聖地へ行きたいのだが
―奥アゼル地方 ナユラ岳―
ティノたち一行の活躍によって、不良グループは粛清された。
こうしてナユラ山頂の祠は元どおり使用できるようになった。修練生たちは列をなして順番に儀式を済ませ、完了したものから順に帰路についていった。
戦闘不能になった不良グループは持っていた武器と魔導鉱石を取り上げられ、手足を縛られて地べたに並ばされた。
彼らの処罰については学院側で正式に取り計らってもらうことにした。すべての目撃者である修練生たちから訴えを起こすことで話がまとまった。
不良グループは執行委員会から派遣された管理官の魔導士が連行することになる。管理官が引き取りに来るまでの間、ガチムチ十頭身ブラザーズが彼らを監視することになった。
「いやぁ、疲れたね」
カイトは一日の仕事を終えたかのような伸びをして岩場に腰掛けた。
「本当に助かったよ、カイト」
「ルーシィとみんなのおかげだよ」
謙遜するカイトにティノは笑いかけた。
「見直したぜ、カイト。お前は本当にたいしたもんだ。実は戦士の素質あるんじゃないか?」
「いやいやないない! もう金輪際、暴力沙汰はゴメンだね。マジマジ」
猛烈に否定するカイトが可笑しくてティノは笑った。
ティノとカイトはこつんとこぶしを付き合わせる。
こうして休憩している間にも、何人もの修練生たちがティノとカイトにお礼を言いにきた。
悄然とした様子のネカッチモが取り巻き一行を引き連れてやってきて、少しばかりの感謝の気持ちだとマッシブな現金を渡そうとしてきたので、ティノとカイトはあわてて断った。
ネカッチモは謝礼を固辞する二人が理解できない様子だったが、最後に感謝の言葉を残して下山していった。もちろん帰り道は自分の足でだ。二人の戦う姿が彼の心のなにかを響かせたのだろうか。
根暗な修練生カローシもやってきた。
「カローシ君」
「ククク……我は†朽ちせし邪眼の闇鴉†……。カローシではない」
カローシはダサいウサギの眼帯をしていた。明らかにルーシィの仕事だ。
アイパッチ装着中ということは、今のカローシは闇設定ということなのだろう。
「ククク……、ついに貴様も目覚めたようだな」
「は? あ、ああ。なんていうか……、君のおかげだよ。ありがとう」
「……フッ。何のことやら」それだけ言ってカローシは踵を返す。「闇の胎動が始まった……征かねば」
二人はカローシの後ろ姿を見送った。
「なんだ? お前、あんな奴となんかあった?」
「うん、ちょっとね」
カイトはいつもの苦笑いだが、少し嬉しそうだった。
「ふわぁ……」
暗闇の底から復活した少女が一人、夢遊病者のようにフラフラとやってきた。
「ビビ、もう大丈夫なのか?」
「背中痛ったいし、頭ガンガンするぅ……」
ヴィヴィアンは気絶状態から回復して、さきほどまでルーシィの膝枕で休んでいたのだ。
「ムリせず、もうちょっと休んでたら?」
「ビビは窒息してたからな。一応、蘇生処置もしたんだぞ」
「はぁ、それは世話になったわね。お礼言っとくわ」
ヴィヴィアンははたと動きを止めた。
歯車に砂が詰まったような頭をなんとか回転させ、直前の会話の記憶を呼びおこす。
(蘇生処置もしたんだぞ)
「そっ、そそそせい、そそそそそ蘇生処置って、そそそっそそそれは――」
蘇生処置とは
・胸部マッサージ
・人工呼吸
「ふわぁぁ! ふわああぁぁぁ! テテテテティノ、あああんたがやったの!? ままままさか蘇生処置って、あんたがあたしのムネをマウス……」
ヴィヴィアンは両手をぶんぶんした。
「は?」
「あんたがあたしの……」
(マウストゥマウス……)
ヴィヴィアンは胸をきゅんっと押さえながら顔真っ赤にしてクチをパクパクしている。どうしてこんなに胸が苦しいの。空気が薄い。また窒息しそう。どういうことなの……。
「いや、ルーシィだけど?」
「えっ」
「お前の蘇生処置したの、ルーシィ」
「あ、そう……」
ルーシィにお礼いってくる……。
そう言い残して、抜け殻みたいなヴィヴィアンはトボトボと歩いていった。
* * *
正午を数刻過ぎている。
聖地へ向かうならそろそろ出発しなければならない。
「ティノ、これからどうする? やっぱり行くの?」
「おうっ。もうだいぶ痛みも引いたし、行くぜぇ〜」
「じゃあ、ロゼッタとルーシィをなんとかして、ここでお別れしないとね」
「う、うーん。そうだなぁ」
ティノたちには難題が残されていた。
「ティノ、カイト」
言ってるそばから都合よくロゼッタの方からやってきた。
「よう、ロゼッタ。お疲れ」
「ロゼッタ、お疲れさま。さっきはなんだか後味の悪い終わり方になっちゃったね」
「グリエンのことか? それなら心配ない。奴らはどんなに良くても放校処分、破門だろう。言い逃れはできない」
「そうなのか?」
ロゼッタは不良たちの事後処理について修練生たちと話をまとめてきたようだ。
「奴らはエルダー会主導の裁判にかけられる。ちゃんと大人たちが監督審査するけど、証人はたくさんいるし、姉上が適切に力添えしてくれるだろう」
「そ、そうか。ロゼッタのお姉さんは風紀委員だったよね」
ロゼッタが誇りに満ちた頷きを返すので、カイトはほっと胸をなでおろした。
「そんなことより」
ロゼッタは改まった顔つきで二人に近づいた。
「二人ともお礼を言わせてくれ。さっきは本当にありがとう」
「ん、なんのことだっけ?」
「ボクが意識を失っていた間、奴らからボクを守ってくれたんだろう?」
「ああ。でもあれはぜんぶカイトのおかげだ。礼ならカイトに言ってくれ」
そうなのか、とロゼッタは潤んだ目を大きくしてカイトを見た。
「ありがとう、カイト。本当にありがとう」
ロゼッタはカイトに超接近した。お互いの息遣いが聞こえるくらいに近い。
「おおおお? お、おあー。うん、ま、まぁ、よかった、よね……」
超絶歯切れの悪い返答をしてしまうカイト。とても視線を合わせられない。
そんなカイトの反応が可笑しかったのか、ロゼッタは他にも何か囁こうとしたが、すぐに身を離した。
ロゼッタはティノにもお礼を言った。
「ティノも、あのときボクを庇ってくれたよね」
ティノはグリエンとザッツの合わせ技から身を呈してロゼッタを守ろうとした。
「ああ。でもあれはロゼッタが盾みたいな術で守ってくれなかったら、先にオレの方が死んでたぞ。お互いさまだな」
ロゼッタはくすりと笑う。
「さっきから謙虚だな君は」
彼女はティノにも超接近した。お互いの息遣いが聞こえるくらいに近い。
「でも本当にありがとう、ティノ。おかげでボクは傷ひとつ負わずにすんだ」
「お、おう」
「コラー、近い近いちかいちかい!」
怒りのヴィヴィアンが神速でやってきて、オオアリクイの威嚇みたいなポーズで二人の間に割って入った。
「シッ! てい! それ以上いけない!」
ところがロゼッタはヴィヴィアンにも超接近した。お互いの息遣いが聞こえるくらいに近い。
「ヴィヴィアン! もう大丈夫なんだね。ボクの蘇生処置がうまくいってよかったよ!」
「えっ」
なんとおっしゃいました?
ヴィヴィアンは情報の咀嚼 (会話履歴の発掘) にずいぶん時間がかかった。
(ボクの蘇生処置?)
「それはたしか、ルーシィがやってくれたんじゃ……」
「ルーシィの処置はデタラメでひどかったからね。ボクが代わって適切に処置したよ」
「なん……」
適切に処置とはなん――
ロゼッタはヴィヴィアンから潤んだ目をそらし、ぽっと頬を染めた。ヴィヴィアンは思わず唇に手をあてた。
「な、なんだぁ。あ、あはは。そう……なんだ。ありがと……助かったわ……」
ヴィヴィアンは頭がぐるぐるした。またしても窒息しそうになった。
* * *
そのあたりをフラフラしていたルーシィを連れてきて、五人が揃った。
「それじゃ、えーと、これから下山を開始するんだが〜」
ティノは一同に目配せをしてから、ぽつりと告知した。
「この集まりは、ここで解散しよっか」
「えっ?」
ロゼッタが驚きの声をもらす。気まずい視線を浴びつつもティノは力押しした。
「ハイ、オレたちはここで解散します。解散。かいさ〜ん!」
「えっ、どうして!? ここまで一緒に来たのに、急にどうしたんだ?」
当然そうなるだろう。ロゼッタは戸惑い、問い詰めてきた。
いや、その〜、とティノは準備不足でしどろもどろになっている。
こりゃアカン。見かねたカイトが腕を引ったくった。
(やっぱり二人にはキチンと説明した方がいいよ)
(う、うーん。そうか?)
(だいたい、あっちの方に降りるルートはまだ見つけられてない。ここでズルズルと時間は掛けられないよ……)
「あっちの方って、なんだ?」
ティノとカイトの間にロゼッタが割り込んでいた。
「「わー」」
「君たち、こんなところで他にどこか行く予定でもあるのか?」
ロゼッタがするどい勘を働かせてグイグイ突っ込んでくる。
「ん、んあー……」
「えと、それはですね……」
クイッと直した眼鏡がするどく光る。ロゼッタは挙動不審な二人にせまった。
じいっと見つめるその瞳は、「何を隠している?」と強力に訴えている。
歯切れの悪い男子二人に業を煮やしたヴィヴィアンがぶりっと割り込んできた。
「もうっ、しょうがないわね! あたしからぜんぶ話すわ。いいわね?」
ティノはうつむいたまま、「ハイ」とだけ答えた。
こうしてティノたちは今までの経緯をすべてを打ち明けることになった。




