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奴隷少年の建国譚  作者: にひけそい
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第五話 最後の障害


 銃声が鳴り止んだころには、昇降機内に硝煙と粉塵が蔓延しており、中を見通す事は叶わなかった。

 指揮官の一人がいつでも銃撃を再開できるよう指示を出す。

 だが、視界が晴れた時、昇降機の中には何も残っていなかった。

 血の跡はあるが、肉片の一つすらない。

 不思議に思った数人の看守が慎重に中に入った瞬間、彼らの頭上から声が聞こえてくる。


 「全く、奴隷と善良な市民に随分な歓迎だ」

 「ッ、上だ!」


 咄嗟に一人の看守が指示を出すが、一歩遅い。

 四人それぞれの首と手足にセーダの投げた針が突き刺さり、彼らは糸の切れた人形のように倒れた。


 「セーダ、善良な市民とは誰の事だ?」

 「私の事だよ」

 「そうか・・・」

 

 天井に張り付くようにして銃撃を回避したアルス達は飛び降りると、一気に飛び出す。

 指揮官を含めた看守の数は八人、戦場全体を把握したアルスは指揮官へと一直線に向かう。

 

 「セーダ!」

 「分かってるよ」


 アルスの道を妨げる二人へセーダの針が襲いかかる。何の打ち合わせもしてなければ、具体的な指示もないというのに、彼女は完璧にアルスのやりたい事を理解しているのだ。

 その事に僅かな不快さと、なんとも言えない心地良さを覚えながら足を動かす。


 「クソガキが!」

 

 銃を構えた相手に対し、アルスは何の武器も持たずに突っ込む。

 銃は、地下で撃ち、一発も狙い通りに当たらなかった時から自分に銃は合わないと思い、昇降機に乗る段階で手放した。

 それまで手元の銃に割いていた意識で、今度は敵の全体をよく見る。銃の照準、腕の位置、引き金に掛かる指。

 それら全てを完璧に把握し、予測通りに放たれた放たれた弾丸を避ける。


 「何故当たらん!」


 滅茶苦茶に放たれた弾丸を躱しながら一気に距離を詰め、敵の鳩尾に肘鉄を叩き込む。

 ただの肘鉄では無い、走った勢いを完全に乗せた上に、敵が呼吸を吐き切った瞬間を狙った最も効果的な一撃だ。

 呻く事すら出来ずに男性は意識を失う。

 そして、圧倒的な体格差がありながらも、相手を一撃で沈めたアルスを見て、アカツキが呟く。

 

 「そうだ、それでいい」

 

 アカツキの周囲には両手両足の腱を切られて倒れた看守が二人おり、他のメンバーもそれぞれの方法で看守を制圧していた。


 「アルス、さっさと出るぞ」

 「まあ、待て。流石にこれだけの事をやっておいて、増援がこれだけとは考え辛い」

 

 言いながら、バレないよう窓の外を確認すれば辺りを憲兵隊の制服を着込んだ連中が囲んでいる。


 「もし出るとしたら少なくとも中央区から出るまでは逃亡する必要がある。つーことで、土地勘の無い奴は手を挙げて」


 手を挙げたのはセーダとソフィアだった。

 

 「ソフィアはともかくとして、セーダ、お前は嘘だろう」

 「いや、私はこの国の人間では無いからね。今回の件は・・・まあ、色々な手引きもあったからこそ出来たんだ」

 

 疑いの目を向けるが、二人の間に完全服従の『聖約』がある以上、セーダはアルスに対して嘘をつけない。

 

 「分かった。なら、2チームに分けよう。俺自身が言うのも何だが、四人で行動する際に俺は足を引っ張る」


 アルスは四人の中で、身体能力において最も劣っている。アルスに移動速度を合わせて全員が捕まる事は避けねばならない。


 「チームは俺とセーダ、アカツキとソフィアで良いか?」

 「俺っちは構わないぜ」

 「私もだ」


 セーダは黙ったままだったが、軽く頷いたのが視界の端に見える。


 「よし、じゃあ市街区四番町の噴水に集合にしよう。アカツキ、場所は?」

 「ああ、問題無い。順番はどうする?」

 「そこは同時でいいだろう。時間差で行く意味も薄いしな」


 言いながらアルスは倒した看守のサーベルと銃を奪う。


 「銃はやめたんじゃ無いのかい?」

 「やめたよ、だから、囮として使う」

 「・・・ああ、なるほど。オーケー、それが合図だな」

 

 頷き、巡回の憲兵が居なくなったのを見計らって銃を窓に向かって投げつける。

 けたたましい音を立てて割れる窓ガラス、憲兵等の間にざわめきが広がったのを確認してから、逆方向の窓を音を立てないように、飛び出す。

 外は既に真っ暗で、外灯が無ければ先を見通せないその闇は、逃げるにはもってこいだ。


 「憲兵隊の練度の低さはいつも変わらんな」

 「全くだ、じゃあ、後で会おう」

 「ああ」


 お互いに軽口を叩き合って別れる。

 中央区から出るルートは五つ、東西南北に設置された巨大な門と、フィアス帝国全土に広がる下水道だ。

 だが、下水道は余りにも広大な上にその全貌をアルスですら把握しきれていない。狙うとしたら門しかない。


 「セーダ、俺達は東門から行こう」

 「良いけど、考えを聞かせて貰っても?」

 「南は最短距離を取れない、北には最強の門番が居る。西は恐らく、アカツキ達が向かう、他に説明はいるか?」

 「十分」


 話す間も足は止めない。

 頭の中の地図を頼りにどんどんと進んで行くと、角を曲がった瞬間、憲兵と視線が合った。


 「貴様らッ・・・」

 「ッ」


 咄嗟に戦闘体勢へと入る。だが、アルスが何かをするよりも速くセーダの針が憲兵に突き刺さった。


 「戦闘は私に任せてくれていいよ」

 「・・・そうさせてもらおう」


 釈然としない思いはあったが、今は効率を優先するべきだと自分を納得させてアルスは再び走り出した。

 

 東門へ辿り着くと、そこには無数の憲兵が待ち構えていた。

 物陰に身を潜めて様子を伺う。


 「これは厳しいね、どうする?」

 

 顔を覗かせたセーダが呟く。

 

 「いや、正門は使わん。昔使われていた工事用の地下通路があるから、そっちから行く」

 「そっちにも人がいる可能性は?」

 「ほとんど無い、何しろ一度埋め立てられているからな」

 「埋め立てられた?」

 「工事が終わった際にな。だが、手抜き工事だから、実際には入り口部分を隠してあるだけ、位置さえ分かれば直ぐに使える」

 「成る程、分かったよ」


 アルスの先導で向かったのは大きな屋敷の庭だった。音もなく鉄柵を乗り越えて忍び込む。

 小さな森のようになっている庭には、いくつかの木にアルスしか分からないように傷が付けられており、それを辿っていく。


 「ここだ、昼間によく見るとほんの少しだけ土の色が違うのが分かる。ま、今はどうでもいいが」


 なぞるように地面に手を当てる。探すのは僅かに断面がズレてる場所、足では分からないが、直接触れば何とか分かる程度、そこを持ち上げる。

 

 「よっ」


 すると、土塊を落としながらまるで跳ね橋のように大地がめくれた。

 真っ暗な空洞からは空気が漏れており、確かに道が続いているのが分かる。


 「俺が先に入る。セーダは後をついてきてくれ」


 中に入ると、外とは一転して湿った冷たい空気で満たされていた。

 壁面に手をやって、触れたランプの摘みを捻る。


 「・・・意外と広いんだね」

 

 セーダが呟く。

 火精霊の力を借りるランプは、通常では届かない距離まで光を届かせ、例え水の中であろうと火を灯す。

 柔らかな光で地下通路の全容が露わになると、その出口部分に一人の男性が立っているのが見えた。


 「・・・成る程、そういえばお前もこの道を知っていたな」

 

 アルス達が近くと、その姿がはっきりと見てとれるようになる。

 全身を包む藍色の鎧、右手ごと鎖で固定された巨大にして重厚な大戦斧、右眼に刻まれた深い傷とオールバックの白髪。

 老人であるというのに、それを一切感じさせない鋭い威圧感を放つ彼は、この国における英雄の一人だ。


 「お久しぶりです、アルス様」


 慇懃に頭を下げる所作が随分と様になっている。それもそのはず、彼は戦士であると同時に、一流の執事でもあったのだから。


 「私が貴方様の付き人であった頃から随分と成長なされた様子で」

 「「ッ!」」

 

 昔を懐かしむように男性が頭上を仰いだ瞬間、二人は動いた。

 しかし、セーダの放った針を彼は喋りながら指で止めてみせた。アルスの方も踏み込んでサーベルを振るが、刃先を指で掴まれただけで、まるで剣がその場に固定されたかのように動かせなくなってしまう。


 「私としては、貴方様には逃げてもらいたい。ですが、王家の命令に背くわけにはいかない。という事で」

 「うお!?」

 「ッ!」


 サーベルを、握ったアルスごとセーダに向かって男性が投げつける。セーダがアルスを受け止めた瞬間、男性の目の前で巨大な爆発が起きた。

 二人がその余波で吹き飛ばされると、男性は最初の位置から動かないままで告げた。


 「憲兵隊の連中がここに来るまでに、このグスタフをこの場より一歩でも動かしてみてください。そうすれば、この場はあなた方を見逃しましょう」



 

 


 

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