予感
「爺さんや、そういえばのう、」
夕飯を食べ終え暫くするとお婆さんが口を開いた。
「さっきの話の続きなんじゃがな。その奥さんがたの話についつい聞き入ってしまって洗濯する手を止めてしまってのう、ハッとして急いで洗濯を終わらせて帰ろうとしたんじゃ。もうその時には川沿いに居たのは儂だけになっていてのう。何しろ日が傾いて薄暗くなる時間だったからのう。」
お爺さんはぼんやりとした口調で話すお婆さんをチラリと見て、促すように沈黙を保った。
「ふと川縁に目をやったら、泥まみれの、ちょうど爺さんが田んぼに行く時に背負っている籠ぐらいの大きさの丸いものが川の端に垂れた柳の枝に引っかかってぷかぷかと浮かんでいるのを見つけたんじゃよ。丸いと言っても何箇所かへこんだところがあったんで、完全な丸ではないがのう……。」
「ほう、それでどうしたんじゃ?」
お爺さんは話の結末をお婆さんの表情から読み取ることができず、ただお婆さんに問いかけることしかできなかった。
「いや、特に何をしたわけでもないんじゃがな。どうしてもそれが気になってしまってのう……。」
遠くを見つめるように心情を語るお婆さんを見て、お爺さんは提案した。
「よし、それじゃあ明日にでも二人でそれを見に行ってみようかの。どうじゃ、婆さんや。」
「いいのかい、爺さんや。もしかしたらただのゴミかもしれませんよ。」
「いいんじゃよ、そんなこと気にせんで。婆さんと川沿いを歩くのなんていつぶりかのう。楽しみじゃわい。」
その言葉に違わず、お爺さんの顔には笑顔が溢れていた。
「爺さんや、ありがとう。それじゃあ、明日の朝、早い時間に見に行ってもいいかのう?余り時間が経つとどこかに流れていってしまうかもしれんしの。」
「そうしよう。それじゃあ、今夜は明日の朝に備えて早めに寝ることとするかのう。」
その晩、お婆さんは奇妙な夢を見た。夢の中のお婆さんは15,6歳程の年頃の少女の姿をしており、激しく飛沫を上げる荒波の中を進む今にも転覆しそうな船に乗っていた。暗闇の中を雨に叩きつけられながら進むその船に見覚えは無かったが、船首に留まる大きな鳥を見て、なぜだか懐かしい気持ちに包まれた。