上村かナた
「あら、かすみちゃん。今日は早いのね。」
……どういうことなのだろう。
朝の食卓、母が優しげに私へ話しかける。
「よく食ってから学校に行けよ。
ダイエットもいいが、体調崩したらなんにもならんからな。」
新聞を広げてコーヒーを一啜り。
父はにこやかにそう言った。
おかしい。
朝の怒号が無い。
いや、怒号自体が無い日もあるにはある、だが殺伐とした空気はけして消えない。
それがこれはどうしたことか。
一般家庭にあるような、中のいい中年夫婦がそこにいるではないか。
……吐き気がする。
これは私の家族ではない、そう本能が告げる。
まるで作り物のように。
私が求めてやまなかった理想が、不自然にそこにある。
「転校生を紹介する。」
家がそうであったから。
だから学校も変わったのかとも思ったりはしたが、そうでもなかった。
ここでの扱いは変わらなかった。
いつものように無視され。
いつものように何人かに目をつけられ嫌がらせを受けた。
「上村かなたです。よろしく。」
ふと私はつまらなさそうに紹介された転校生を見た。
黒髪の美少女は、その髪を腰まで伸ばし。
スレンダーな姿とあいまって、モデルや芸能人といっても通るだろう。
切れ長の目とどこか影のある美貌は、小さく私の心を刺激する。
どこかで、見たような気がする。
「あーっと、上村は……
あぁ、嘉村の隣が空いてるな。そこに座れ。」
転校生は会釈すると、ゆっくりとこちらに歩みを進める。
体軸はぶれず、足の動きも一直線。
歩みだけで美しさを感じさせる。
「嘉村さん、だっけ?
これからよろしくね。」
「あ、はい、よろしく……。」
いきなり話しかけられたため、私はたどたどしく返事してしまった。
綺麗な人だな、と思う。
だけど、どこか、うそのある美だと思った。
それが何かは説明できないけど。
……そういえば、上村さんの座ってる席、前に誰かつかってなかっただろうか?
「へぇ、転校生。」
目の前の小さな少女……、いや先輩は目をキラキラさせてこちらを覗き込む。
本当に表情百面相だな、と思った。
どうやら気に入られてしまったようで、昼休みの屋上でまた遭遇したのだ。
本当に水香は物好きだと思う。
「どんな子が来たの?
やっぱりイケメン? それとも美人さん?」
「女の子。」
「美人さんだね?」
「まぁ、私はそうだと思う。」
こともなげに私はサンドイッチを一口かじった。
相手するのは面倒ではあるが、だがどうやら嫌いではない。
「やばいよ、かすみん。
この学校、美人率が増大している。」
「そうなの?」
「最低でもその転校生含めて三人いる。」
「そうなんだ?」
「転校生でしょ、あとかすみんでしょ?」
「眼科行ったほうがいいと思うよ。」
「あと何を隠そう、このあたし!」
「精神科も受診する?」
「うがあああああ!!!」
突如、水香が絶叫した。
「そこは否定しないでよ!」
「いや、だって水香って美人ってタイプじゃないでしょ?」
言ってお茶を私は口にした。
水香はぷくーと口を膨らませている。
少なくともこういう仕草するタイプが美人に思われるとは思えないのだが。
「どっちかというと、可愛いってタイプでしょ?」
「お? なんだ? あたしに惚れたか?」
「ご冗談。」
私はくすりと笑った。
うん、笑うと言う感情が蘇ってきている気がする。
水香といると、何だか私は人間に戻れているような気がする。
多分私は彼女のことを嫌いではないのだろう。
この昼休み、どうやら私は何気に気に入っているようだ。
そう思った瞬間、ガチャリと屋上の扉が開いた。
「誰かいるの?」
件の転校生が、そこにいた。