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前回のあらすじ
「何か」の闊歩する美しい園を、美しい子供が蹂躙。
園の中心で幸せそうに眠る赤髪の男性を発見。
それの頰にビンタをかました。
高い音が園に響く。
男性は目覚めない。
また振り上げられる右手。振り下ろされる、振り上げられる、振り下ろされる。
容赦のない平手は、彼の頬を真っ赤に染めていく。
ようやく彼が動きを見せた時には、顔色は取り返しのつかない事になっていた。
「、っ……?」
「……」
薄く瞼を持ち上げる男性。その瞬間胸倉を掴み乱暴に引き起こす子供。
その動作に、あの「何か」を屠っていた時のような優雅さはどこにも無い。
「……ひっ」
「××××××××?」
突然の事に悲鳴をあげる男性に、侵入者は容赦なく言葉を浴びせる。
けれど、その言葉は異国の言葉なのか男性には通じない。
その声は声変わり前の少年のものらしくあどけない、けれどどこか年不相応に尖った響きだった。成る程確かに、侵入者は中性的な顔立ちとはいえ身体つきはしっかりとしている。
「……?」
ぎこちなく首を傾げる男性。赤の髪と同じくらい腫れてしまった頬を押さえながら、彼は目の前の美しい少年の顔を眺めていた。
「×××× ×××××××……」
自分の言葉が通じていない事に気が付いたのか、どうしたものかと顎に手を当て思案する侵入者。
数秒、互いの困惑した視線がかち合う。
「……××××」
それを見て困りきったように眉を下げた男性が、徐に何かを呟いた。
……その瞬間、園の「何か」に似た何かが動く。先程の「何か」と全く同じ気配が吹き抜けた。
瞬間、幼さの残る瞳が驚愕に見開かれる。目の前の気の抜けた男性が、あれを操っていたのではという思考に行き当たるのにそう時間はかからなかった。
「ッ!」
凄まじい反応速度で飛びのき、警戒と共に拳を構える侵入者。
その反応に男性は「酷いなあ」と言いたげに眉を下げたまま、もう一度口を開く。
「これでどうだろう?」
「……!」
声を失う子供に、赤髪の男性は続ける。
「翻訳を頼んでみたんだけど。どうかな、通じてる?」
耳に聞こえるのはあいも変わらず意味のわからない言語。
しかし、一拍おいて。何故か声色も同じままに、その言葉の意味らしきものが頭の中に響いてくる。
「……これも、つう、じてる? あの──」
怪訝そうに自身の首を撫でながら、男性を見上げる少年。
「お、やった。何でこんなに殴られたのかとか分からないけど、まあとにかく言葉が通じてよかった」
──聞きたいことが。頼んだって、誰に?
幼く高い声は、問いに気付かなかった男性にかき消される。
まあ後で聞けばいいか。そこまで大切なことでもないか。
そう言い聞かせて、侵入者は口を開く。
「……起き、なかった。もっと早く目が覚めれば……そうは、ならなかった」
「……酷いなあ」
戸惑いを隠せないままの子供。男性の胸辺りに届くかといった小さな背丈に、視線を合わせるべく屈んで男は笑った。
この頃には口から聞こえる筈の本来の音声は消えていて、もう普段の会話と同じような感覚で言葉を交わすことが出来るようになっていた。
凄まじく便利だな、と他人事のように考える侵入者。
「所で、君は何をしに来たのかな?」
「何を? ……何も。ここに居る理由もよく分からない。ここは何処……ですか?」
「ええー」
そして侵入者は園の主人らしき男性に説明を要求する。
この少年、敬語こそ使えど、侵入者らしきしおらしさは微塵も無かった。
理不尽に暴力を振るわれてしまった男性より、いくらか堂々としていたかもしれない。
「それより何か言うことあるでしょうよ?」
「……」
ふい、と目をそらす少年。申し訳なかった、というより自分の自制が利かなかった事を恥じているような表情だ。
数秒。
「…………謝罪」
「……。うん、謝罪だね。人の顔こんなにしたら普通は謝らなきゃ駄目なんですね」
それに少年は頷くと、ばさり、と左肩に掛かるマントを後ろに払い。見惚れるような素早さで片膝をついた。
どこか不安げだった少年の雰囲気が一変する。暖かく柔らかな風が二人の頬をふわりと撫で終える頃には、少年の目つきは刃の様に鋭く、眩しく煌めいていた。
「申し訳なかった、園の主」
突然の変わり様に息を呑み、驚くと言うより処理しきれない様子の男性。
「イヤ突然畏まられても……てかそもそもここの主なんかじゃ。あーあと子供はごめんなさいとかで良いんだよ」
「ご、ゴメンナサイ……? ゴメンナサイ!」
「それでよし! 続きをどうぞ」
「……では何故ここに? 園の中心で、全てに守られる様にして寝ていたのに?」
「何でだろう、分からない。……何処なんだ、ここ? 何でここに寝てたのかとか、全然思い出せないわ」
「……」
「そんな顔で見るなよ、分からないものは仕方ないって……思わない?」
「……思、う」
「じゃあ良いじゃん、ね。詳しい事はさ。……何でここにいるのか分からないもの同士、仲良くしよう? ほら立って立って、子供に跪かれても困るよ」
様々なことをうやむやにしようとしたのか、赤髪は少年の手首を掴んでそのまま引き起こす。
「……あ、わ、はい」
男性の乱雑な引き方に、少年の腰辺りまであるポニーテールが跳ねる。しっかりと手入れされているのか、その黒い髪には天使の輪の様な模様が浮かんでいる。
「俺は巧牙、お前さんは何て名前だ?」
「……コーガ? えっと、名前……自分の……?」
困った様な顔をする少年に、赤髪の男性、巧牙が柔らかく問う。
「もしかして覚えてないとか、それとも俺には発音できないとか、そういう?」
それに少年は首を横に振る。
「いや、覚えてる……発音だって出来る……。……。……そう、クー。……クーだ、クーです、自分の名前は」
「……くう? あれのことか?」
巧牙の細い指が真上を指差した。青空、まばらな雲、それから眩しく暖かい太陽がその先に存在している。
それに少年の、空色の瞳が見開かれる。
「……は、はい! それの事、それのこと! どうして分かったんですか、コーガは魔法使いだったりするのですか!」
「魔法使い? いや、まあそうだけど……。それにしても空かあ、良い名前じゃないか。目の色と合ってて似合ってると思うよ。あとね、敬語とかむず痒いからやめ……」
「魔法使い! それはますます敬意を持って──」
「ダメ! 敬語で話す人、俺嫌いだ!」
興奮を大声で遮られた少年は、すんっと大人しくなった。
「……わか、った。普通に話すよ」
不服そうに渋々と頷く空。嬉しそうに頷く巧牙。
「うん! そうしてくれるとありがたい。……それで、だ。これからどうしようか?」
どうしようか、と言われても。ここが何なのか、今はいつなのか、それすらも分からないのに。
無言でそう非難する黒髪の少年、空。それを受け、たじろぐ赤髪の男性魔法使いこと巧牙。
出会ったばかりの二人の間に、微妙な空気が流れ始めた。
活動報告って良い文明だと思いました。(訳 投げました)