捕食螺旋
かさ……。
音がする。
かさかさ……。
とても耳障りな音がする。
その少女は耳障りな音から逃げるために全速力で走る。
どうしてこんなところに、そう少女は自問する。
答えは出ない。
気付いたらここにいた。
それでも必死の自問は止まらない。
どうして私は、深夜の学校にいるのだろう。
反響するリノリウムの床が自分がここにいることを感じさせる。
夢、それならどれだけよかったろうか。
彼女は自分の頬を既につねり、現実であることは確認している。
夢であってくれたらいいのに。
いや、夢であってくれ。
そう願わずにはいられない。
だけれども。
先ほど見たあの光景が、夢としか思えない光景が。
地面に広がる紅いプールが。
においたつ鉄のかおりが。
解体された、元は人のものであったはずの肉塊が。
そして、それを捕食する、巨大な蜘蛛たちが。
不意に逆流する胃酸が。
ここが現実であることを証明する。
そして、気付かれた。
気付かれてしまった。
少女は脱兎の如く逃げ出した。
蜘蛛たちは無論それを追いかける。
何が起こっているのか。
理解する術は無い。冷静に考える余裕も既に無い。
逃走経路など考えていない。無茶苦茶に走っていた。
だからなのか。
必然なのか。
目の前にも蜘蛛の軍団が現れた時は、選択を間違えたと少女は後悔した。
挟み撃ちにされたのだ。
ゆっくりと後ずさりするも、後ろにもやつらがいたことを思い出し止めた。
それにあわせるかのように、そいつらもゆっくりと少女に向かう。
改めてみるととても醜悪な見た目だった。
体こそ蜘蛛を巨大化させたようなものだが、頭が違う。
人の頭がさかさまについていた。
目は虚ろ。口はもごもごと絶えず動かしている。
そして捕食していたためか、顔面が血だらけだった。
少女は涙目だった。
そして抗えない運命と言うものがあるということを思い知った。
校内に響く甲高い悲鳴。
そして一人の人間が此の世から消えた。
「田中ー。」
「へーい。」
「谷岡ー。」
「はい。」
朝のホームルーム。
気だるげな生徒が教師の点呼に返事する。
いつもの作業。いつもの風景。
そうだったはずなのだが。
「速水ー。
ん? 速水?」
「先生、速水って誰っすかー?」
「せんせー、アルツハイマーには早いとおもいまーす。」
一人の茶化しでクラスに爆笑が生まれる。
ジャージ姿の教師はそれに苦笑する。
だが、はて?
速水とは誰だろうか。
出席簿には速水と言う女生徒の名前が記してあるが、このクラスに速水と言う生徒はいない。
一瞬いぶかしがるが、まぁそういうこともあるだろうと切り替えた。
ジャージ姿の教師は何気ないしぐさでペンを走らせる。
速水華香。
その生徒の欄に斜線が引かれた。