拾われた竜と変わり者な主様
主様は、変わり者です。
馬鹿な私を、拾いましたし。
……こきつかいますけれど。
誰が何をしても、楽しそうに笑ってるし。
……失敗したときも意地悪く笑うけれど。
偉い人なのに、偉ぶってないし。
……けちだけれど。
主様と出会ったのは、五年前の戦争のときです。
戦場でも浮いてる私に、屈託なく話し掛けてくれました。
そのとき初めて、彼が自分の上官だと知りました。
優しい彼は、戦争が終わったときに、お前のおかげで、被害が少なかったと。よくやったって、褒めてくれました。
帰る家すらない天涯孤独の私はそれだけで、天に登るほど嬉しくて。
これから彼についていこうと決めました。
その後はもう、目が回るほど忙しく、猫の手だって必要だったので。
私も必死で頑張りました。
剣一本で生きてきた私に、文字を教え、人の生活を教えてくれた彼に報いるために。
今では、私は立派な秘書さま。
その甲斐あってか今では国は落ち着いて。
主様に、結婚の話まで、出てるそうです。
………ご存知ですか、主様。
私、じつは、人間じゃあ、無いんです。
じつは、竜なんです。
戦争で活躍できたのも、主様が褒めてくれたのも。
竜であってこそ、なんです。
竜は不憫な生き物で。
番のためだけに、生きてるんです。
知ってますか、主様。
竜は、大切な番に気づくために。逃がさないために。
番が現れると、喉の鱗が、桃色に、染まるんです。
……私は桃色が嫌いです。
グロテスクな、内臓を思わせるから。
鏡を見たとき、ゾッとしました。
嫌いな桃色が、喉にあるから。
……もう、タートルネックしか、着れないじゃあないですか。
…………主様。やはり訂正します。
竜は不憫なんかでは、ありません。
とても勝手です。同情の余地すら無い程です。
だって、ただ惚れただけで番だと言い張るなんて、おぞましいくて気色悪い。
でも、私の身体が変化して。その理由が主様なら。
どれほど倒錯的だと言われても、私は嬉しい。
・・・・・
「……なぁ。何でそんな、暑そうな格好をしてるんだ?」
主様は、邪気の無い笑顔で聞いてきた。
……この、タートルネックのことを言っているでしょうか?
私はサッと青くなります。
「……このところ、ずっとだよな。その服」
「………ッ!」
鱗が桃色に染まったのは、一週間前。
それからずっと首を隠していれば、不振に思われても仕方ないですね。
そう考えていると、ふと、主様は無表情になった。
……美しい主様から笑顔が消えると、そら恐ろしくすら感じる。
「……まさか、お前…………」
「………ッ!」
気付かれました!?
「…………恋人が、出来た、のか?」
「…………へ?」
言われたことがまるっきり的外れで、一瞬思考が停止しました。
その間に主様は何を思ったか、一気に近づいて、グイっとタートルを捲った。
「………あッ!」
「…………」
あ~あ。
バッチリ、見られてしまいました。
「……主、様……?」
主様は、フリーズしたように動かないです。
……責められるかな。
………怒られるかな。
そんなドキドキとは裏腹に私の心は、安堵していました。
何故か?
ここで振られれば、諦めがつくと思ったからです。
それにもう、竜であることを隠すのも、疲れていました。
「……成る程。……だから、隠してたのか」
「………」
「お前は、竜だったのか」
「……はい」
………ついに、バレてしまいました。
やはり、異端だと解雇されるのでしょうか
「………それで、番ができたと」
?
え?
驚くほど低い声で紡がれた言葉を、私は理解出来なかった。
「………俺から、離れていくのか」
「……!! いいえ!」
咄嗟に答えてしまった。
もしかしたら今のは、遠回しな辞職命令かもしれないのに。
でも。しかし。
主様と離れるなんて………耐えられない。
「………だよな? お前は俺から離れたり、しないよな?」
薄ら笑いを浮かべた主様は、試すような声で言った。
「じゃあ番と、別れてこい」
「………? 番では、ありません。ただ私が想っているだけです」
「………誰を」
……言うしかないか。
ここまで来たら、後は野となれ、だ。
「主様です」
………………。
シーーンと静まった。
失言だったかな。
そう思った刹那、主様の顔が真っ赤に染まった。
「…………主様?」
「ッ―――! ………お、お前なぁ……」
「………?」
真っ赤になって、あたふたする主様。
なんだか面白くて、私はぼうっと見つめる。
私は、何かおかしなことを言っただろうか?
「どうしましたか?」
「……………いやいやいや。そういう意味かはまだ分からない……いやそれにしたって無表情でそんなこと言うとか…………」
ブツブツ呟く主様。
そういう意味? とは?
でも、嫌がられてはない気がする。
ひょっとして、クピは免れた?
「……なぁ。……番ということは、俺を、し、慕ってる………ということか?」
「そうです」
「………上司として……………?」
「いいえ。男性として、です」
死まで覚悟したというのに、そこを疑われるとは心外。
渡りに船だし、もう、洗い浚い吐いてしまいましょう。
「端的に申しますと、私は主様を愛してます」
そう言った瞬間、主様が私に抱きついてきた。
逃がさない、とでも体現するような抱擁が少し苦しい。
と言うか、痛いです。
「あの、主様………?」
「ッ、待ってくれ俺は夢を味わっている………あれ、夢だよな……?」
「違います」
そこそこに足掻いているのに、全く逃げられない。
しかも、主様は心ここに在らずといったご様子だ。
……こういうときは、私がしっかりしなければ。
長年の秘書精神で、私は取り敢えず腕から抜けるべく、背伸びして主様の頬にキスをしてみた。
……いえ別に、私からするのに慣れている訳ではないですよ?
ただ、いつも主様が執拗にスキンシップをされるので、いつの間にか違和感が無くなって………。
………私は何をいっているのでしょう。
「どうです? 夢じゃないでしょう?」
「ッ!! あ、え、ああ……た、確かに………?」
「さ、もう良いでしょう。放して下さい」
「ああ……そ、うだな…………いや、待て」
「…………はい? 何です?」
そろそろ、抱かれてる肩の辺りの感覚が無くなってきたんですが。
「………これにサインしたら」
主様がごそごそ机を漁り、顔を逸らしながらわたしてきたものは………。
「婚姻届け?」
「ああ」
「……………いやいやいや。冗談にしたってあんまりですよ」
「冗談じゃない。ずっと考えていた」
「え………っと、ずっとと言うと……」
「五年前から。一目惚れだった」
今度は私が困惑する番のようだ。
………あれ? じゃあ私を教育して秘書にしたのも………
「初めから結婚するつもりだった。思いの外お前が優秀だったから、議会から了承を得るのもかなり簡単だったな」
「え………了承得てるんですか?」
「あ、いや…………一応保険というか…………無理やりするつもりは無かったし……」
「……………主様?」
「…………すまない」
はぁ………脱力、といったところでしょうか。
主様のヘタレっぷりに、呆れてものも言えません。
さらに言えば、やり方が少し卑怯です。
………私たちは両想いだったのですか。
通りで、たまに視線が生ぬるく感じた筈です。
「………結婚、してくれないか……………?」
「………………」
本当に卑怯です。それとも、素でやっているのでしょうか?
「………なぁ」
「分かりましたよ。結婚、します」
今まで見たこともないほど、嬉しそうな主様。
惚れた弱味ですかね。だらしない笑顔が、愛らしく感じます。
私はもともと、頼りがいのある主様を好きになったのですが。
まぁ良いです。
人は変化するのですから。
私ですら、幸せそうに染まっている主様の頬を見て、桃色も悪くないと思ってしまったのですから。
………なにせ、私は彼を愛しているのですからね。