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MAGIN ―聖双の魔導士―  作者: カシミア
第一幕 聖山
18/78

正義執行

―奥アゼル地方 ナユラ岳―



 苦しい……。息ができない。


「ハハハハ! どんどん空気が無くなっていくでぇ」

 グリエンのくぐもった声が聞こえる。

 ヴィヴィアンは喉元を掴まれ、術を掛けられてしまった。呼吸する空気が奪われていくのだ。このまま放っておけばヴィヴィアンは窒息してしまう。


「あ……が……かはっ」

「おどれは表情豊かでおもろいのぅ。さぁて、どこまで耐えられるかのう?」


 グリエンはやることなすこと加虐的で、陰湿な暴力を振るうことに喜びを見出す外道だった。

 片方の腕をヴィヴィアンの腰にがっちりと巻きつけており、ヴィヴィアンは逃げられなかった。それでもヴィヴィアンは足掻いた。ヒザを入れて金的をブチかまそうとした。

 しかし、そんな抵抗は完全に見切られており、逆にグリエンに太ももを取られてしまった。


「なんじゃ〜ワシと踊りたいんか? かわいいのぅ。お前のリクエストにお応えしたいが、ワシはお前がおちるとこを早よ見たいんじゃ」


 ヴィヴィアンは歯を食いしばって抵抗した。

 魔力さえ残っていればこんな奴はねのけて顔面つかんで燃やしてやるのに!

 こいつの股間を下から蹴り飛ばしたかった。でももう力がでない。視界も暗くなってきた……。

「……」

 ヴィヴィアンの腕が力なく、だらりと垂れた。



「うわああああああ!」

 怒りに駆られたカイトがフライパン片手に猛然と突っ込んできた。

 飛び掛かってそいつの頭を叩き潰す寸前でグリエンの突風を食らった。カイトは吹っ飛ばされた。

「どっりゃああああ!」

 後ろから来たティノがカイトの体を抱きとめた。ずしんとその重みがのしかかる。

「ぐんっふえぇえぇ! んん痛だあぁぁ」


「くそっ、くそっ! ビビが!」

 間に合わなかった!

 カイトはヴィヴィアンをここまで痛めつけたグリエンが許せなかった。

「冷静になれ、奴は近づくほどやべぇ」

 荷物を捨てたカイトの先走った行動を見て、数瞬後の未来を予測したティノは即座に援護行動に移ったのだ。



「なんじゃあ……?」

 グリエンはカイトとティノを見て驚愕していた。

「ああ、そうかそうか、雑魚が盾突く気になったわけか。おどれらよっぽど死にたいらしいのう」

「痛てて……。あとはお前だけだぜ」

「ビビをはなせ!」


 グリエンは状況をすぐに把握した。

 ここにティノが居るということは、見張り役のザッツはやられたということだ。この分ではリーバーもダメだろう。

 さらに雑魚とはいえ、カイトが加わった。ここにロゼッタまで復帰してくると終わりだ。


「ほうか」

 どこに隠し持っていたのだろうか。グリエンは片手に抱いたヴィヴィアンの喉元にナイフを当てたのだ。

「んなら、おどれらのガールフレンドから、先に死んでもらうとするかのう」


「こ、こいつ……!」

「くっ……!」


 グリエンは下卑た笑い声をあげた。

「やれやれ、ままならんのう。んなら最期に、おどれらの大切なもんにクソでもひり出して徹底的に嫌がらせしたるわい! それが道理ってもんやろが! ええ!」


 最悪に汚い発想の持ち主だった。

 ティノとカイトはグリエンと睨み合ったまま、為すすべもなくジリジリと後退するしかない。


「なにガンたれとんじゃ、そこどけや! 道あけろ!」

 ヴィヴィアンの喉にナイフの先端が突き当たる。

 ブチ切れられたらどんなに楽だろう。二人の忍耐が限界に達しようとしていたそのとき。



「ぬん!」グリエンの左腕をごつい手が掴み取った。


「ふん!」グリエンの右腕をごつい手が掴み取った。


「えっ」

 突然、背後からぬっと現れたライゴ・タイゴ兄弟が、左右からグリエンの両腕を掴み取り、ねじり上げた。


「んがああああ! なんじゃとおおおお」


 ナイフが地面に落ちた。拘束がとけたヴィヴィアンも崩れおちる。その体を一人の少女が抱きとめた。


「ビビちゃ、がんばりましたね。もう大丈夫です」

 グリエンからヴィヴィアンを奪い取ったルーシィは、ティノとカイトにウィンクした。

「ルーシィ〜!」

 ティノとカイトは歓喜のあまり飛び上がった。


「があああああああクッソおどれらぁ!」

 足掻いたグリエンはホールドされた両手から無理やり魔力を放とうとした。しかし兄弟はそれを見逃さなかった。

「ぬぅん!」

「ふぅん!」


「「フラワー・マッチョライガー・ホールド!!」」


 ライゴ・タイゴ兄弟はグリエンの両方の腕をそれぞれ脇に挟んで強烈に締め上げた。


「んぐあああああ! 体当たりじゃねえのかよおおお」

 まさかの新技である。

「ふはははははははは!」

「ガチムチ十頭身ブラザーズ、完・全・復・活!!」


 よく見ると、兄弟が着用しているキグルミ・マッスルスーツが補修されていた。スーツのいたるところの焼け焦げて擦り切れて穴が空いてしまったその箇所に、ダサい花柄のパッチがあてられていた。


「このとおり完全に修復されたスーツのおかげでパワーが蘇ったのだ!」

「むしろ以前よりマッシブなパワーを感じるぞ!」

 どういう仕組みなのか不明だが、パワーアップしたらしい。


「ルーシィがなおしました〜」

「ルーシィ〜!」

 ティノとカイトは歓喜のあまり飛び上がった。



「があああぁクソがあああぁあぁ!」

「観念しろ、悪党め!」

「さぁ、二人とも。ヴィヴィアン君の無念を晴らすときだ!」

「あ、ああ」


 ライゴが制裁を促すのだが、ティノとカイトは目の前の男がいくら悪人とはいえ、無抵抗の人間を前にすると気が進まなかった。

 ところがグリエンにとっては、この自分に差し向けられた慈悲の気持ちですら、なにもかもが恨みがましく呪わしく思えた。グリエンはこの上なく汚い言葉で暴言を吐き続け、目の前にいるすべての人間をののしった。



「あけてくれ」

 ティノとカイトの間に割り込むようにして、ロゼッタが現れた。


「ロゼッタ! もう大丈夫なのか?」

「ああ、ボクはこのとおり大丈夫だ。心配をかけた……。それよりティノ、こいつの処置はボクにやらせてくれないか」

「えっ?」

「こいつだけは、絶対に許せないんだ」


 ロゼッタは捕らえられたグリエンと対峙した。

「フへへへへ。おどれか優等生。ええ? このチビが! おどれこのワシが許せんだと? そりゃこっちのセリフじゃ! ワシを怒らせたおどれらが悪いんじゃ、おどれらが! 覚えとけ、この先ずっと恨み続けてやるからな! ずっと!」


 グリエンは相変わらず頭に血を昇らせたドス黒い顔で怨嗟の暴言を吐き続ける。怒り狂った野獣そのものだ。

 対照的にロゼッタの表情は氷のように冷たい。薄汚いゴミを見るような眼をしていた。


 ロゼッタが手をかざすと周囲から無数の光刃が出現した。

「おい、ど、どうすんだ?」

 彼女の恐ろしげな威圧感に、ティノはおそるおそる訊ねた。


「このゲスはこの世界に生まれるべきではなかった。去勢する」

「きょ」


 ロゼッタが腕を振り下ろした。無数の光刃がグリエンに斬りかかる!


「止めて! ロゼッタ、ストップ! ストーーップ!」

 カイトの声に反応し、ロゼッタはすんでのところで光刃を停止させた。



「なぜ止める」


「ロゼッタ、やっぱりそれはよくない……と思う」

 カイトはロゼッタの前に立った。

「どんなに悪人で、どんなにひどいことをしたとしても、その罪は法で裁かれるべきだと思う。というのは、その……」


 ロゼッタはカイトの目をじっと見据え、その言葉に耳を傾けていた。

 そんな彼女のまっすぐな瞳に耐えられず、カイトは口をモゴモゴ、言葉は尻すぼみになってしまう。


「お前にヤツらと同じようなマネをさせたくないんだとさ」


 ティノがカイトの言葉にそう付け加える。それを聞いてロゼッタはすぐに理解した。

 彼女がやろうとしていたことは私刑だ。それは不良どもがみんなに振るっていた暴力と本質的には同じ。カイトはロゼッタに不良どもと同じ様になってほしくないのだ。


 カイトの目には、そのときのロゼッタが一瞬だけ微笑んだようにみえた。

「君という人は……」

 少しうつむいて、ロゼッタは何事か小さく呟いた。

「わかった、カイト。君の意見を尊重する。ボクも従おう」

 ロゼッタは術を解き、あっさりと剣を納めた。



「慈悲深いこったな、このクソチビ! おどれら何様のつもりじゃ! 立場わかっとんのか! このワシにナメたマネしくさりよって、おどれら絶対忘れんからな! 覚えとれよこのオカマ野郎。いつか殺してやるからな! がははははは!」


 ロゼッタが静かに眼鏡を外したかと思うと、すさまじい平手打ちが炸裂した。不良の頰をフルスイングで引っ叩いたのだ。

 ティノとカイトは、そのときのロゼッタの目が忘れられなかった。彼女が狼のように恐ろしい眼をしていたからだ。


 グリエンは失神した。

 こうして不良グループは制圧された。



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