第三話 増えてく仲間
アルスにとって直感は生まれた時から備わっていた六つ目の感覚だった。
何となく食べる気にならなかった昼飯には毒が混入していた、怪しいと思った人物は父親を狙った暗殺者だった。
アルスの直感は何故か確実に当たる。
そして、この行為もまた直感だった。
この声の主が自分にとって必要なものになるだろうという直感。
だから、開けられたままの牢屋に足を踏み入れ、拘束具に縛られた少女の間合いにまで足を踏み込み、少女に襲い掛かられたその瞬間にすらアルスは薄く笑みを浮かべていた。
「アルスッ!」
焦ったようなアカツキの声、しかし、当のアルスは穏やかな声で、目の前の少女に向けて言った。
「落ち着け、俺はお前の敵じゃない」
ピタリ、と。
少女の腕がアルスに触れる寸前で止まる。
風圧で髪が浮き上がるのを感じながら、アルスは少女に尋ね返した。
「さて、今度は俺が聞こう。お前の名は何という」
真っ直ぐに蒼炎の瞳を見つめる。
目の前の少女は獣だ、眼を逸らせばその場で殺しに来る。よしんば、それを回避できたとしても二度と信用はして貰えない。
恐ろしい程の威圧感を目の前にしたまま、永遠とも思える数秒が経過したところでようやく、唸るように少女が呟いた。
「・・・ソフィアだ」
掠れた、ボロボロの痛々しい声色。一体、目の前の少女はどれほどの苦痛を強いられてきたのだろうか。
とはいえ、今、それは重要な事ではない。
すぐに思考を切り替えてアルスは続ける。
「よし、これでお互いに知り合いだな。さて、ソフィア、悪いが、あまり時間が無い。率直に言わせてもらうが、俺達はこれから脱獄する、お前も一緒に来る気はあるか?」
アルスの言葉に彼女は驚いたように目を開くが、すぐに胡散臭い物を見る目に変わる。
「私の拘束具が見えてないのか?それとも何だ、これの鍵でもあるのか?」
そう言って拘束具を見せつける少女に対し、アルスは不思議そうな顔で聞き返す。
「面白い事を言う。俺の目が節穴で無ければ、お前はその拘束の破る方法を知っている筈だが?」
「ッ、お前、まさか!」
「さあ、もう一度聞こう。俺達と一緒に脱獄する気はあるか?」
☆
仲間を増やし、再び一行は看守棟を目指す。
ソフィアのおかげで獣達は最早敵ではない。殆どノーストップで、中央区画まで辿り着くことが出来る。
道中、アカツキが感心したように言う。
「まさか、嬢ちゃんが月狼族だったとはな。アルスはいつから気付いてたんだ?」
「声一つで獣共を撤退させた時から、ただの人間では無いと思っていた」
月狼族は同族ですら集落単位以上での付き合いを行わない特殊な種族だ。加えて言えば、彼らは2〜3人でしか狩りを行わないが、そのワンユニットのみで大国の一個師団並の戦力を持つと言われるほど、個々人が強い。
「しかし、月狼族の雄叫びはドラゴンすら怯ませると言うが、呟きであろうとその本質は変わらないのか。面白いな」
「ふん」
ソフィアの方に話題を振るが、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませたままでアルスの方を向きもしない。
原因は彼女が拘束具を破った時に行ったとある行為なのだが。
「あれは悪かったと思うが、あれ以外に方法が無かったのも事実だろう?」
「・・・お前からすれば方法の一つだろうが、月狼族にとっては生涯でただ一人、忠誠を誓う相手にしか行わない儀式だ。実際、私はもうお前以外にあれをやれなくなっているんだぞ」
「別に俺に忠誠は誓わなくとも力自体は使えるのだろう?問題は無いように思えるが?」
「私達はお前ら人間みたいに、足軽?では無いんだ。形だけの誓いでは力を出せない」
「ほう、面白いな。後で詳しく聞かせてくれ。それと、足軽じゃなくて尻軽だ。それより、そろそろ着くぞ」
看守棟は一本の柱のような形をした三階建ての建物だ。
三階内部の壁面にある螺旋階段を登って地上に出ることが出来るのだが、普段は常勤の看守が各階に十人以上いる上、完全装備の武官が複数人巡回している為、脱獄など不可能だが。
「門番は居ない、一気に行くぞ!」
遥か彼方まで見通せるその視力で看守棟前を確認したソフィアが言うと同時にアカツキが飛び出した。
「アルス、止まんなよ」
呟き、彼は鉄製のカットラスで同じく鉄製である筈の柵をいとも容易く斬ると、そのままの勢いで突っ込み、看守棟の扉を石の壁ごと斬り裂く。
「な、何事だ!?」
一階には何の武装もしていない看守が一人しか居なかった。即座に周囲の状況を把握してアルスはセーフティを外しながら銃を構え、二度引き金を引く。
「チッ」
狙ったのは太腿と、机の上に乗せられた大型の通信魔法用の機械だったが、一発は男性の足元に外れ、もう一発は機械の端を掠めただけだった。
だが、彼に隙を作れれば十分だ、男性の金的に膝蹴りをかまして組み伏せる。
「余計な事はするなよ」
こめかみに銃口を押し付けるが、悶えている男性は暫く何もできそうに無い。
「二人とも、他の通信機を!」
二人に指示を出すが、二人からの返事が無い。危険を承知の上でアカツキの方に視線をやると、彼は困ったような顔で首を傾げていた。
「俺っちは機械に詳しい訳じゃねえんだけど、これってもうぶっ壊れてるよな?」
「・・・こっちに見えるようにして貰ってもいいか?」
アカツキが見せた機械は、確かに既に半壊状態でどう見ても使い物にはならなそうだ。
ソフィアの方も見てみるが、どうやら彼女の方も同じらしい。
アルスもまた、男性に銃口を向けたまま立ち上がり、先ほど狙った通信機をよく見てみるが、それも壊れていた。
「・・・確か、侵入者がいるとか言っていたな。もしかしなくても、例の侵入者殿が全て壊しておいてくれたか?」
アカツキとソフィアに向けて呟く。
しかし、答えたのはどちらでもなかった。
「その通りでございます」
咄嗟に声の方に銃を向ける。居たのは白と黒を基調にした従者服の女性だった。
余りにも場違いなその姿にアルスは困惑したように呟く。
「・・・メイド?」