壊れタ平穏
どうにも最初は気持ち悪くて仕方が無かった両親の優しい笑顔も。
喧嘩の無い日常も。
まぁ、負の感情が撒き散らされないほうが良いに決まっていて。
こうした日常にも慣れてきた。
ただし、なんだろう。
確かに優しくなった。確かに喧嘩も無くなった。
茶碗も壁に叩きつけられ欠片を飛び散らさないし、まな板を包丁が叩く音がやたら跋扈しない。
それはいい、いいのだが。
両親から感情が感じられない、そんな気がする。
何故だろう。
こんなにも優しく話しかけてくるのに。
こうしてちゃんと会話をして、言葉が綺麗に帰ってくるのに。
……どうやら疲れているようだ。
こうした異常ともいえる正常に、やはり慣れていないだけなのかもしれない。
「行ってきます。」
そうした朝の挨拶にも、母はちゃんと返してくれるのだ。
「行ってらっしゃい。」
家に平穏は訪れた。
だが、それは家の中だけに限ることで。
学校と言う閉鎖空間の中では、やはり安息の地は訪れなかった。
……かに、思われた。
「ちょっと? かすみに対して何かうらみでもあるのかしら?」
私がクラスに入るやいなや、なにやら小さな騒動が起こっていた。
見れば私の机の前で……、えぇっと。
杵島きりえといっただろうか。
まぁいつも私を親の仇のごとく、執拗に嫌がらせを仕掛けてくるやつだ。
五月と言うのに、どうも親しみのもてないクラスメートの名前などうろ覚えだ。
まぁ、そいつが……、あぁ油性マジックか。
それでノートだか机だかに落書きでもしてやろうというのであろう。
そんな彼女を、先日知り合ったばかりの転校生のかなたが止めに入っているのだ。
「っせぇな。関係ねぇだろ。」
「あるわ。見てて気分が悪いもの。」
きりえ、だったか。
彼女はかなたをひとしきりにらむ。
かなたはそれを意に介さぬがごとく、感情の篭らぬ冷たい目で返す。
まるで永遠にも感じられる数秒。
先に根負けしたのはきりえの方だった。
「チッ!」
これみよがしに舌打ちをすると、行儀悪く自分の席へと戻っていった。
一連の騒動が終結したと判断した私は、そのままかなたの方へ向かう。
「いいのに……。」
「貴女はよくても、私はよくないの。」
氷のような表情だった彼女は、それまでと打って変わってくすりと笑う。
先ほどまでとはまるで対応そのものが違っていた。
「私にばっかり構っていると、浮くよ?」
「良いんじゃないかしら?
それで浮く程度の仲間なんて最初から要らないもの。」
話はそれまで、と言わんばかりにかなたはその場から去り、自分の席に戻る。
明らかに。
私の日常は変わりつつあった。