カネモチとガチムチ
―奥アゼル地方 ナユラ岳―
カリス山でティノたちがパーティを結成したその頃。
聖山回峰の最終地点であるナユラ山の頂上では大問題が発生していた。
最終チェックポイントである頂上の祠を、不良グループの三人、グリエン、ザッツ、リーバーが占拠してしまったのだ。
「おらおらァ、金持ってこいやコラァ!」
「通行料納めねえと、てめェら失格だぞコラァ!」
不良グループの狙いは単純だった。
祠を占拠し、これを人質にとることで、修練生たちを脅して金品を強請ろうとしているのだ。
すべての魔導刻印を済ませて帰還しなければ、御山入りを完遂したことにはならない。この点をついて仕掛けてきたのだ。
不良たちは棍棒を振り回して大声で怒鳴った。修練生たちは怯えて祠に近づくことができず、その場で立ち往生することになってしまった。
「頼むからそこを空けてくれ、このままじゃ失格だ!」
「失格でええじゃろが。俺らにゃ関係ねェ」
「こんな場所に金なんて持ってきてるわけないだろ!」
「金ねェ奴に用はねェ、ぶっ殺すぞ!」
このようなありさまで膠着が続いていた。
人間社会から隔絶された秘境にわざわざ金品を持ってくるような馬鹿はいないだろうと、誰もが思っていたら一人いた。
「金ならここにあるぞ!」
そう叫んで前に進み出たのは、実家が大金持ちの修練生、ネカッチモであった。
ゴテゴテした装飾だらけの金ピカ装束に身を包んだネカッチモは、従者のような取り巻きの修練生たちに輿で担がれての登場だった。
「あいつ、ここまでずっと乗り物でやってきたのかよ」
「どうせ金で雇ったのよ。なんて恥知らずな……」
「悪趣味な服……」
まわりの修練生たちが口々に悪態をついていたが、ネカッチモは意に介していなかった。
乗り物の上からじっとりとした目で不良たちを見下ろし、「いくらだ?」と問いかけた。
「全部じゃ」
「なにぃ?」
「てめェの有り金ぜんぶだって言っとんじゃ、このドアホ」
「なんだと! 下賤のクズめ……」
「は? 殺されたいんか? このテカテカ野郎」
「くっ……。仕方ない」
ネカッチモは所持品から金貨宝石の入った小箱を取り出し、これみよがしに高く掲げる。
そのやりとりを見た周囲の修練生たちから一斉にブーイングがおきた。浴びせられる罵詈雑言でイライラが限界に達したネカッチモは叫んだ。
「うるさい! 金で解決して何が悪い!」
「この魔力至上主義の脳筋ども! おまえらが俺様の陰口ついてんの知ってんだぞ!」
「おまえらこそ指くわえて見てるだけで何もできてねーだろうが! この無能どもが!」
「これを見ろ! 金こそ力! 金が人を動かす! 世界を動かすのは金なんだよ!」
彼の血眼の剣幕に圧され、修練生たちは口を閉ざした。
ネカッチモは輿を降りて、金品を不良たちに直接手渡した。これで取引成立、かのように見えた。
「おいボンボン、脱げ」
「なにぃ?」
「その趣味の悪いキンキラキンの服と靴じゃ。指輪もな。金になるもんは全部おいてけ」
「ふざけるな! こんな野盗まがいのことして、ただで済むと思ってんのか!」
不良たちはゲラゲラ笑い出した。
「野盗だってよ」
「俺ら野盗よ? なにを言ってるの?」
「ほら、金で人動かすんじゃろ? 動かしてみいや」
「くっ……」
「早よ脱げや」
ネカッチモはあきらめて服と靴を脱ぎはじめた。厳重に警戒された祠に導かれる。
そこに不良の一人が追い討ちを掛けるようにいった。
「それから、この取引はお前一人分な。後ろの荷物持ちクンたちの分は、別だから」
「なにぃ? それでは……」
「ネ、ネカッチモさん! 俺ら金持ってません……!」
輿を担いでた修練生たちの顔が絶望に染まってゆく。
「ありゃりゃ、乗り物までのうなってしもうたのう」
「ボンボンもこれでスカンピンじゃ」
「まぁ、お前は歩いて、来た道帰ればええんちゃう?」
ネカッチモの裸足を見て、不良たちはゲラゲラ笑った。
「くうっ……こいつら……」
まさにネカッチモは不良たちに足元を見られていた。奴らは最初からネカッチモをもてあそんでいたのだ。
彼は肩をわななかせ、屈辱に唇を噛みしめていた。もはや握りしめた拳だけが、彼のささやかな抵抗の意志をあらわしていた。
「お? 悔しいねー、交渉決裂?」
「おっ、おっ? やるの? ころしてみる?」
「どうする? どうする? どうするー?」
今やネカッチモは後悔と恐怖に体を震わせていた。
錬金術で金が作れると聞いて、親を説得して魔導学院の門を叩いた。魔力の才能など無かったが、金を積んだら裏口入学は簡単だった。
友人も忠誠も金で買えた。成績も栄誉も将来の栄達も金で買える。そこに金の力を疑う余地などない。そんな風に考えていたのに。
(チキショー!)
ネカッチモはぶるぶると手を震わせ、魔導刻印の水晶に手を伸ばした。そうするしかなかったのだ。生き残るためには。
「こいつダセェ」
不良の冷めた一言でネカッチモの両目から涙があふれた。そのときである。
「「そこまでだ!」」
高らかな叫び声が陰鬱な空気を一瞬で引き裂いた。
騒然とする修練生の集団の中から、二つの影が現れた。
「ククッ。見ろよ兄貴、猿が高いところに登って喚いてるぜ」
「フフッ。空気が薄いからおつむがバカになっちまってるようだな、弟よ」
「なんだァ? てめぇらは……」
「「我ら、ガチムチ十頭身ブラザーズ!」」
不良グループに対峙する二人の男、それはクラス内でも指折りの実力派攻勢魔導士であった。
「やったァー! ライゴ・タイゴ兄弟が来てくれたァ!」
恵まれた体格と並はずれた筋肉を持つこの兄弟は、人呼んで、
《ガチムチ十頭身ブラザーズ》!!!!
兄のライゴと弟のタイゴ、それぞれが獅子と虎を模した「キグルミ」と呼ばれる特注品のマッスルスーツを着用している。
体形にフィットしたピチピチのキグルミは、身体機能を高め、戦闘力を向上させる効果があるのだ。
しかし、彼らの最大の武器は、若干12歳とは思えない脅威的な十頭身の肉体である。
ライゴ・タイゴ兄弟は己の肉体を武器とする肉弾魔導士なのだ!
「変態が来おったぞ」
兄弟はポージングを決めながら不良たちを煽った。
「エテ公の頭を叩けばどんな音がするんだろうな、弟よ」
「きっと中身空っぽの音だぜ。楽しみだな兄貴!」
一般の修練生たちの間でにわかに応援の歓声が上がった。
「兄弟がきてくれたから、もう安心だ!」
「やっちまえー! ガチムチ十頭身ブラザーズ!」
「ありえないデカさ!」
「この瞬間のために仕上げてきてるゥ!」
「ガーチブラ!」「ガーチブラ!」「ガーチブラ!」「ガーチブラ!」
ヒーローの登場で場の空気が一変し、膠着していた均衡が崩れる。
これは不良たちにとって望まぬ傾向であった。彼らにとって一番の不都合はメンツを潰されることだからだ。
「だまれや雑魚がァ!!」
不良のリーダー、グリエンの咆哮で修練生たちの声援は瞬時に消しとんだ。
「しゃしゃり出おってこの変態野郎が、ブッとばすぞコラァ!」
「やっちまおうぜ!」
「おう、公開処刑じゃあ!」
不良たちが猛然と飛び出す。
「喚くだけがとりえのエテ公め! 行くぞ、タイゴ!」
「おおっ!」
「マッスルに忠誠を!」
「マッチョに勝利を!」
ガチムチ十頭身ブラザーズもズドォーンと飛び出した。
不良グループ 対 ガチムチ十頭身ブラザーズ。
こうして両グループは激突した。修練生同士の戦いである。
「死ねェ、露津訓老留!」
土使いザッツの足元から浮遊した石つぶてが、ライゴ・タイゴ兄弟を襲う!
「甘いッ! うなれせり出すバルクのパンチ! マッチョライオン・タックル!」
「ぐわーッ」
ザッツの石つぶての雨をものともせず、ライゴの体当たりが炸裂、ザッツの体は吹っ飛んだ。
「こいつ、パンチ言いながらタックルしよった!」
「くらいやがれ、不亜伊矢巣塔夢!」
炎使いリーバーの手から放たれた火炎の帯が、タイゴを捉える。しかしタイゴの姿はそこにはなかった。
「どこを見ている! くらえはみ出すバルクのキック! マッチョタイガー・プレス!」
「ぐえーッ」
空から襲いかかるタイゴのボディプレスが直撃、リーバーの体も吹っ飛ぶ。
「おンどれ卑怯やぞ、キック言いよったくせに体当たりか!」
「俺たちの肉体魔術に勝てるものなしッ!」
ガチムチ兄弟、優越のポージングが決まった。
「ブチ殺すぞ肉団子がッ!」
風使いグリエンが突っ込む。
「「うおおおおおおっ!」」
ナユラ山は一瞬にして戦場と化した。
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