脱いで脱いで〜……)
(ひゃっ……)
(あら、もう腫れひいてない? すっご〜い治りはや〜い)
(ロゼッタさん、ルーシィがふきふきしますよ〜)
(ボ、ボクは自分でやるからっ……)
(んも〜、遠慮しなくていいのに〜……)
(ロゼッタ、ほんとお肌綺麗よね……)
(ヴィヴィアンだって……)
(お二人とも背中うったとこ、みてあげますよ〜)
(ルーシィがさきに脱げ〜)
(い〜↓や〜↑あ〜↓)
(きゃっ、冷た……)
(やったな〜っ)
(…………)
(……)
「……」
「……」
作業してる場合じゃねェ!
責任とかぜんぶ放っぽりだして、ティノとカイトは"妖精の泉"をほんのちょっとだけ覗き見ることにした。
水場を囲う岩場に絶好の観測ポイントを見つけた。
ランラン小躍りハイタッチ♪ したあと、二人はそのポイントに折り重なって隙間から覗き見た。その上にスプリーも加わった。
(!?)
にゃーん。
「あっ、ネコ」
「や〜ん〜、スプリーさんが覗いてる〜」
「んもぉ、悪い猫さんねぇ〜」
ヴィヴィアンが猫を抱き上げると、下からさらに頭の黒い猫が二匹現れた。
「……!」
「わ、悪い猫さんだにゃーん」
「し、失礼しましたにゃーん」
ぱーん。
ぱーん。
乾いた衝撃音が2発、炸裂した。




