女騎士「原付教習をするぞ」
「ハイ。集まりましたか。まず、このゼッケンを着てください。それと、ヘルメットも。そこにかけてありますから」
細々とした高齢の男性がそう言うと、受講者たちはそれぞれゼッケンとヘルメットを取る。ゼッケンには番号が書かれていて、レヴィは12番だった。
「はい。では、原付講習の方を始めたいと思います。よろしくお願いします」
「ご指導の方! よろしくお願いします!」
レヴィは馬鹿みたいに大声で返事をした。
ほかの受講者たちはただ静かに礼をするくらいだったので、レヴィの返事は随分と目立っていた。しかし、レヴィはそれを全く気に留めなかった。
「は、はい。いい返事ですね」
「ありがとうございます!」
少し笑い声も聞こえたが、レヴィは良い意味でそれを捉えた。
「では、まず各部の名称を説明しますね。まぁ、説明は不要な部分も多いですが……」
教官はハンドルや座席、それにキーなどの説明を始める。ほとんどの者にとってはいらぬ説明ではあったが、レヴィはけっこう楽しそうに聞いていた。
「ハンドルを左にいっぱい回転して、キーを反時計回りに回すと、ハンドルロックをすることができます。ほら、こうしてキーを抜くと、なかなか動かない」
「おぉ! 凄い!」
レヴィは感嘆の声を上げます。ぶっちゃけ浮いていますが、教官は少しうれしくなったのか、
「まわしてみます?」
と、声をかけた。
「良いのですか!? じゃあ、ほい」
レヴィはガチャガチャとハンドルを回してみるが、確かに頑丈に固定されていて動かない。
「おお、では、もっと強く」
「わぁあ! ちょっと!」
レヴィは持ち前の馬鹿力で強引にハンドルを動かす。彼女の力は原付が大きく揺れ動くほど強く、もしかしたらハンドルのロックが無理やりこじ開けられそうにも思えた。
「かたい! しかし、もっとやれば、うごごごごお! 行け! いっけええ!」
「やめ、やめろ! 止めろやゴラァ! おい12番! てめっ! 逮捕してやろうか!」
自動車学校の教官は、元警察の人が多いです。そのせいか、けっこう短期と言いますか、乱暴な人もいますね。特に、高齢だと。
「す、すまない……」
レヴィはシュン……としてその場を引きました。
「ま、まぁ、こんな具合に、ハンドルロックをすれば、簡単には動かせません。盗難とか、いたずら防止ですね」
教官は嫌な汗をこめかみに垂らしつつ、講義を再開させます。
(……盗難? ふん。清い種族である人間がそんな真似をするはずない。きっとゴブリンだ。この世界にもゴブリンがいるに違いない)
そして、レヴィはまた馬鹿な考えを頭にしていました。
その後、教官は実際に原付に乗って、運転の姿勢などを実践して見せます。さすがにレヴィはしゃしゃり出るような行為がなくなり、そこそこスムーズに講習は進みます。
「では、実際にみなさんも乗ってみましょう」
後ろで待機していた教官たちがぞろぞろとやって来て、レッツ4を揃えます。
原付の数は受講者全員には足りないため、それぞれグループに分かれ、前半と後半組に分かれます。レヴィは後半だったので、前半組の講習を眺めた後、原付に乗ります。
間もなくして、レヴィの晩になりました。
「じゃあまずはエンジンをかけましょう。エンジンのかけ方は、2種類あります。キックとセルです。まずは、キックから始めましょう」
キックとセルの違いは、機械式か電気式の違いです。
キックは人力を使って、クランクを回転させるのに対し、セルは電気でクランクを回転させます。
まぁ、キックはバッテリーを使わないので、バッテリーの状態が悪くても発信できますが、力を使うし古い方法なので慣れないとかけづらい。対して、セルはボタンを押すだけで楽にできますが、バッテリーの状態が悪いと効きが悪いです
まぁ、セルは楽なので日常的に使って、キックは楽しいですから、たまにやってみるくらいでしょうか。
「じゃあ、みなさん、キックペダルを力強く踏んでください」
「よし!」
おや。さっそくレヴィさんもキックをするようですね。
レヴィさんはキックペダルに足をかけ、力強く踏んで見せます。すると、ペダルは勢い良く落ちて、エンジンがボボボボッと音を立て始めました。
「か、快感……!」
ええ。
意外に気持ちいいんですよね。
隣の受講者が、「なんだコイツ……」みたいにレヴィを見ていますが、彼女はそんな些細なことは気にしていません。
「じゃあ、キーを回してエンジンを切ってください。次はセルです」
レヴィは指示に従い、原付のエンジンを切ります。
そして、セルのボタンを押すと、簡単にエンジンがかかりました。
「おお、これは楽でいいな」
そうですね。セルは楽です。正直、何も考えずに起動するときはセルが一番しっくりです。ただ、キックはロマンなので、気が乗った時によくします。
「次は、実際に発進しましょう。では、少しずつアクセルを回してください」
「……」
レヴィは慎重にアクセルを回します。しかし、少しずつ、と言われても加減が分かりません。本当に少しずつ、数ミリ単位でアクセルを回します。
他の受講者は徐々に動き始めますが、レヴィはまだ動きません。
「12番さん。もうちょっとアクセルを回して」
「は、はい!」
レヴィは驚きつつ返事をすると、手が滑って、アクセルをいっぱいに回してしまいました。
「ああああああ!」
レヴィは絶叫しながら、原付を前進させます。
「と、止まれ! とまれや12番! あああああ! 殺されるぅううううう!」
レヴィ、暴走。そして、助けを求めて教官の下へ向かいます。教官は暴れ馬を手に余らせているレヴィに追いかけられ、しっぽを巻いて逃げ惑っています。
「アクセル、アクセルを戻せ! そしてブレーキ!」
「は、はいぃいっぃ!」
レヴィは何を血迷ったか、アクセルを話したと同時に原付から転げ落ちます。操縦者を失った原付はブレーキがかかることなく、そのままスピードを保ったまま壁へと衝突しました。
「……何やってんだアイツ」
遠くで見物をしていた道雄は、呆れて笑うことすらできませんでした。
まぁ、始めはこんなもんです。自転車では考えられないスピードに、戸惑うのも無理がありません。
その後のレヴィは、教官にこってりと怒られた後、個別で指導を受けることになりました。まぁ免許はく奪されないだけマシでしょう。
__C= C= C= ┌(;・_・)┘<場面転換だヨ__
「まぁ、元気だせよ」
「……すまないな」
レヴィ、少し落ち込んでいる様子です。道雄くんの愛車、ST250の後部座席で、シュン、と縮こまっています。
せっかく合格したというのに、気分の浮き沈みの激しい女ですね。躁鬱の兆候でしょうか、
「最初はあんなものさ。俺だって、始めて原付に乗ったときは、右折するのが怖くて、ずーっと真っすぐに進んでいたら帰れなくなったこともある。車通りの激しい大きな国道とかはまず入れなかったな」
「そうなのか。しかし、一歩間違えれば人を……」
「そうやって後悔することは、決して悪いことじゃないな。いくら原付でも、最高速でぶつかれば人は簡単に死ぬ。
そうでなくとも、被害者は後遺症を負うこともしばしある。お前は利便に富む移動手段を手にしたと同時に、容易に人を殺めれる剣を手にしたんだ」
「……この時代の人間でない私は、やはりこの時代の乗り物に乗るべきでないのだろうか」
「気持ちはわかる。
ただ、お前はいい経験をした。
原付は、簡単に人を殺めることができると実感できただろ? 俺も何度とヒヤリハットとした経験がある。そうやって行くうちに、バイクは自他ともに危険なものだとわかったんだ。
お前が、左ひじを怪我したようにな」
レヴィの左ひじには、包帯が巻かれています。これは彼女が原付から落ちたときに、地面にぶつけてできたものでしょう。
「今後は、気を付けよう……」
レヴィは道雄の言葉に少しばかり傷心が癒えたようですが、しかしそれでも顔はうっすら物憂いが見えます。
そんなレヴィに対し、道雄はやれやれ、と思いつつ、バイクの後ろで気負いをヘルメットの下に隠すレヴィを見て、少し別の少女の影を重ねたようです。
「似てるな、めぐりに」
「メグリ姫に?」
忠誠を誓った姫の名前に、レヴィは強い関心を抱きます。
「そういえば、アイツも5年位前……めぐりが高校生をしていた時、周りと上手くやって行けず、ヤサグレていたなぁ、ってな」
「メグリ姫に、何があったんだ?」
「別に、大したことじゃない。この社会が自分の個性を受け入れてくれないだとか、自由を許さないとか、学校のクラスメイトと仲良くできないとか、ありきたりなことだ」
「そんな、メグリ姫ともあろうお方が……」
まぁ、あまり物語に関係しないウンチクみたいな設定ですが。
レヴィの転生は死ぬ直前の肉体と精神をそのまま現代に落とした感じです。
しかし、めぐりの場合は、一度前の世界で生涯を全うし、記録じみた記憶だけ現代に持ってきたようなものです。
なので、前の世界の知識などはありますが、経験とは少し異なり、現代のめぐり自身は成熟をしていない年相応の精神年齢と思ってください。
「俺も、そうだった。あの時は大学生だったが、いや、それ以前から、俺は人との付き合いが分からず、心の扉をロックしていた。そして、いつしかその扉を開くカギを失っていた時、めぐりと出会った」
道雄はついつい口が調子良く回ります。
「2人で、いろんなところへ行ったな。最初は琵琶湖へ行って、次に長野。最初なんて日帰りのつもりが、楽しくて1週間はそこらを走っていた」
「旅か。そういえば、メグリ姫は生まれて以来、国の外を自由に歩いたことがなかった。もしかすれば、彼女は心のどこかで、自由に飛び回れる翼が欲しかったのかもしれない」
「はは。どうだろうな、今のアイツは、そこまで前世の影響があるとは思えない。ふつうの、女の子だし」
道雄は苦笑しつつ、そう言います。
女の子、と断言した心情には、道雄自身が彼女と経験した様々な過去の重みがありました。その重みだけは、いくら付き合いの時間だけは多いはずのレヴィすら、予想することも、違うと否定してやることもできません。侵害しがたい二人の特別な領域でした。
「お前も、この世界のいろんなものを見ろよ。原付は、そのためにできることをしてくれる。お前やめぐりがこの世界に来た意味をよく知らないが、少なくともめぐりは、各地で旨そうに飯を食ってる」
「そうか……。メグリ姫は、今、充実しているのか……」
別段、レヴィは今のめぐりが不幸せとは思っていませんでした。しかし、自身や部下たちがいない時も、めぐりには剣を持たない騎士が傍にいたこと、それを強く感じたようです。
「ま、お前からしたら、俺は姫に付きまとう悪い虫……。国賊かなにかだろうけど」
「阿呆。ニヒル気取りなことをするな。……お前はこの世界にいる、数少ないメグリ姫の理解者なのだ。しっかり、守ってくれ」
「おーせのままに」
道雄は、茶化すように返事をします。しかし、レヴィはそれを咎めることもしなかったし、むしろ嬉しそうに笑います。




