連合軍都市
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空中迷宮の最上層に建てられた館。その一階から順に窓を拭いて行き、二階にある最後の窓も拭き終えたオルガは、蒼穹に浮かぶ光景に叫んだ。
「な、何だありゃあああっ!?」
遠目から見てもかなり巨大……それも城などというスケールでは収まりきらない、小国とも表現できそうな巨大な島が空に浮かんでいた。その中央辺りからは、背の高い建造物と思われるものが幾つも突き出ており、あの巨大な浮島に人の営みがある事を理解させられる。
「んー……うっさーい。なに騒いでんのー……?」
「ね、寝てる場合じゃねえだろ!? あれ見ろあれ! もしかしたら、帝国の秘密兵器かもしれねぇんだぞ!?」
「秘密兵器って……そんなものが簡単に出てきたら世話ないにゃ。わざわざ情報収集する的な意味で」
寝起きの機嫌悪そうな声と共に寝室から出てきたカグヤは、オルガが指さす方向に視線を向けると、「……あぁ」と、何処か気の抜けた声を漏らした。
「そろそろと思ってたけど、着いたみたいね。……そろそろ降りる準備しなきゃ」
「降りるって……結局あれは何なんだよ」
「私たちの目的地……というか、私たちの総本拠地ってところかにゃん。詳しい話は後でね~」
欠伸をしながら再び寝室に戻り、鞄に物を詰め込み始めたカグヤ。その姿を見てそれ以上追及する気になれず、オルガはアイゼンを探しに館の外へと飛び出した。
「おーい! アイゼン!」
「……なんだ?」
灰色の髪の男はすぐに見つかった。空中迷宮最上層を囲む高い塀の上に立って、巨大な浮島を見据えていたアイゼンは、オルガの目の前へと飛び降りる。
「今からあの浮島に行くのか?」
「そうだ」
「あそこって何なんだよ?」
アーティファクトの中には、今彼らが立っている迷宮城塞のような巨大な建築物もあるとは聞いていた。しかし、あれは国一つが浮かんでいるようなものまでは想像していなかったオルガの驚愕は推して知るべしといったところだ。
それを理解しているのかしていないのか、アイゼンは全く変化しない無表情で淡々と答える。
「世界各国が築き上げた、対ブリタリア帝国最前線基地、スパルタクスだ」
対ブリタリア帝国……それはつまり、両親の仇である憎き勇者共と祖国と戦うための場所。必然的に、オルガの眼に輝きが宿る。
「……お前も降りるのか?」
それを見たアイゼンは、何気なくそんな事を呟く。オルガは何度も首を縦に振ると、アイゼンは興味なさそうにそっぽを向いた。
「そうか……好きにするがいい」
帝国の……勇者たちの力はあまりに絶大だ。
通常では僅か半年で一つの巨大大陸を一国が征服するなど不可能であるが、ブリタリア帝国は勇者を大量に輩出し、それを武力のみで成し遂げた世界随一の強国である。
そんな侵略国が、海の外の国から警戒されないはずもない。そこで各国は急遽同盟を結び、連合軍を組み上げたのだ。
構成するのは各国の選りすぐりの精鋭。そこに在野からの徴兵、世界中に支部を置く冒険者ギルドが組みこまれ、兵数ではブリタリア帝国を遥かに上回る六千万に到達。それをアースグリット大陸を包囲、一ヵ所を狙えば他が背後や側面から攻撃をすることが出来るように抑え込む形で配置した。
そしてその連合軍の本拠地として選ばれたのが、遥か古代に君臨した暴君が治め、後に反乱軍によって支配された天空に浮かぶ国というアーティファクト。それが対ブリタリア帝国最前線基地、スパルタクスである。
「じゃあアイゼンたちも、この連合軍のメンバーなのか?」
「正確には国に所属してる訳じゃにゃいから、在野からの徴兵って感じだけどねぇ。その後、冒険者ギルド寄りの立場になったって感じ。連合軍の作戦の時は声かけられたり」
大地に接していないにも拘らず、水が湧き上がり森が茂る。浮島内側のエリアでは食料を自給するための農場や家畜小屋、移動用の飛竜小屋が並び、外側には軍の施設に冒険者の施設、住宅などが集中して、ここが天空にある事など忘れてしまいそうな人の営みがある。
荷物や人を運搬する飛行艇や飛竜の発着場の近くに空中迷宮を近寄らせ、迷宮の機能の一つである魔力で構成された鎖でスパルタクスそのものと固定させたカグヤは、荷物を持ったアイゼンと、付いてきたオルガを伴い街を進む。
「……ここに居る連中は、勇者と戦いに来たのか」
「皆が皆そうっていう訳じゃないけど……まぁ、そういうのが多いのは確かにゃん」
「じゃああれは何だ? 如何にも強そうなのが集まってるぞ!」
「あれは冒険者ギルドのスパルタクス支部。あそこが目的地よ」
田舎育ちのオルガには発展した街というのが物珍しいのか、周囲をキョロキョロと見渡しながら質問を繰り返していく。そういう事を繰り返している内に辿り着いたのは、軍のように統一された装備ではなく、思い思いの武器や防具を身に着けた者たちが出入りする建物だった。
どこに生息しているかも分からない希少なドラゴンなどよりも、侵略者たる勇者の方が実入りが良いし、現実的だ。冒険者は自由な職業であるイメージが強いし、事実そういう一面が押し出されてはいるのが、基本的にはまともに働けない無頼たちの寄り合い所である。
簡単に言えば、得意分野である暴力で金儲けがしたい連中だ。国の軍隊よりも魔物を倒し、民間への被害を軽減しているからこそ、同盟諸国は冒険者ギルドに声をかけ、魔物と同様に勇者や勇者候補生などにも賞金を賭けて、彼らを戦力として呼び寄せたのである。
「そういう連中の中でも、勇者に恨みがあるのがごまんと居るっていうのも大きな理由にゃん。例えば、仲間一党を勇者に殺されたりとか」
世界中に支部を置く冒険者ギルド。それはアースグリット大陸を含めてのことだった。
勇者の登場を機に大勢の人々が捕らえられ、殺され、凌辱され、怒りと憎しみはアースグリット大陸全土を染め上げたのだ。
言うなれば仇討ち。それがスパルタクスに集まる人々の中でも最も多い目的だ。如何に勇者が強大と言えども所詮は一人の人間。頭数と作戦さえあれば、困難とは言えども討伐は可能なのだ。
「勇者をぶち殺そうって奴らだ……やっぱり強いスキル持ってるんだろうなぁ。アイツなんか、絶対勇者殺しまくってそうな感じあるし」
同じ目的を抱えている者としてか、オルガは心底羨ましそうな目で大剣を背負った鎧甲冑姿の大男を目で追いかける。そんな少年にカグヤは仕方なさそうに苦笑した。
「まぁ、強いスキルがあるって事が、必ずしも幸せとは限らないんだけど」
「? 何だそりゃ? 強ければ強い方が良いに決まってるじゃねーか。勇者をぶっ殺せる」
「それはね……」
「おい」
不意に、アイゼンが話の流れを途絶えさせる。
「俺はこれを換金してくる」
「はーい。私らは中で待ってるにゃ」
ギルドに入る直線、大きな荷物を背負ったアイゼンだけは隣接する建物の中に入っていき、カグヤはオルガを伴ってそのままギルドへ入っていった。
「アイゼンはどこに入ってったんだ?」
「依頼報告所兼換金所」
そう短く答えて開いているテーブルに座る。無頼に合わせた結果なのか、どこの冒険者ギルドで見られるような事務所さながらの受付と酒場が折衷した内装に、日が高い内から酒盛りを始める集団は、ギルド特有の後継と言えるだろう。
そして料理や飲み物を頼まずにテーブルに座るのも居心地が悪い。とりあえず何か飲み物でも頼もうと、慌ただしく動き回る給仕の娘を呼び止めようとした時、酒臭い息を撒き散らしながら、武装した男が三人近づいてきた。
「随分良い女がいるじゃねぇか。しかも猫獣人なんて珍しい種族がよぉ」
「ちょいとこっち来て酌してくれや姉ちゃん。毎日世界の為に勇者共と戦ってる俺らの為に」
「ついでに、このままベッドの上でも酌してくれよ! ぎゃはははははは!」
明らかに酔っていると分かる赤ら顔で下品な言葉を撒き散らし、カグヤの整った顔や豊かな胸の谷間に不躾な視線を送りながら、白い肌に手を伸ばす無頼の冒険者たち。
話が通じないのは目に見えているが、一言物申して止めておくべきだとオルガが立ち上がろうとした瞬間、カグヤは輝かんばかりの愛想笑いを浮かべてた。
「あら、楽しそうにゃん。そこまで言うなら、私を楽しませる自信があるのかしら?」
「おうよ! 何だったらこのまま朝まで盛り上がるとしようぜ!」
「ふぅん……でも良いの?」
美女が誘いに乗って喜色を浮かべる冒険者たちに見せつけるように、カグヤが指先から垂らした毒液一滴をテーブルに落とすと、テーブルが煙を上げて小さな穴を穿った。
「私、毒のスキル持ちにゃん。つまらなかったらアンタらの股間にぶら下がってる自慢の棒を溶かすかもだけど、それでもいいの?」
穴の開いたテーブルとカグヤの言葉に男たちはたじろぐ。それを薄く笑ってから、カグヤは手のひらを駆る振るうと、霧状の何かが冒険者たちの顔に吹きかけられる。
もしや不躾なナンパへの制裁に毒をと慌てふためくが、何時まで経っても異常は現れない。それどころか、頭を満たしていた酔いが綺麗に醒めていた。
「酔い覚ましの薬。昼間っから酔って、女をベッドに連れ込むものじゃないにゃ。…………次は硫酸の霧を吹きかけちゃうかもだし?」
サーっと顔を青くしてその場から去っていく冒険者三人を見送り、カグヤは自嘲気味に微笑んだ。
「ま、さっきの話の続きをするとこういう事にゃ。幾ら強いスキルでも、嫌がられる類のスキルってあるものよ」
最初、何を言っているのか理解できなかったオルガだったが、すぐに言葉の真意を理解する。
人から蔑まれるような弱いスキルもあれば、忌み嫌われるスキルというものも存在する。その中でも、カグヤのような毒を生み出し、操るスキルというのは最たるものだろう。
何せ食事や飲み物に何を盛られるかも分からない。普段何気ない生活の中で何を吸わされるかも分からない。閨を共にしようものなら、それこそ陰茎を硫酸で溶かされかねない。
ただ毒のスキルを持つこと。それだけで本人の性格は度外視されて、ただ手を繋ぐことすら憚られる悪い印象を周囲に与えるのだ。現にカグヤのスキルを知っていてなお触れ合おうとする者は、アイゼンを含めても両手の指の数にも満たない。
「魔力も強かったから危険生物に指定されそうになるし、このスキル自体に良い思い出はあまりないのよねぇ」
「……その……何か、悪かったよ」
「んー? 何に謝ってるにゃん。別にアンタが悪い訳じゃないでしょーに」
理由など、オルガにも分からない。ただ何となく、謝った方が良いような気がしただけだ。
「それに、こんな私にも手を触らせてくれる人もいるにゃん。アイゼンや、アンタみたいにね」
オルガの頭をポンポンと軽く叩くカグヤ。
オルガが空中迷宮で目を覚まし、腹を満たす飲み物や食事を持ってきたカグヤは真っ先に自分が毒使いであり、炊事を担当しているのだと明かした。それが嫌なら食べない方が身のためだと。
しかしオルガはそれを意に介することはなかった。それどころか、四日前にもこんな事を言ってきた。
「だから、オレは別にカグヤがそんなことするとは思ってねぇって。大体、これから毒を盛ろうとする奴が事前にそんなこという訳ねぇし」
そう、なんの偽りも虚勢も無く言ってのけるのだ。アイゼンがオルガの弟子入りを断った時、カグヤが毎回一声かけるのも分かるというものだろう。
「これまで毒使いってだけで色々言われたり、されたりしてきたけど、これでも今じゃ友達だって出来たにゃん。だからあんたみたいなガキが、一丁前に大人の心配しなくていーの」
「だ・か・ら! オレをガキ扱いするんじゃねー!!」
「にゃははははは♪ うりうり~」
頭に乗せられた手をオルガが払い除けたり、それに対抗して逆立った煉瓦色の髪をぐしゃぐしゃ撫でまわしていると、その後ろから涼やかで可憐な声が聞こえてきた。
「カグヤさん? 戻って来てたなら連絡くらいしてくださればいいのに。それにそちらの男の子は……」
「…………噂をすれば♪」
「……え?」
カグヤの黄金の眼が妖しく光る。それに対して声の主である軍服の上着を羽織った少女は僅かに後退った。
身長は百五十センチも無いであろう矮躯。背中まで届く流麗な水色の髪と、短身に比例した華奢な手足をした人形のように麗しい少女だ。
少女が嫌な予感を感じ、翠色の瞳に警戒心が宿る。慌てて回避姿勢を取ろうとするが、時すでに遅し。まるで肉食獣が得物に飛び掛かるように、カグヤは少女を勢い良く抱きしめた。
「エリー♡ 会いたかったにゃーん♪」
「うきゃああああああああっ!?」
水色の髪の少女……エリーを自らの豊かな胸に抱き寄せるカグヤ。白い豊乳の谷間に顔を埋めることとなったエリーは、猫獣人の背中を何度も叩いた。
「ん~♡ 相変わらず小っちゃくて可愛いにゃあ」
「むーっ! むぐーっ! ……ぷはぁっ!? ……カ、カグヤさん、ちょっと離れて……苦しいです……! むぐぅっ!?」
「ありゃりゃ?」
猫獣人なだけに、小柄な少女を猫可愛がりしていたカグヤだったが、流石にエリーの苦しそうな呻き声に気付いたのか、頭に回していた両腕をパッと開く。
「はぁ……はぁ……お、おっぱいで溺れ死ぬかと思いました……これが、発育の暴力」
「ごめんごめん。ドンピシャな位置に頭があるから、つい」
「くぅっ……! 嫌味ですか……!? あと、小っちゃいは余計です」
自身の平原の如き胸の前で両腕を交差し、羨望と妬みが混じった視線をカグヤの胸の送るエリー。そこには先ほどの冒険者たちのような、毒のスキルに対する恐れが見られない。
「……誰だそいつ?」
「あぁ、さっき言ってた友達」
「こほんっ。先ほどはお見苦しいところを。私はレーグマン自治州から派兵された連合軍大尉、エリー・シザーズと申します。以後、よろしくお願いします、オルガ・ラクウェルさん」
「お、おう。よろし――――」
咳払いをして、さほど年が離れていないようにも見える少女の階級と大人びた姿勢に気圧されそうになりながらも返事をしようとした時、オルガは猛烈な違和感を覚えた。
(あれ? オレって、名前教えてないよな……?)
しかもかつて勇者や帝国によって捨てられた家名付きで。そんなオルガの思考を押し流すように、カグヤとエリーは話を続ける。
「去年、ギルドに登録しにスパルタクスに来た時からの付き合いだけど、こーんな可愛い子とお近づきになれるなんて思ってなかったにゃーん♪」
「ですから、あまり胸を押し付けるのは……! というか、前々から思ってたんですけど、カグヤさんはいい加減小さい女の子を見て抱き着く癖を直してください。……いえ、私が小さい訳では決してありませんが……アイゼンさんがいるんですから、抱き着くならそっちに抱き着いてくださいよ」
「アイゼンには日頃からそうしてるにゃん。でも、小っちゃくて可愛い女の子はまた別腹なの」
「何て事でしょう……完全にバイでロリコンさんの思考です。アイゼンさんといい、私といい、なんて人と仲良くなってしまったんでしょうか……。正直、初めはにゃんにゃん言ってるあざとい人って思ってたのに」
「あー! ひっどーい! 猫獣人の声帯は人間とは違うんだから仕方ないじゃにゃい!」
猫から進化した種族は二つに分かれた。一つは猫がそのまま二足歩行し、言語を介するようになったケットシー。もう一つはカグヤのような猫獣人だ。
元が猫というだけあって声帯が人間や、それに近しい種族とは少し違い、体の構造上どうしても言葉の端々に「にゃん」が付いてしまうらしい。決してあざとさを狙ったわけではない、というのがカグヤの言である。
「こんなの方言みたいなもんにゃ。これでも直そうとしたことがあるからまだマシな方だし、直す気の無いケットシーなんかもっとにゃーにゃ―言ってるわよ」
「むしろ標準語と交じり合って余計変な感じになってる気がしますけど……あ、それはそうとカグヤさん、アイゼンさんはどちらに?」
「ん? 換金所だけど、なんか用?」
「というか、カグヤさんとお二人にですけど」
エリーは小脇に抱えていた封筒から紙束を取り出し、カグヤに差し出す。
「元々ギルドの冒険者さんたちに助っ人を頼むつもりだったんですけど、お二人がいるなら丁度いいです。…………新しい勇者の情報と、その討伐に関する依頼書なんですが、受けて貰えますよね?」
魔物を討伐した証として、その魔物の体の一部を持って帰るのが昔から存在する冒険者ギルドのルールだ。
それは勇者や候補生が討伐リストに追加された現在でも変わらないが、その持って帰ってくる体の一部というのは連合軍やギルドの方でも徹底されている。
指や耳などを持って帰ってきても照明にはできない。故に、アイゼンが換金所に受け渡す勇者たちの体の一部というのは、塩漬けにされた勇者たちの生首である。
「……相変わらず、派手にやらかしたみたいだな」
すっかり顔馴染みとなった、この換金所を取り締まる男の言葉に、アイゼンは何の反応も示さなかった。
アイゼンが差し出した五つの壺の中には、以前討伐した《風迅》のディーノ一党の首が収められていたが、その表情はいずれも苦悶に満ちたものばかりである。特にディーノに至っては、目や鼻、口から血を流した後まで残っているほど。
アイゼンとカグヤがそうなるように仕向けたからだ。タダでは勇者や候補生を殺さない二人は、換金所ではちょっとした有名人でもあり、ちょっとしたヒーローでもあった。
「別に勇者をこんな殺し方をする奴ぁ、お前らだけじゃないがな、嫌な世の中になったもんだよ。昔は英雄の代名詞と呼ばれ、ブリタリアを帝国まで押し上げた勇者の名が、今じゃ鬼や悪魔にも劣る外道畜生の代名詞なんだもんなぁ」
「……諸行無常、というものだろう。時が流れれば、英雄の称号も他国へ侵略する旗に転じることも珍しくあるまい」
男は首が収まった壺を部下へと渡し、愚痴を零しながら世界共通貨幣であるゴル通貨を数えながら積み立てる。
かつてブリタリアという国が帝国ではなく王国を名乗っていた時代。人間以外の種族を取りまとめ、それら全ての宗主となった者が世界征服に乗り出したことがあるという。
そうした他種族たちは総じて魔族と呼ばれ、当時のアースグリット大陸の人間たちの間で不倶戴天として恐れられたらしい。
それは歴史学者によって事実が証明されており、その異種族たちの宗主はブリタリアより誕生した、後に勇者と呼ばれる英雄に倒され、結果的に英雄を輩出したブリタリアは他国に強い影響力を持つようになり、宗主に付き従った異種族たちは迫害の対象となった。
しかしそれらは千年も遠い昔の話。奴隷として蔑まされた他種族は長い年月をかけて人権を取り戻し、かつて最も奴隷制度が根強かったブリタリア帝国でも、奴隷解放の風潮が強く広まった。
――――かつてアイゼンがいた孤児院が、そういう風潮を受けて建てられたように。
このまま過去の英雄として歴史にのみ燦然と輝きを放っておけばよかったのに、四年前に登場した過去の勇者とは全く別物の勇者によってその称号は穢され、再びアースグリット大陸の他種族は奴隷に。それどころか、スキルや魔力の弱い人間すらも似たような扱いを受けるようになっている。
アイゼンも完全に他人事とは言えないアースグリット大陸の現状を思い浮かべていると、奥の作業スペースから若い男の怒号と、骨肉を力一杯叩きつけたような音が聞こえてきた。
『このクソ勇者がぁあっ!! テメェらみたいなゴミクズのせいで……!!』
「生首シバいてる暇あったら仕事しろ!! 今日は立て込んでんだ!!」
このように、仕事中でも勇者と見れば飛び掛かる者は少なくない。それが例え死体であってもだ。
お陰で、今の勇者という存在は憎しみの対象だ。それこそ、死体に鞭打つどころか、苦悶に満ちた生首を蹴り飛ばし、壁に叩きつけ、しまいにはハンマーで殴られるくらいに。
しかもその生首自体も、結局は焼却炉に放り込まれた挙句、残った骨を粉々にして捨てられるのだ。そしてその行為自体を咎める者は、少なくともこのスパルタクスには一人もいない。
「ほらよ、勇者一人と候補生四人分から税金とかを引いて、五百七十三万ゴルだ。《風迅》は勇者の中でも格下の部類だからな、今回はちょいと安いが」
「かまわん。元よりその程度の値と思っていた」
札束が収められたケースを片手で担ぎ、アイゼンはカグヤたちが待つギルドへと足を運んだ。
今ではすっかり慣れた大金の重みが、否応が無しに豊かではなかった少年時代の生活と比較した。
他のざまぁシリーズもよろしければどうぞ。