勇者の反撃
―奥アゼル地方 ナユラ岳―
カイトとルーシィが身を隠している岩場からはヴィヴィアンの姿が見えなくなっていた。
恐らくここから見える頂上をはさんで反対側の斜面で戦いが行われているのだろう。
「厳しい展開になったな……」
「二対一ではな。しかも相手は魔力の補充がきく」
カイトが運んできたガチムチ兄弟も、同じ岩場に身を潜めていた。負ったダメージが大きく動くことができないでいる。
「ううっ……」
カイトは不安と恐怖に胸が締め付けられ、体がすくんで動けないでいた。
「カイちゃん、痛い? どこか悪いの?」
ルーシィがカイトの頭をなでなでする。彼女の無垢な思いやりが心に痛く刺さる。カイトは仲間への申し訳なさと苦しさで一言もしゃべれなかった。
「ククク……震えているな……。恐れは定命なる者としての正しい反応だ、気に病む必要はない。もっとも人であることをやめた我は……」
いつの間にか謎の男が目を覚ましていた。
「おお、カローシ君。気がついたか」
「もう筋肉は大丈夫なのか?」
「ククク……我はカローシという名前ではない……」
と言いつつも、なにやら違和感を感じた謎の男は、目元をぺたぺたと触った。
「が、眼帯がない……」
「どこかに落っことしたんじゃないか?」
「あ、あああ、あああああああ! ああああああああああああー!!」
「うるさっ」
「くるったか」
謎の男は無事、元の根暗な男カローシに戻った。
「ふむ。眼帯の方の目が、邪眼なのか」
「そういう"設定"で最強になるのか」
「最恐で最強。そこ大事……」
根暗な男カローシは、自分が考えた最恐・最強な男への自己暗示をかけることで無敵の強さを得ようとする寸法だったらしい。実際には無力だったわけだが。
「コートの下は、制服のままなんだな」
「剣作ったら、資金が……」
予算がおりなかったらしい。
「そ、そうか……」
「世知辛いな……」
「……」
「……」
「……」
ガチムチ兄弟と根暗な男カローシはなにやら意気投合したらしい。装束にこだわりがある点に関して互いに共通する思いがあったようだ。
「思い込みが足りなかった……。最恐・最強な男になったつもりが……、俺は弱かった……」
「そうだろうか。少なくともカローシ君、君には勇気があった」
「あれは……勇気ではない……」
カローシは端っこで丸くなって震えているカイトに声をかけた。
「……君にも思い込みがあるようだね……カイト君」
カイトは伏せた顔を少しだけ覗かせる。
「……思い込み?」
カローシはうなずく。
「それは、間違った思い込みだよ。カイト君……」
「間違った思い込み? どういうこと?」
「いま君は、自分が無力でみじめでちっぽけな奴だと思っているんだろう……。それが間違った思い込みだと言っている……」
カイトは再び顔を伏せた。
「僕は無力でみじめで、ちっぽけだ」
「違うな……」
カローシは首を振って否定する。
「少なくとも……君は俺たちを助けた……。それだけの力がある。思い出してみろ……」
ライゴ・タイゴ兄弟はだまって聞いている。
根暗な男カローシは、なにやらカイトに伝えたいことがあるようだ。
「人は恐怖する……恐怖は人を動かす……。だが恐怖を知る勇気もまた、人を動かす……」
カローシはぶつぶつと独り言のようにつぶやいた。
「勇気によって動く人は、なによりも尊い……」
「勇気?」
カイトは顔をあげた。
「君は勇気を持つべきだ、カイト君……」
「僕が勇気だなんて」
「思い出せ……」
根暗な男カローシは膝を抱えこんで黙り込み、それっきり口を開かなくなった。
「カローシ君、何かに憑かれたような顔してたな」
「ああ。狂人はたまにマトモなこと言うから怖いな……」
さりげなくカローシは狂人認定されていた。
カイトは再び膝を抱えて頭を伏せてしまった。
勇気だなんて。それ以前に僕は無力なんだ。それが厳然たる事実だ。
「……」
しかし、あの戦いの最中にカイトはガチムチ兄弟とカローシを手早く、難なく救出した。これも事実だ。
何故あのときはすんなり体が動いたのだろう。力が出せたのだろうか。
「……そうか……」
カイトは思い出した。
「僕がみんなを信じてたからだ」
「……!」
カイトは立ち上がった。
「カイちゃん?」
ルーシィがいつになく真剣な表情で見上げている。
「みんなを助けに行くのね?」
「うん。行ってくるよ」
体の震えは少しだけおさまっていた。カイトは自分のザックを持ってきて、ルーシィに言った。
「だから、ルーシィに頼みがあるんだ」
ルーシィの耳元でカイトは何事かつぶやいた。どーんと胸を叩くルーシィ。
「まぁ〜↑っかせ〜↑ろ〜ぉ↑!」
戦場に赴くカイトの背中を見送るガチムチ兄弟。根暗な男カローシも黙ってその後ろ姿を見つめていた。
「見ろ、タイゴ。あれこそ勇者の姿だ」
「ああ。美しいマッチョだ……」
二人のすぐ背後には不気味な笑みをたたえたルーシィが立っていた。
* * *
倒れたティノとロゼッタを見張るザッツのところに、気絶から復活したリーバーが現れた。
「もうええんか?」
「まだ全身クッソ痛いわい。このチビにやられたんじゃ……。グリエンはどこいった?」
「あっちじゃ。今頃かわいこちゃんとエエことしよるわい」
ザッツが指差す方向は頂上の岩山の向こう側だ。この場所からは見えなくなっていた。
リーバーは悔しそうに舌打ちする。
「んならワシは仕返しに、このクソ生意気な優等生ちゃんとエエことするか。どうやっていたぶろうてやろうかのう?」
「チッ。趣味の悪い奴っちゃのう」
リーバーは気絶しているロゼッタの前にしゃがみこんで下卑た笑みを浮かべた。そんなリーバーをザッツは呆れ顔で見ている。
「やめろ……」
ティノが腕を伸ばすが到底届かない。体が痛くていうことをきかない。
「なんやお前、こいつの彼氏か? 優等生もつらいのう、こんな情けないのが彼氏とは」
「うぅぅ……うおおお!」
ティノは気力を振り絞って上半身だけでも起こそうとしたが、ザッツがティノの背中を踏みつけた。
「うああっ!」
ティノの背中に激痛が走る。
「くやしいのう。お前はそこでよーく見とけや」
リーバーはその場にしゃがみこみ、ロゼッタの体に手を伸ばそうとした。
そのとき、背後からの人影に気がついた。
「あん?」
いつの間にそこにいたのか。
リーバーが振り返ると、すぐ後ろに何者かが立っていた。そいつの顔を見ようと視線を上げると太陽の光が目に入った。リーバーは思わず顔をしかめた。
「な、なんじゃワレ!?」
ぱっかーん!
リーバーの頭に硬い衝撃が走る。不良は一撃でノックアウトされ、その場に沈んだ。
「んな……? おどれは……!?」
一瞬遅れて事態に気づいたザッツはあっけにとられていた。
カイトであった。
何かと思えば、あの大人しいネズミのようなチビオタクが、リーバーを一撃で昏倒させてしまったのである。
いや、ザッツはまだ理解できなかった。あのオドオドした絶対弱者が反旗をひるがえし、絶対無敵永久強者の目の前に堂々と立ち塞がるという事態が、到底信じられなかったのだ。
「カイト……!」
ティノの声も驚きに満ちていた。
「こんなこともあろうかと……持ってきたんだ。キャンプ用品一式」
「あぁ?」
ザッツはうめいた。こいつ何を言ってやがる? ザッツの頭にはカイトの言葉が理解不能だった。
カイトのガリガリの細腕は、荷物のぎっしり詰まったパンパンにはちきれんばかりのクソでかいザックを掴んでいた。
そしてもう片方の手には、リーバーをノックアウトしたフライパン。その手がぶるぶると震えていた。
「ああぁ?」
意味わかんねえ。フライパン?
ザッツを見つめるカイトの目は恐怖に濁っている。しかしその口元は引きつった笑みに歪んでいた。
「ふざけとんのか! オドレなにしてくれとんじゃぁ!」
ザッツが両手を構えた。石つぶてを飛ばす気だ。
「させるか!」
ティノは力を振り絞って上体を跳ね起こした。ティノの背中を踏んづけていたザッツは体のバランスを失った。
「う、うおお!?」
ザッツは尻餅をつき、斜面を二転、三転、ころがった。
ティノは力尽きて再び突っ伏してしまった。
「カイト、逃げ……」
「いや」
カイトは歩みを進める。ティノとロゼッタを守るように、ザッツの前に立った。
「僕ね、気づいたんだ」
「……?」
「僕にはもうひとつ、選べる道があったんだ」
「……道?」
不思議な顔をするティノ。カイトは振り返らずにこう応えた。
「僕はね、反撃してもいいんだって」
「反撃?」
カイトの予想外な応えが痛快に思えた。そうか、「反撃の道」か。ティノは笑えてきた。それがカイトの覚悟なのだと受け取った。
「そうか反撃か、ハハッ。いいじゃん……わかった。やっちまえ、カイト!」
そこに道はないと思いこみ、塞ぎ込んでいたカイトは、自らの"思いこみ"を払拭したのだ。
目の前に道はあったのだ。
「こんのクソガキゃ! 死ねやぁ!」
起き上がったザッツは怒りに燃えていた。魔導鉱石のおかげで体内魔力は充分だ。ここで出し惜しむ必要はない。ザッツは渾身の魔力を撃ちはなった。ひとまわり大きな石つぶてが嵐となってカイトを襲う。
「んっ!」
カイトは体の前にパンパンのクソでかいザックを掲げ、ズドンと地面に突き刺した。
石つぶては大盾によってすべて逸らされ、防がれた。驚異的な防御力である。
「なにィ!?」
ザッツの目が驚愕に見開かれた。
カイトは再び腰を上げ、大盾を前に掲げて接近してくる。まるで歩く要塞だ。
「そ、そんなアホな……、来るな! オタクがなに逆ろうとんじゃボケ! ふざけんな! ブチ殺すぞ!」
「やってみろ」
カイトの気迫に圧されたザッツはたじろいだ。
「ぐっ……ずあっ!」
ザッツは再び石つぶてを放つ。
カイトは大盾をズドンと構え、すべて防いだ。無敵の要塞だ。
「そ、そん……なっ!」
そこからカイトは低姿勢のまま突進した。ザッツめがけての超重量シールドバッシュである。
ズドム、と重い衝撃がザッツの全身を貫いた。
「ぐ……ォ」
カイトよりふた回りも大きい不良の体が揺らぐ。
そこからカイトは全身をひねり、一回転してバックナックルのフライパンを叩き込んだ。
ぱっかーん!
ザッツの体はくるんと回転しながらふっとんで、倒れたところでピクリとも動かなくなった。
カイトは心臓の激しい鼓動が収まらなかった。手に握りしめたフライパンが震えてやまない。
普段から殴られ慣れてはいたが、殴ることは初めてなのだ。加減の仕方など知らぬ。
だが今はちっぽけな罪悪感にひたっている場合ではない。
「カイト……お前、英雄だな。マジで困ったときのカイトさまさまだぜ」
一部始終を見ていたティノは全身の痛みも忘れて笑っていた。
急いでカイトはティノに駆け寄った。
「遅くなってごめん。もたもたしていられない、ビビを助けなくちゃ……。立てる?」
「立つさ」
ティノは身体中の筋肉が悲鳴をあげて脳の命令に抵抗するのを感じた。しかし強靭な意志で屈服させた。
「うんぐおおおおお! 痛てぇ! 体のあちこちがすんげえ痛い!」
ティノはようやく立ち上がることができた。
カイトは倒れている不良の様子を見て、完全にのびていることを確認した。
最後にロゼッタの様子をみた。ティノのおかげで外傷は無いようだ。カイトは安堵のため息をついた。
「ごめんね、ロゼッタ。僕たちはビビを助けに行く。ここにはもうすぐルーシィが来るからね、少しだけ待ってて」
カイトは今頃になって体の震えが再びぶり返してきたが、気合を振りしぼって立ち上がった。
「痛てぇ」「畜生」「コロス」を連呼していたティノは驚異的な回復力で歩けるまでになった。
黒革でできたティノの装束は見た目より防御力があったようだ。実用性重視の師匠アイシャのセンスが活きた。慧眼とはこのことだ。
「よし、カイト。ビビを助けに行こうぜ!」
「うん!」
ティノとカイトはヴィヴィアンのもとに急いだ。
めっちゃ低空飛行ではありますがジワジワPVが伸びております。
減るんかと思ってたら増えてる。
ありがたいことです。




