卑怯者!
―奥アゼル地方 ナユラ岳―
ティノとヴィヴィアンとロゼッタは、不良グループを頂上付近までじりじりと追い詰めた。
あとは息を合わせて一気に畳み掛けて仕留める。それぐらいの距離感になってきた。
「リーバー、いけ!」
グリエンと入れ替わるようにリーバーが躍り出た。ロゼッタの幻影の刃とリーバーの火炎が交錯する。
光刃は火炎の帯を掻き消して貫通した。
「ぐおおぉッ」
グリエンの盾となったリーバーが倒れる。その隙にグリエンは後ろへ走った。
ロゼッタは駆け出し、一気に距離をつめる。
「おどれら、これ見ぃ! ブチ割るぞこの玉ァ!」
グリエンが叫んだ。
見るとグリエンは祠に安置してある水晶玉に棍棒をかざしている。なんと水晶玉を人質に取ったのだ。
水晶玉に傷でもついたりしたら刻印ができなくなってしまう。
「なんだと……!? 卑怯な!」
「攻撃やめんと全員失格になるでぇ!」
「くっ……!」
ロゼッタは攻撃の手を止めた。
だがそれは、敵の攻撃を止め、別の場所に注意を引き付けるためのグリエンの策だった。
グリエンの握りしめた拳が光った。
「ぐはははは、ブースト完了じゃあ!」
「えっ!?」
「ザッツ、岩浮かせい!」
「おう!」
ザッツが最後の魔力を振り絞って、大量の石を浮かせる。これまでの小粒より一回りでかい石塊だ。
「ぬおおおお!」
これは肉厚の山刀でも捌ききれない重量だ。直感的に危険を察知したティノが叫んだ。
「ロゼッタ、離れろっ!」
ティノの叫びに反応してロゼッタはとっさに身を引いた。
「うおおおおお! 魔苦巣把和亜!!」
グリエンの腕から想像以上の魔力が放たれる。
ヴィヴィアンがグリエンを射撃した。しかし火球はグリエンがまとった風の壁に打ち消されてしまった。
「うそっ、なにあの魔力!?」
「愚麗斗覇利毛苑!!」
グリエンの左フックから大突風が発生した。しかもザッツが準備した岩の弾丸入りだ。
これを防ぐのは絶望的だった。伏せて身を隠すところはない。跳んで回避など論外だ。吹っ飛ばされる。
山刀を地面に突き立てて盾にし、可能な限り頭を低くして抵抗姿勢をとる。それでも「死んだ」とティノは思った。
ロゼッタが身を呈してティノの前面に立ち塞がったのはそのときだ。
「あっ、危ねえ!」
「シールド!」
ロゼッタの掲げた小剣の前に青白い半球の障壁が現れた。彼女の得意とする幻影を防衛魔術に変化させたものだ。しかし、とっさに作り上げた盾は貧弱だった。数発の岩の直撃を受けて障壁は吹き飛んだ。
「きゃあっ!」
ロゼッタは突風をもろに受けて吹き飛ばされた。
ティノはとっさにロゼッタの小さな体を抱えて身をひねった。石の弾丸を背中で受け、落下の衝撃から彼女をかばった。
代わりにティノは動けないほどのダメージを負うことになった。
戦いの動向を息をひそめて見守っていた修練生たちから悲鳴があがった。
「わははは! こいつよう効くわ。お前も使え」
「おう、助かるぜ」
グリエンは高らかに笑った。ザッツに手渡されたものは、魔導鉱石だった。
魔導鉱石は、魔導士の体内で欠乏した魔力を急速に補充するために使われることがある。
術者の体内魔力は放っておいても自然回復するが、かなりの長い時間を要する。そこで魔導鉱石を予備の魔力供給源として使用すれば、短時間で補充できるのだ。
このような使い方をする魔導鉱石を、《ブースター》と呼ぶ。
グリエンは戦いの最中にスキを見てブースターを使い、魔力を回復、そして気兼ねなく大技を繰り出したのだ。
「うぐぐ……」
ティノは意識はあったが、全身の強烈な痛みで動けない。
ロゼッタに呼びかけても返事がない。衝撃で気を失ってしまっているようだ。
動けるのはヴィヴィアン一人だけになってしまった。非常にマズい状況だ。
戦いの状況を見守っていたライゴ・タイゴ兄弟はようやくそのカラクリに気づいた。
「畜生、兄貴わかったぜ。奴らが好き放題に魔力使って平気でいられた理由が!」
「ああ、奴らめ。戦いの最中にブースターを使ってやがったんだ」
「くそぅ、どうりでタフなわけだ。でも、なんで奴らはアレを持ってるんだ?」
「わからん。修練生のブースター使用は禁止されている。普通は入手もできないはずだが……」
すぐ隣でカイトの顔が青ざめていた。
「いょーう、カイトくーん! オドレのくれた石は最高じゃ! ほら見い、こーんなに使うてしもたわ!」
グリエンはカイトに向かって大声を浴びせながら使用済みの石をバラバラと捨てた。
「おい、オタク。明日新しい石あるだけ持ってこいや! したら、そいつら助けたこと許したるわ。来んなら殺すぞ!」
さらに今度はザッツの恫喝だ。
カイトは震えていた。
日頃からカイトは手に入れた魔導鉱石を不良どもに強請られ取り上げられていた。知らなかったとはいえ、それが不良たちの暴力に加担することになってしまった。
いや、カイトは薄々知っていた。魔導鉱石を奪われた時点で、それが何の目的に使われるのか明白だったのだ。
「……僕のせいだ」
カイトは恐ろしかった。不良も怖いが、それよりも自分のせいで親友が倒れてしまったことに恐怖した。
このままでは予測されたさらに恐ろしい未来が待っている。
(ヴィヴィアンもやられてしまう!)
カイトはどうしたら良いか分からない。怖くて体が震えて動けなかった。
困惑したカイトの様子をみてライゴ・タイゴ兄弟は、カイトの身を案じた。
「カイト君……」
高速の火炎弾がグリエンに向かって飛ぶ。
グリエンは手を払って風を起こし、彼を狙った火炎弾の軌道をそらした。
「おーい、かわいこちゃん、こっちこいやぁ!」
ヴィヴィアンは舌打ちした。火炎弾の威力が下がってきている。体内魔力が枯渇してきたのだ。
この戦いでは一発あたりの威力を高めるために、魔導士の杖で高濃度火炎球を生成している。それだけ普段より余計に魔力を注いでいるのだ。
今のヴィヴィアンにとって、このスタイルはかなりの負担だった。術者の身の丈に合わない大技は、体内魔力を予想以上に奪うのだ。これ以上はムダ撃ちできない。
ティノとロゼッタがやられたときはヴィヴィアンも悲鳴がでそうだった。二人が心配でならず、呼吸が乱れて集中力が剥がれ落ちてゆく。
ヴィヴィアンは深呼吸し、懸命に呼吸を整えようとした。高所という慣れないコンディションが今のヴィヴィアンには不利に働いている。
視界の片隅には倒れたティノとロゼッタが捉えられていた。
(なんとかして助けなくちゃ……!)
「こいつらといい、あのチビガキまでこうもやるとは。分からんもんじゃのう」
ティノに痛めつけられた胸をさすりながら、ザッツは用心深く構えている。
「フッ、女は怖い。ザッツ、あのかわいこちゃんの相手は俺がする」
「お前の金髪趣味は相変わらずじゃのう」
「こいつらしっかり見張っとけ。リーバーのことも頼むぞ」
「おう、早ようカタつけろよ」
ザッツをその場に待機させ、グリエンが動き出した。
グリエンの動きを見て、ヴィヴィアンも位置取りを慎重に選択しながら移動を開始した。
敵からは距離を置きたいが、仲間から離れるわけにはいかない。距離を詰める以上、二の矢を撃つ猶予はない。チャンスは一度しかない。
ヴィヴィアンはグリエンの風魔術の致命的影響範囲のギリギリのところまで接近した。かなり近い。十歩くらいで手が届く距離だ。これは危うい賭けだった。
「おっらぁッ!」
ヴィヴィアンは隠し持ってた砂利を投げつけた。不良が使った手だ。
目潰しの砂利が宙を舞い、グリエンの目が閉じられる。そのように見えた。しかし、実際には風の魔術によって砂利は巻き上げられてしまった。
ヴィヴィアンはすかさず振りかざした右手の人差し指から火炎弾を飛ばした。
しかしグリエンの手で弾き飛ばされてしまった。だがこれは誘い弾だ。グリエンの振り払った手で彼の胴体はガラ空きになった。
(今だ!)
ヴィヴィアンは左手に持つ杖から火炎弾をぶっぱなした。
「くらえ!」
命中! 火炎弾はグリエンの体に直撃した。
しかし、グリエンは平然とそこに立っていた。
「……!」
最後の力を振り絞った火炎弾は、グリエンの防衛魔術の皮膚膜障壁を剥がしただけで消滅していた。
「かわいこちゃん、もう弾切れか?」
グリエンが邪悪な笑みをうかべた。
悔しいがその通りだ。ヴィヴィアンの差し向けた指先からは、もはや一欠片の炎もでない。
「……ご、ごめんっ。まいった! 降参、こうさーん!」
ヴィヴィアンは両手をあげた。
「ああ?」
「弾切れです! 降参です! このとーり!」
そう言って足元に杖を置く。グリエンは警戒しつつもゆっくりとヴィヴィアンに近づいてくる。
「ほなら、かわいこちゃん。俺の女になれや」
「いっ!?」
「なんじゃ、負けを認めるんなら、俺の女になるのが道理じゃろうが。それとも、無理矢理される方が好みか?」
「こ、このクソがっ! 死ねっ!」
ヴィヴィアンは足元の杖を踏んで跳ねあがらせ、手に取ると同時にグリエンに殴りかかった。
グリエンは難なくこれをかわす。最初からヴィヴィアンのだまし打ちを予期していたのだ。
「ハハハハ、お前最高じゃ!」
グリエンが拳を構えて突っ込んできた。格闘戦で決着をつける気なのだ。完全に舐められている。
「ほれ、踊れ!」
ヴィヴィアンは杖を両手の構えに持ち替えた。
グリエンは風をまとった拳を突き出してくる。これをすれすれで避ける。すさまじい拳圧だ。食らえば小石みたいに吹っ飛ばされるだろう。
(負けるもんか!)
下から杖を振り上げる。これはグリエンの構えた腕に弾かれた。その弾かれ方が凄まじかった。まるで竜巻に巻き込まれたかのように、あらぬ方向に杖を持って行かれる。
ヴィヴィアンは柔軟に体をひねって風の力をなんとか往なしつつ、振り向きざまにハイキックを見舞った。
「やあっ!」
これがグリエンのアゴに命中!
しかしダメージが浅かった。もう少し脚が長ければ……。
予想外のヴィヴィアンの反撃にグリエンは激昂した。
「このクソアマ!」
(まずっ!)
ヴィヴィアンはとっさに防御姿勢をとったが、あまりに近すぎてどうしようもなかった。
グリエンの突き出した手から突風が放たれる。ヴィヴィアンの体は軽く吹き飛ばされた。
「あぐっ!」
岩壁にしたたかに背中を打ち付け、ヴィヴィアンは息ができないほどの痛みに襲われた。
体が動かない。今ならロゼッタの気持ちがわかる。こんな戦闘になるなら防衛魔術もちゃんと日頃から鍛錬して身につけておくんだった。
ヴィヴィアンは痛みと悔しさで涙がにじんだ。
「戯れてやったらつけ上がりよって……」
グリエンは充分に勝ち目のある格闘戦で、最初からヴィヴィアンをいたぶっていたのだ。
(ダメじゃん、あたし……。ごめん、みんな)
グリエンの掴む手が倒れたヴィヴィアンへとのびる。
ヴィヴィアンの手から杖がころげ落ちた。




