傷だらケの天使
三橋水香。
彼女は快活で、落ち着きが少し無くて。
でも、とても楽しい人で。
亡き私の姉を、少しだけだが思い出す。
「ところでさ、かすみんはどうしていつもうつむいてるのさ?」
……かすみん。
いや、呼び方はどうでもいいか。
「別に……。うつむいてるつもりは無いけど……。」
言って少しだけ口をへの字に曲げた。
別にうつむいているつもりはない。
だが、あまり目立ちたくないというのもある。
あぁ、相手に反応させないようしていると勝手にうつむくのか。
「いやさ、もったいなくてさ。」
水香は不意に私の前髪を左右に開き、私の顔をおもむろに露出させる。
「もったいないよ。こんなに綺麗なのに。
あたしとは別のタイプ。うん、綺麗綺麗。」
「や、やめてよ……」
少しだけ顔を赤らめたが、すぐに手を払い顔をそらす。
こういうのは苦手。
「あまり、目立ってもいいことないし。」
「……今でも結構目立ってるとおもうよ?」
水香はにやっと笑みを浮かべた。
「そのでっかい身長に、すっごい綺麗で腰まで伸びた黒髪。
少しだけ覗かせるきれーな顔。ズルイなぁ。モデルみたいじゃん。」
……後半流すと貞子とかお岩さんあたりを思い出すのは気のせいだろうか。
「……それでも、あまり目立ちたくないからさ。
目立つとさ、目をつけられるの。
だったら、私はもう少し日陰者のほうがいい。」
「……いじめられてるの?」
「関係ないよ。」
きーんこーんかーんこーん。
チャイムの音だ。もう昼休みは終わりらしい。
それを聞いて水香はあわてて立ち上がる。
「やっばぁ!もう時間かぁ!
あたし、次体育なんだよね!
ごめんね、かすみん! あたし行くわ!」
そういって水香は駆けていった。
本当に台風みたいな子。
いや、先輩、か。
だけど、嫌ではない。
楽しいような、面倒くさいような。
よくわからないごちゃ混ぜの感情は、割と心地よかった。
もう通りなれた通学路。
桜並木をゆっくりと進む。
また私は帰らなくてはいけない。あの居心地の悪い家へ。
「はぁ。」
またため息だ。
居心地悪い家とはいったものの、そもそも居心地のいい場所など自分にあったろうか。
クラスに居場所は無く、これといって趣味も無い。
屋上が唯一の安らぎ……、あぁ。
今日は珍客があった。
それくらいのものだ。
公園の前を通る。
ここはT字路になっていて、見通しがとても悪い。
……最悪の思い出がここに眠る。
「いなくなってしまえばいい。」
こんな言葉を人はどれだけ相手へ向けるだろうか。
そしてそれのどれだけが現実になったのだろうか。
私の放った、たった一回のそれは現実となった。
出来の悪い私を、いつも引っ張ってってくれる姉さん。
明朗快活で頭もよく、運動神経も抜群。
誰にも自慢できる最高の姉さん。
そして彼女のあの笑顔にどれだけ救われたことか。
両親はそんな姉をひいきしていた。
出来損ないの私とは扱いがまるで違った。
いくら自慢の姉でも、幼い私の心の底には何かが溜まっていったのだろう。
……だから、いつもは口にしないそれを言葉にしてしまった。
怒った私はその場から立ち去ろうとする。
両親はそんな私をほうっておく。姉だけが私を追っていった。
怒りに心を支配された私は周りが何も見えていなかった。
そして見通しの悪いところから迫り来るそれに気付けなかった。
当時の運転していたそいつは寝不足だったのか、酔っ払っていたのか。
少なくとも前に全く注意していない状況だったという。
だが私はそれに気付けない。
姉だけがそれに気付き、愚鈍な私を突き飛ばした。
だから、姉は変わり果てた姿となった。
もう何もしてくれないし言葉も出してくれない。
最後の最後に。
たった一つの不注意ですべてが変わると言うことを教えてくれたのだ。
壁に紅い花を咲かせて。