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奴隷少年の建国譚  作者: にひけそい
3/6

第二話 傷ついた獣


 カルト・フルストフは苛立っていた。

 ようやく取り付けた女性との食事会を、今回の侵入者事件で潰された為だ。

 ダラダラと自分の部屋に戻っていく労働奴隷達を見ていると、自分はこんな事のために呼び出されたのかというやり場のない怒りが頭を支配し始めるが、流石にそれで仕事を放棄するわけにもいかない。

 とはいえ、仕事を真面目にするかと言われればまた違う。

 一応、第一区画の方で暴動が起きているのは知っていたが、そもそも今日は働く必要の無い日だったのだから、手早く仕事を終わらせて救援に向かう必要など無いと、勝手に自分の中で納得して、奴隷達を急かす事も無く、漫然と仕事をこなす。

 だが、そういう時に限って面倒ごとというのは起きるものでーー。


 「看守さん、この子が動かねえんだ。どうすりゃ良い?」

 

 カルトに声をかけてきたのは老人と小さな子供だった。痩せ細った老人と、老人におぶられた老人より更に痩せた少年。

 老人の方は知らないが、もう一人は有名人だ。


 アルス・フィアス。


 大戦犯の息子でありながら、王城に住まわせて貰っていたにも関わらず、王妃であるアスヒリアに無礼な口を聞いたとかで奴隷に落とされた。

 ここに来る前から随分酷い怪我をしており、栄養状態も良くなかったという噂を聞いてはいたが、カルトが実物を目にしたのは初めてだ。


 「ああ?ちょっと待ってろ」


 通常は死んだら適当な所にまとめて置いておいて、後で焼却するのだが、アルスは同じように扱って良いのか分からない。

 指示を仰ぐ為に通信魔法で本部に連絡するが、本部連中も暴動の鎮圧に駆り出されてるのか、中々連絡がつかない。

 

 「チッ、こっちは休日に呼び出されてんだぞ」


 舌打ちしつつ、通信魔法を切る。

 取り敢えずは死んでいるかどうか確認をしなければならない。

 

 「おい、そいつが死んでいるか確認しろ」

 「俺っちがですか?」

 「そうだ、早くしろ」

 

 緩慢な動作で老人が少年の心臓に耳を当てる。

 

 「うーん、聞こえてるような、聞こえていないような?」

 「なら、瞳孔を見れば良いだろう」

 「ドウコウ?そりゃ何ですかい?」

 「これだから学の無い奴隷は・・・もう良い、俺が確認してやる」


 しゃがみ込んでカルトが少年の顔に手を伸ばした瞬間、少年の目が見開き、カルトの右目に少年の指が突き刺さった。


 「ッ、ギャアア!!」


 余りの激痛に加え、突然の出来事に理解が追いつかない。

 カルトはのたうちまわるが、先程とは打って変わって俊敏な動きで老人が彼の身体を地面に転がし、それと同時に少年の膝がカルトの鳩尾に叩き込まれた事で、カルトの意識は闇に落ちた。




 「よし、行くぞ」

 「おうともさ」


 看守を無力化したアルス達は労働区唯一の出口、中央看守棟を目指して走る。

 だが、労働区における敵は看守ばかりでは無い。

 道中襲い来る獄中犬らを看守から奪い取ったカットラスと銃で迎撃する。


 「チッ、数が多い!」


 銃の弾は残り七発、弾を無駄には出来ない為、セーフティーを下ろした状態で鈍器として扱う。

 しかし、そもそも筋力が足りていない、獰猛な四足獣らを撃退こそ出来るが、息の根を止めるには至らない。

 そこに後ろから追いついてきたアカツキが剣を構える。


 「アルス、俺っちに任せな」


 流れるようなアカツキの剣捌き、彼が風のように駆け抜けた後に残された、手足を失った獣達は最早唸ることしか出来ない。


 「流石だな」

 「ま、これくらいは余裕さ・・・だが、やはりこの数が問題だな」


 アルス達は、先程からずっと周囲を囲まれ続けている。加えて、散発的な襲撃で上手く前に進む事も出来ず、悪戯に時間だけを消費してしまっていた。


 「時間も不味いな、暴動が鎮圧されたら終わりだ」

 「やっぱ、俺っちが前に立って無理矢理進むしか無いだろ」

 「それは看守棟に着いた後の事を考えると認められん、戦力は残しておきたい」

 「それより先に、ここで詰んだら無意味じゃないかい?」

 「くっ」


 アルスにもその程度は分かっている。

 だが、アルスは未だに十歳になるかどうかの少年でしかない。頭では分かっていても、容易く人の命を駒として使う事ができなかった。

 八方塞がりだ、と、アルスが唇を噛んだその時ーーー



 「誰だ?」



 聞こえたのは、小さな呟き。

 余りにも小さな、ともすれば風にさらわれて聞き逃してしまいそうな程に小さなそれは、しかし、その場にいた全ての生物に死のイメージを抱かせるには十分だった。

 

 「これは・・・」

 

 頬を冷や汗が伝う。

 既に獣達の姿は見えなくなっていたが、前に進む気になれなかった。

 

 「おい、アルス」

 「すまん」


 アカツキの手を振り払い、声がした方へ向かう。アルスの向かう先は、暴動の影響で誰も居ない筈の牢屋だ。

 そして、空室ばかりとなった牢屋の数々の中の一つ、唯一住人がいる牢屋の前でアルスは足を止めた。

 そこに居たのは獣のような少女だった。

 獣の毛皮のように小柄な身体を覆う乱雑に伸ばされた銀髪、憤怒に満ちた蒼炎を思わせる瞳、牢屋を彩る赤い染みは両手両足を拘束する拘束具で傷ついた手足から飛び散ったであろう血だろうか。

 警戒心剥き出しで睨んでくる少女に対し、アルスは無警戒に近寄る。


 「まずはさっきの質問に答えよう。俺はアルスという」


 そして、少女の間合いまで入り込んだ瞬間、少女が襲い掛かってきた。

 

 


 


 


 


 


 



 

 

 

 

 

 

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