待ち人、待つ
―アゼル魔導学院 登山道入口―
御山入りの儀式を終えた修練生が、ぽつぽつと下山する姿は見えてきた。
朝は見送りと見物人でごったがえしていた聖山登山道入口前の広場も今では閑散とし、執行委員の簡易テント前にまばらに人が集まるくらいだ。
帰還した者は、待機している執行委員の前で完了の報告をして記録をチェックしてもらう。山頂の祠にある水晶玉は、テントに設置してある対の水晶玉と遠隔魔術で繋がっており、学院側から記録の状況が分かるようになっている。
全行程の完了が確認されれば終了だ。あとは各自で解散となる。
「う〜ん、あいつら帰りはまだか。遅っせえなぁ」
本日の仕事を早めに切り上げて再び御山入りイベントの会場にやってきたアイシャは、登山口付近でいつもの三人組の姿を探していた。
執行委員会のテントに行って帰還者の名簿を確認する。帰還者はそろそろ半数に差し掛かるくらいだ。その中にティノの名前はない。カイトとヴィヴィアンも戻っていないようだ。
「あのアホどもめ、どこで道草くっとるんだ〜? 心配させやがって」
午後の太陽が傾こうとしている。まだ心配するには早い時間だが、なんとなくアイシャは妙な胸騒ぎを覚えていた。
アイシャは執行委員の魔導士にそれとなく様子を聞いて回ることにした。
「最速の集団は例年通りのペースで帰ってきてましたね。でもそれ以降の修練生たちでトラブルがあったようです」
「トラブル?」
「喧嘩だそうで。ナユラの山頂付近で三人の不良グループと他の修練生との間で起きたとか。不良グループが祠を占拠してしまったそうで、それがケンカに発展したようですね。直近で帰還した者の報告ですが」
「それでどうなった?」
「不良グループは修練生たちの手で鎮圧されたようです。さきほど係の者を捕縛に向かわせたところですよ」
アイシャはため息をついた。
「そういうのさあ、前もあったんじゃないか? 監視を置けばいいのに」
「そういうのも織り込み済みでの、伝統ですからね」
係官は肩をすくめて会話を終わらせた。アイシャもそれ以上言うことはない。いったん退くしかなかった。
伝統か。頭では理解しているつもりだが、なんとも厳しいものだとアイシャは思うのだった。
太古の時代から魔導の世界では、宇宙や自然観としての《混沌》を真摯に追求してきた。御山入りのひとつの側面は、一種の混沌の再現にある。
魔導学院という管理された秩序世界から荒野に放たれた修練生たちは、たちまち弱肉強食の世界に直面することになる。修練生はその場で起こる葛藤、艱難、理不尽に直面し、己の力だけでこれに立ち向かわなければならない。そこは過酷で、真に平等で、まさに混沌の世界なのだ。
荒野という文明社会の力が及ばない環境に身を置き、そこでどう向き合えばよいのか自由な思考を促す。それが儀式の狙いなのだそうだ。
(あいつらまさか、ケンカに巻き込まれて怪我でもして下山できなくなったとか……。んなわきゃないか)
考えすぎてもしょうがない。今は大人しく待っていよう。
会場内はアイシャと同じような境遇の待ち人がちらほらと佇んでいる。
アイシャも適当な場所を見つけてティノたちの帰りを待つことにした。




