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エテメンアンキ  作者: まりえ
日常の変化
3/8

嘉村かスみ

 スピーカーから鐘の音。

 授業が終わり昼休みの時間になった。

 クラスのみんながこれ幸いとばかりに騒がしくなる中、私は一人席を立つ。


 どうせ話せる仲間などどこにも無い。

 かえって一人になったほうが気が楽というものだ。


 私が教室を出る時、一気にこけそうになる。

 なんとかたたら踏んで体勢を立て直す。

 こうなった理由は簡単。

 意地の悪い笑みを浮かべた女子が、私にわざと足をかけてきたからだ。


「大丈夫? 具合でも悪い?」


 白々しい。

 この女……、杵島きりえ、と言ったか。

 馴染めてないクラスの者の名前など頭になかなか残らないが、確かそんな名前だ。

 私に対してむやみやたらと嫌がらせと言う名の干渉をしてくる筆頭。


 私はそれを無視して教室を出た。

 振り返りもせず出て行ったため、後ろにいるそいつがなおも意地悪い笑みを浮かべていたのか、それとも舌打ちをしていたのか私にはわからなかった。

 もとより興味も無い。



 屋上はいつも締め切りだ。学校の方針で誰も入れないようにしてある。

 入れないようにしてあるのだが、どこに鍵がおいてあるのか私は知っている。

 前に偶然見つけ、以来たびたび使わせてもらっている。


 このとおり、消火器の下に小さな鍵が一つ眠っているのだ。

 わりとおざなりな隠し方だが、まぁ効果はあるのだろう。

 私以外屋上を使っている者は見たことが無い。


 鍵を開け屋上に出る。

 とたん、気持ちいい風が私の髪をさらう。

 ここで今日初めて私は心が安らいだ気がした。


 私はここで軽い昼ごはん。これもいつものこと。

 こうした孤独の時間が何よりも私を癒してくれる。


 ……。

 いつからこうなんだろう。


 昔、かなり昔には私にも理解者はいた。

 今はもういない。

 誰よりも、何よりも大切な人がいた。

 もう帰ってくることは無い。


「はぁ……。」


 これで今日何度目のため息だろうか。

 沈鬱な気持ちはこれから晴れることはあるのだろうか。

 今も昔も私は自分のことでいっぱいいっぱいだった。


 そう、私は自分のことだけでもう頭がうまっている。

 だから。

 その珍客に気付けなかった。


「……先客さん?」


 壁にもたれかかって座っていた私は、ぎょろりとした目をして声のしたほうを向く。

 ……まさかここまで人が来るとは思わなかった。

 鍵がかかっていることは校内の全員が知ることだと言うのに、わざわざ足を踏み入れる者がいるとは思わなかった。


 私は力無い顔をして闖入者の姿を見た。

 …………?


「中学生?」

「なんでさ! 身長だけで判断したでしょ!?

 ここ高校でしょ!? なんで中学生が入ってくるのさ!」


 騒がしい子だ。

 見た目は本当に中学生にしか見えない。

 身長は、多分140の後半も言ってないのではないだろうか。

 きりっとした目つき、くるくる変わる表情。肩まで伸びた髪。

 かしましいというより、やかましいという表現が合う子だ。


「……お姉さん、三年生?」

「一年。」

「……うげ。

 あたし二年……。」

「センパイですね。」

「うん……。」


 少なからず身長にコンプレックスをもっているのか。

 私の学年を聞いて見るからに落ち込むセンパイ。

 確かにこの人からは見た目にも態度にも威厳と言うものを感じない。


「ここ、気持ちいいよね。」


 軽く先ほどの話を流すと、彼女は周りと見渡した。

 風が彼女の髪をすいて、それはとてもあたたかく美しく目に映った。

 見た目も美人と言うより可愛い系に入るので、こうした陽のイメージがよく似合う。

 私とは真逆だ。


「あたしもさ、時々ここに侵入しているのさ。

 ここ、気持ちいいじゃん? まさか先客がいるとは思わなかったけど。」

「わた、私はいつもここでお昼ご飯食べてます……。」


 あまり人と会話しないせいか、声がうまく出せなかった。

 だが彼女はそれを意に介することなく言葉を続ける。


「じゃあ今まで入れ違いになってたのかな?

 っていうか敬語やめよ? あたしもなんかしっくりこない。」

「いいの?」

「そっちのがあたしはいいな。」


 言ってにっこり笑う。

 多分私が男子だったらこれで落とされたのかもしれない。

 それほど可愛らしく、そして優しい笑みだった。


 センパイは明るい。

 多分友達も多くいるだろうし、クラスになじめているだろう。

 暗い私も嫌悪感を抱かずにこうして付き合うことができるのだ。


「あたしね、二年B組、三橋水香。

 あなたは?」

「私は……、嘉村かすみ。」



 思えば。

 この出会いから、私の運命は少しずつ変わって言ったのかもしれない。

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