十四聖
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連合軍による魔物の殲滅、それに平行した救助活動は早くもひと段落が付いていた。建物の損壊も酷くはなく、人さえ入れればすぐにでも元の港町として機能するだろう。
しかし、その人というのが問題だ。住民の多くは殺害され、残された者たちも再起に時間が掛かるほど心に深い傷を残してしまっている。
これは為政者たちや被害者の心に寄り添える者たちが解決する事であって、究極的には他人のアイゼンたちではどうしようもできない問題だ。所詮自分たちは敵を滅して道を切り開くだけの存在、大勢を導くほどの知識も無ければ気概も無い。
……ただ、勇者を滅ぼしたいからこの戦列に加わったに過ぎないのだ。
「んで、もう一回聞くけど、西部の砦について知ってること喋れって言ってるにゃん」
「あがあああああああああああああああああっ!?」
「いや、あがー! じゃなくて」
生存者と住民や兵士の遺体が全て運び出され、魔物の死骸も処分された迎賓館の一室。恐らくオーガかトロルあたりに薙ぎ払われたのか、最早部屋として機能していないまでに破壊されたその場所で、イチカは四肢を鉄杭で貫かれることで石床に固定され、その上から溶解液を小雨のように滴り落ちてる。
「ちゃんと話してくれたら、痛みから解放して楽にしてやるにゃ」
「ひぃー……! ひぃー……!」
「ほらほら、頑張れ♪ 今なら溶解液を止めてあげるにゃん」
イチカは心の底から恐怖していた。勇者としての魔力と魔物の軍勢の力により、今まで絶対的な強者として他者を蹂躙してきたが、逆の立場になったことは一度たりともない。
言い換えれば、勇者は虐げられることや、恐怖や痛みに弱いと言える。今この状況では、見る者全てを安心させるような笑みをカグヤの顔は、当のイチカからすれば、逆に死神の笑みに見えることだろう。
「痛いでしょ? 苦しいはずにゃん? まぁ私がやってることなんだけど……西部の砦について知っていることを話せば、本当に苦しみから解放されるにゃ」
優しい声色が恐怖に屈した勇者の心を揺さぶる。
死にたくない。そんな生存本能だけがイチカを支配した。その為なら国がどうなろうが、他の勇者がどうなろうが知った事ではない。全ては自分が何が何でも生き延び、再び略奪と享楽の日々に戻るために。
そして自分をこんな目に遭わせたカグヤたちに復讐するために。
「せ、西部の砦は……アルガート要塞の……?」
「うん、そこ。アルガート要塞の詳細を知りたいだけにゃん」
「よ、要塞に所属してる勇者じゃないから詳しいことは……! でも、前の会合で要塞の司令官の部下を勤めてる……ジュライっていう勇者が、頻繁に要塞近くの街に出入りしてるって……! それ以外は何も……本当なんだ……!」
溶解液が体を焼く痛みに苛まれながらも、イチカは同情心を誘うような口調を欠かさない。嘘は言っていないが、より確実に開放されるための演技だ。
――――さぁ許せ。その後がお前たちの最後だ。必ずやその綺麗な顔を絶望に歪めてやる。
そんなイチカの欲望に満ちた目に気付いていないかのような笑顔をカグヤは浮かべる。
「うんうん♪ それじゃあ約束通り楽にしてあげるにゃ。――――アイゼンが」
次の瞬間、イチカの首は胴体から離れた。それは死の痛みも感じず、腐食の痛みすら忘れる斬首だ。
「さて、と。情報は得られたにゃん。次の標的はジュライっていう勇者ね」
「ああ。エリーに報告し、ジュライとやらの情報を聞きに行くとしよう」
「そーね。それが終わったら久しぶりに――――」
「アイゼン臨時武官殿」
デートにでも行きましょ? ……そう言いかけたカグヤの言葉を、タイミング悪く被せてきたのは一人の連合軍軍人であった。
「何だ?」
「実は、ラグルーの姫殿下が貴方にお話があるとかで……」
救助活動がほぼほぼ終了し、連合軍が撤退の準備を開始し始めた時。
半壊した港町の通りに並ぶ馬車は被害者たちの保護と移送の為の列だが、その内の一つはラグルー王家の紋章が入った豪華な物だった。
そんな馬車の前の二人をジト目で睨むのは一対の金色。家屋の壁の残骸に腰かけ、自らの足に肘を置き、不機嫌そうな顔で頬杖をつくカグヤの視線の先には、アイゼンに対してやけに熱の籠った視線を送るラグルーの姫君がいた。
「本当に何とお礼を申し上げればいいのか……貴方様のおかげで、私は悪逆な勇者に穢されずに済みました」
此度の一件は港町を占拠していた魔物を掃討したアイゼンと、勇者が居る本丸を落とし、実質姫を救出したカグヤの手柄だ。
そして本来なら姫君が礼を述べるのはカグヤであるはずなのだが、彼女はカグヤが撒いた麻酔毒の影響で意識が朦朧としており、憶えているのは自分に短剣を突き付けて喚く勇者と、その勇者から自分を解放し、逞しい腕で抱き留めてくれたアイゼンの事だけらしい。
状況だけ見れば、まさに悪漢に連れらされた姫を救い出す、流浪の騎士のような光景だろう。そしてそれが事実だと思い込んだ姫君は、いち早く王宮へ戻らなければならない短い時間を少しでも割いて、こうしてアイゼンに礼をしに来たという訳だ。
「俺は何もしていない」
まさに恋する一歩手前か、もしくは既にそうなっているのかも判別がつかない表情で見上げてくる姫君に対しての、いつも通りの鉄面皮でアイゼンが返した言葉がコレ。
彼としては『館内の勇者や魔物を制したのはカグヤだ。俺はタイミング良く乗り込み、偶然お前を解放したに過ぎない。礼を言うのならカグヤに告げるべきだ』とでも言ったつもりなのだ。
しかし致命的なまでに言葉が足りない。そんな言葉で姫君に真意が伝わるはずもなく。
「謙遜されるのですね。……それとも、助けに間に合わなかった人々を悼んでおられるのでしょうか?」
「?」
なんでそんな結論に至ったのだろうと、誤解を招きかねない一言を発したアイゼンは首を傾げる。
「確かに痛ましい出来事でした。私は運良く助かりましたが、他の人々はもう……」
「そうだな」
「ですがここに一人、貴方に助けられた娘がいるのです。どうかご自分を責めないでくださいっ」
「よく分からんが、そうするとしよう」
(微妙に会話が噛み合ってないことに気付いてないにゃ)
王族である姫君が自らを〝娘〟と称した意味を理解した気配もなく、最後まで淡々と答えるアイゼンが見えなくなるまで、姫君は遠ざかる馬車の窓からずっと手を振っていた。
そして要件が終わったと言わんばかりにアイゼンが自分の元に戻ってきたが、カグヤは変わらず不機嫌そうな表情を浮かべている。
「なんだ?」
「べっつにー? アイゼンが美味しいとこ取りしてお姫様に好かれていい気になってるんじゃないかなーって、邪推してるだけにゃん」
「……? 何故そう思う?」
「さっきのお姫様、可愛かったでしょ?」
「……ふむ」
アイゼンは先程別れた姫君の容姿を思い返す。確かに世間一般的に見れば可憐な容姿だっただろう。少なくとも、勇者が最後のお楽しみとして取っておくくらいには。
しかしなぜその事でカグヤが不機嫌なのか?
「確かにお前の言う通りだと思うが、それがどうした?」
「むぅ」
「何をする」
カグヤの不機嫌さが一割増して、彼女はアイゼンの両頬を引っ張る。まるで表情筋が鋼で出来ているのかのように硬く、彼は普通に喋っているが。
「むぅ~……っ」
「ふむ」
なぜカグヤが不機嫌なのか、アイゼンはひたすら考える。
しかしいくら考えても答えは出ない。所詮、彼女と自分は違う人間だ。他者の心を探るスキルなど、アイゼンは持ち合わせてはいない。
それでも彼は考え続ける。カグヤから目を背けることはせず、答えが出るまで考え続けようとする。
そんな彼に答えを与えたのは、たまたま近くで撤収作業をしながら聞き耳を立てていた年若い兵士だった。
「けっ! 痴話喧嘩とか見せつけやがって……男の方も相手が嫉妬してるくらい雰囲気で察しろよな」
「はぁあああああっ!? ちょっ、何言ってるにゃん!?」
「……そうなのか?」
「う……うぅぅ……!」
兵士としては聞こえないように呟いた独り言のつもりだったのだろう。しかし常人より遥かに優れた聴覚を誇るアイゼンと、種族的に人間より耳の良い猫獣人のカグヤにはその呟きが聞こえてしまった。
平然と聞き返してくるアイゼン。そんな彼に対し、カグヤは羞恥で顔を赤くして唸ると、やけくそ気味にアイゼンの両頬をぐいぐいと引っ張り始めた。
「えーえーそうです! 助けたのは実質私なのに、なんか勝手に良い雰囲気になってて妬いちゃいました! これで満足にゃん!?」
「……そうか。そんな事で睨んでいたのか。くだらん」
「むっか! くだらないとはなんにゃ!?」
それが閨を共にする女に向ける言葉なのかと、にゃーにゃ―怒り出すカグヤの頬抓りを受け入れながら、アイゼンは真っすぐ、真剣な眼差しを向ける。
「お前が俺に関することで他の女と己を比較し、無意味な嫉妬に駆られるなど実にくだらん事だ。お前以外に俺の目が向くとでも思っているのか?」
「…………へ?」
鉄面皮と無表情はそのままに、普段のアイゼンからは想像もつかない言葉に、思わず両手を離すカグヤ。
「世界中の女全てをお前一人と天秤にかけても釣り合わんだろう。何を引き合いに出されたとしても、俺はお前が良い」
「――――っ!?」
「去年にも言ったはずだ。俺は――――」
「も、もう分かった! 分かったから! その続きは言わなくていいにゃん!」
慌ててアイゼンの口を両手で塞ぎ、その厚い胸板に額を押し付けるカグヤの顔は、まるでリンゴのように耳まで真っ赤に染まっている。
こんな言葉を恥ずかしげもなく、こちらの眼を見ながら素面で言ってのけるアイゼンが実に腹立たしい。これではまるで自分ばかりが振り回されているみたいではないか。
……そして、それ以上に嬉しくあるのが、余計に恥ずかしいのだ。
これまでカグヤの容姿に惹かれて褒め称える男は掃いて捨てるほどいたし、カグヤもそんな口説き文句は聞き慣れて適当に受け流すことが出来るのだが、アイゼンが相手となるとこんなに嬉し恥ずかしい気持ちになってしまう。
その気持ちの根源を自覚しているだけに、余計に始末が悪い。とりあえず顔の熱が引くまではこのままでいようとするカグヤと、その内心をまるで解さずに疑問符を浮かべるアイゼンに近寄る少女が一人。
「あー……お二人とも、おイチャつきのところすみませんけど」
「うにゃあっ!?」
どうにも介入しにくい空気を撒き散らしていた二人に、空色の髪を靡かせながらエリーが話しかけてくる。
「どうした?」
「尋問の結果を聞きに。《従魔》の勇者から西部の要塞の情報を聞き出せましたか?」
「あぁ。その事だが――――」
アイゼンはイチカから聞き出した、アルガート要塞指揮官の部下、ジュライの事をエリーに伝えると、彼女は神妙な面持ちで顎に指を沿える。
「? どったの、エリー? ジュライって勇者、何かあるの?」
「あ、いえ。そのジュライという勇者の事は情報局のデータベースにあるんです。特別強い力を持つ勇者という訳ではありませんが……」
「勇者の部下に置く、指揮官に問題があるという事か?」
アイゼンの指摘にエリーは頷く。
「ご存知の通り、勇者の地位は帝国では極めて高いです。有力貴族と並び称され、ブリタリア軍の上官は全て勇者で統一されていると言っても過言ではありません。つまり、軍属にありながら勇者を指揮下に置ける者というのは――――」
「普通の勇者より強い勇者……そういう事ね?」
「まさしく。でも、ただ強いというものではありません。相手は五千の勇者の頂点に君臨する最高幹部――――」
ここまで聞いて、必然的にアイゼンとカグヤの目つきが鋭くなる。
彼が思い返すのは、四年前の姉の結婚式の日。そしてそれ以前の出会い。
「十四聖の一人、《金十字》のルキウス・ガヴェインが、我々が攻めようとしてるアルガート要塞の指揮官として赴任してきたという事です」
帝国西部の海辺に建造された、鉄壁と名高いアルガート要塞。堅牢な砦と水平線から上り始める太陽が一望できる沖に浮かぶ一隻の帆船に、その男はいた。
煌びやかな白い軍服に身を包んでいるものの、その体格はとても軍人や戦士とは言い難い、一見するとひょろりとした文官にも見える姿。
まるで体もなく見知らぬ誰かに話しかけることが出来る商人のような笑みを浮かべるその顔には片眼鏡が掛けられ、それらの要素が彼が戦う者でないということを周囲に無言で主張していた。
「んん……大海原の真ん中で朝のモーニングコーヒーを傾け、最高級のブレックファストに舌鼓を打つ。まさに選ばれし者に許される朝餉ですねぇ」
白いテーブルに置かれた豪華な朝食を前にして、男は優越感に満ちた酷薄な笑みを浮かべる。
平民の贅沢など許されない今の帝国で、男は朝から船乗りたちを叩き起こし、要塞まで連れてきた料理人に手の込んだ食事を作らせ、朝日で煌めく海原に囲まれながら優雅な一時を過ごしているのだ。
少し世情の分かる者が見れば、誰でも男が帝国の上位に君臨する人物であるということが理解できるだろう。
そして、その権力の振るい方の傲慢さも。
「……見つけたぞ」
そんな男を海に浮かぶ小舟のような形をした氷の上から睨みつける五人が居た。
彼らは連合軍に吸収された冒険者ギルドに所属する一個パーティだ。なぜこんな所にいるのかと問うのは愚問……遥々ブリタリア海域まで来た時点で、彼らの目的が勇者の討伐であるということは疑いようがない。
元々彼らは六人一組のパーティだった。何時如何なる時も共に行動し、最高の絆で結ばれたと確信した、最高のパーティであると自負していた。
しかし、四年前のブリタリアの侵略によってメンバーの一人が死亡。それもただ死んだのではなく、今でも悪夢で思い出せる凄惨な虐殺だった。
見世物にするかのように磔にされ、わざわざ急所を外しながら槍で突き刺され、時間をかけて嬲り殺しにされた仲間の姿が今でも思い出せる。
そんな仲間の仇が勇者……今船上で優雅にコーヒーカップを口に付けている憎たらしい男なのだ。
「今、俺たちが仇を討ってやる……皆、準備と覚悟は良いな?」
「「「おう」」」
四年前の自分たちは、勇者を前に手も足も出なかった。しかし、怒りと憎しみをバネに力を手にした彼らは、今では勇者を十人以上討ち取る功績を上げているほど。
思い知れ、仲間の痛みと苦しみを。その身に刻め、俺たちの怒りの全てを。
枯れることのない憎しみと怨嗟は黒い情炎となって彼らを焚き付ける。全ては今日、あの男を討ち取るために強くなったのだ。たとえ今回失敗したとしても、彼らが一人でも生きていれば、必ずやその喉笛を噛み千切ってやると誓いを立てて。
「作戦開始……一気呵成に叩き潰せっ!」
合図と共に冒険者たちの内の一人のスキル、影を実体化させ、操る力が発動される。
船上のありとあらゆる影が床から離れて持ち上がり、触手のように蠢きながら一斉に勇者の体へと伸ばされたのだ。
「おや?」
勇者の全身に巻き付き、万力のような力で締め上げる影の縄。そこから更にダメ押しとして、水分を凍らせるスキルが発動。勇者の腰から下が、座っていた椅子を巻き込む形で氷漬けとなった。
「よし! これで身動きは完全に封じた!」
「止めを! お前たちの手で、あの勇者に裁きを!!」
もはや回避する手立てもない。そう確信した残りの三人は、それぞれ炎を発生させるスキル、竜巻を発生させるスキル、無から岩石を生み出すスキルを合わせる。
生じたのは海面を抉る、真横に向かって吹き荒れる炎と岩石を纏った溶岩の如き巨大な赤い竜巻だ。直撃すれば竜巻で切り刻み、炎で焼き尽くされ、気流で踊る無数の岩石で叩き潰させる、まさに合成神技と呼ぶべき破壊の嵐。彼らはこの連携で多くの勇者たちを葬ってきた。
「おい……何で船が燃えてないんだ……?」
だが、木造の船を巻き込む形で灼熱の嵐が吹き荒んでいるにも拘らず、何故か炎が及んでいない部分は燃え上がる気配が無い。それどころか、強風と岩石を浴びているにも拘らず、ただ穏やかな波で揺れているだけなのだ。
「朝の食事は一日の始まり……ゆえに私は朝食にこそ最も拘るのですが、時にハエが集ってくるので迷惑な物です」
その時、紅蓮の竜巻の中から、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「今では皇帝陛下ですら私の朝餉の邪魔はしないというのに……どうやら薄汚い冒険者のようですねぇ。私の優雅な朝の邪魔をしたのは」
「なっ!?」
やがて災害の如き炎と岩の竜巻が消えると、そこには無傷の船体が姿を現したのだ。そして甲板からこちらを見下ろしているのは憎き勇者。
(バ、バカな!? 確かに俺たちの神技は直撃した! 防御などしている様子もなかったのに――――っ!?)
なぜ勇者が無傷なのか。それどころか、なぜ船体に焦げ跡一つないのか。一体どうやって今の攻撃から船ごと逃れたのか。疑問が頭の中を駆け巡るが、一つ確かなのは……今回の襲撃は失敗したということだ。
「私の気分を損ねたことは万死に値します。無様に嘆きながら、地獄に堕ちなさい」
「皆、逃げ――――!?」
ダガガガガガガガガガガガッ!! という音が朝空に響き渡る。
十秒もしない内に静かになった海面の一部が赤く染まり、粉々になった五人分の装備と肉片が浮かんでは沈んでいく。しばらくすると肉食性の魚の群れが海面で水飛沫を上げ始めた。
「強すぎるのも罪、というものですかねぇ。ゴミムシが手も足も出ずに私の手で嬲り殺されるのは見ていて爽快ですが、朝食の時間まで現れるのは不愉快です」
嘆息しながら再び無傷のテーブルに付き、ゴミ一つ入っていないコーヒーを再び口にする勇者。
「警備を雇おうにも、戦闘の余波で私の朝食にチリでも入っては台無しです。どうしたものか……そうです! 私の朝食中は、首下げ看板での警告付きで、爆弾を抱えた奴隷共を周りに配備させるというのはどうでしょう! 連合軍や冒険者というのは、我々の奴隷を解放しようなどとする愚者ばかりですからねぇ。今攻撃を始めれば一斉に奴隷の頭を吹き飛ばすと思い知らせれば奴らも引き下がるでしょう。しかし、奴隷などの為にしようとしたことを中断するなど、実に愚かしい連中です。ククククク……! 奴隷など、ただの家畜も同然でしょうに」
実に愉快そうに笑いながら、本心でその様な末恐ろしいことを口にする勇者。その悍ましい姿はまさに伝承に語り継がれた勇者ではなく、伝承の魔族そのものと言っても過言ではない。
「早速似たようなことが出来るスキルの持ち主を見繕うとしましょう。ジュライ、十四聖が一角、《金十字》の朝食を守るに相応しいスキルの持ち主をリストアップしておきなさい」
「はっ! 了解しました!」
男……《金十字》のルキウスは部下である勇者にそう命じる。
「もし私が気に入る者を用意できれば褒美を取らせましょう。確か……四つん這いで椅子付きの台を引かせる馬代わりの奴隷が欲しいと言っていましたね? 華奢な女でも屈強な男でも、用意してあげましょう」
「へへっ! ありがとうございます! 鞭で尻の皮が破けるくらいに叩いてやるのが最高でしてね! その時の奴隷の顔と無様な悲鳴ときたらもう!」
「ほう……それはそれは。弱者を支配し、飼育する勇者に相応しい振る舞いですね。はははははは」
まるで地獄の悪鬼たちが人を煮出した茶釜の前で談笑しているようだと、人々は口にするだろう。
そんな恐ろしい会話を物陰から恐怖で震えながら覗き見ていたのは、全身を薄汚れたフード付きのローブで隠した十歳ほどの少女だった。
未だ赤く染まる海面を覗き見た少女の胸中は、明日は我が身かもしれないという不安で覆いつくされている。目の前に広がる惨劇、狂気に目を瞑り、少女は木箱の陰に隠れて身を守るように頭を両手で隠しながら震えることしかできない、どうしようもない弱者なのだ。
――――助けて……!
震えながら見たことも聞いたこともない救いを懇願する。恐ろしい勇者共を前に、少女に出来るのはそんなささやかな祈りだけだった。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。