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女騎士「姫のところに向かうぞ」

「人間軍1番隊長、フィット=レヴィ! ただいま参上!」


「……」


 そこは一般的な、2LDKのマンションの一室でした。


 レヴィは馬鹿に大きい声で剣をかざしつつ、口上をしてみせた。


 対して、その部屋でのんびりとカップラーメンを啜っていた男は、麺を咥える口の筋肉が緩むほど驚き、いきなり出てきたレヴィに困惑を示します。


「うむ。どうやら、ここが転生先のようだな」


 レヴィは辺りを見物しながらつぶやきました。


「おい道雄! うるせえ女を呼ぶんじゃねぇ!」


 隣人が壁を叩きながら、そう怒鳴りました。まぁ、変な女が変な大声だしていたら、マンションの隣人としては、当然の反応でしょうか。


「……なんだお前」


「我が名はフィット=レヴィ! 人間軍の一番隊長にして……」


「うるせえぞ道雄! 早くそいつ黙らせろ!」


「すみません!」


 隣人はすでに頭がカンカンみたいですね。


「おい、黙れ変態コスプレ野郎」


「へ、変態だと!? このレヴィ、いくらなんでもその様な侮辱を許さぬ!」


「だから黙れっつってんだろアバズレ!」


「うるせえぞ道雄! どんなプレイしてるんだ!」


「マジすんません! ノーマルです!」


 しかし、隣人はその男……つまり道雄は女を自室に連れ込み、女騎士のコスプレをさせてプレイをしていると思い込んでいるようです。まったくもって、理不尽ですね。


 しかし、レヴィが馬鹿。道雄はそれを察し、まずは冷静になって声のボリュームを下げることを要求します。


「なるほど、今は夜で、隣人は就寝をするような時間だったか。それはすまなかった」


 レヴィは人間の言葉を理解するくらいの知能はあったみたいで、道雄の要求を素直に従います。


「おう。で、キミはナニモンなの?」


「人間軍一番たい……」


「あ、もうそれはいいです」


「うむ。そうか。この世界は人間しかおらぬのだったな。では、こう名乗るとしよう。私は、別の世界から転生してきたのだ」


「転生……。それはまた、妙な事情をもってまぁ……」


 道雄は『転生』なんて聞いても、随分と飲み込みよく事情を察しました。うそを言っているとも思っていないようです。


「で、なんで俺の部屋に来るんだよ。迷惑な奴だ」


「良い質問だ! それは、メグリ姫が事前にここにいるらしく、事情を知る貴殿の下に転生するように神が便宜を図ったのだ!」


「神なんか必要じゃねぇなホント」


 道雄は無宗教のようです。しかし、信仰しないだけで神またははそれに類似する者はあると思っているらしいですね。


「ああ、自己紹介がまだだな。俺の名前は高柳道雄。25歳。エンジニアをやっている」


「我が名は……!」


「レヴィな。わかったから黙れ」


 レヴィの名前だけでなく、単細胞だということも、道雄は分かったようですね。


「んで? お望みはメグリ姫だっけ?」


 道雄は煙草を嗜みつつ、メグリの名前を出しました。


「む! やはり知っているか。ぜひ教えてほしい。このフィット=レヴィ、騎士の道を進むと決めた日から、メグリ姫に命をささげた身。我が目がメグリ姫を捕らえていない今、彼女がこの世界で苦しんでいるんじゃないかと思う度、なんと心が苦しむことか……!」


「うん。キミって話がいちいち長いといわれるでしょ」


 実際に言われていました。


 だから、暗殺されそうになったんでしょうね。


「まぁ……知ってるけどさ」


「ぜひ居場所を教えてほしい! いや、それよりもメグリ姫は無事か!?」


「無事だから安心しろ。そしていちいち興奮するな。コーヒーでも飲んで落ち着け」


 そう言って、道雄は暖かいコーヒーをレヴィに出します。


「そうか。それならば安心だ……。しかし、この飲み物はこの国で親しまれている飲み物なのか? 真っ黒で、およそ口に付けるのに不安があるが……」


 そう言いつつ、レヴィはコーヒーを口にします。


「に、苦い! ど、毒か!?」


「……ミルクと砂糖を入れるよ」


 道雄は予想通りと思いつつ、冷蔵庫からミルクとキッチン棚から砂糖を少しカップに入れました。


「ほう。ミルクと砂糖を入れれば、幾分かマシになった。毒と疑ってすまなかった」


「そういえば、めぐりも最初はブラックがダメだったな」


「なんと! メグリ姫も嗜んでいるとは! この飲み物、なかなか侮れない……。そうとなれば、私もこの味に慣れなれないとな!」


 道雄はうるさいレヴィにストレスを感じていますが、タバコのニコチンで落ち着かせ、どうにか文句を言う言葉を飲み込みます。


「しかし、道雄殿はメグリ姫とどのような関係で?」


「昔……もう5年位前かな。俺が名古屋に住んでいた頃、バイクで琵琶湖に行こうかとしていたら、アイツが倒れていたんだ」


「倒れていた!? て、敵か! まさか、この世界にも姫を狙う悪党が!」


「落ち着けよ」


「落ち着こう」


「17歳の高校生だったアイツは、社会と馴染めず、ヤサグレていた。ヤンキーみたいな恰好をしていて、タバコは吸うし、家には帰りたくないというから、仕方なしに俺はアイツを連れて旅に出た。そこからだな。アイツとの付き合いは」


「ヤンキー? タバコ……?」


「あー、そのころの写真を出してやろう」


 道雄はPCに保存してあった写真をいくつか表示しました。


 そこには、茶髪で耳にはピアスをしたいわゆるイケイケ系というか反社会的な高校生くらいの少女が映っています。


手には、タバコ。若いうちからセブンスターなんて、彼女の肺が心配ですね。笑顔でピースをしている彼女の将来は少し不安です。


「め、メグリ姫……! なんというお姿に……。それに、葉巻などとお体に悪いものを……!」


 いくらか挑発的な格好に、清純なレヴィには目が痛い様子。まるで、離れて住んでいた娘が不良になった父親みたいですね。


「ま、今は普通に就職して、名古屋で平穏に暮らしているよ。……それにしても、アイツがたまに言ってた、自分の前世はファンタジー世界のお姫様なんて設定、もしかしたらガチなんかね。指から火の精霊を出して、タバコに火をつけていたから割と信じてはいたけど」


「今すぐに会いたい! 何とかならないか!?」


「アイツは今、名古屋だし。すぐには会えない」


「で、では私の足で向かうとしよう! 案内をしてくれ」


「今は夜だし、明日は俺も仕事だ。しょうがない、LIVE通話する?」


 道雄がそう提案すると、タブレットを取り出し、LINEを起動させます。そして、めぐりとのトークルームを開きました。


「今起きとるんかな。明日も仕事だろうけど」


 道雄は時間を確認しつつ、メッセージを送ると、しばらく経って、めぐりは返事をしました。


 道雄はレヴィのこと、それに彼女が会いたがっているとの旨を伝えると、めぐりは少し嫌々な態度を見せましたが、次第に根負けして、了承をしました。


「うん。オッケーだって。てかキミ、前世では意外に嫌われていた?」


「道雄殿……。さっきから、その板でなにを……? この世界独自の魔法道具か?」


「まぁ見てろよ。あと、道雄でいい」


 道雄はタブレットを少し操作すると、タブレットからめぐりの姿が現れます。


「め、メグリ姫! ああ、ご無事で何よりです!」


「あ、うん。久しぶりだね、レヴィ……っていう人だよね? 大分昔のことだしあんまり覚えていないけど」


 めぐりは騒がしいレヴィに困惑しつつ、挨拶をします。


「驚いた……。この世界では遠くにいるものと会話ができるのか」


「……メーグよ。単刀直入に言う。この異世界転生者、なんとか引き取ってくれ」


「イヤよ」


「……」


 おやおや。


 レヴィは、忠誠を誓った姫にすら嫌われているみたいですね。


 ちなみに、メーグとはめぐりのこと。そして、道雄はめぐりにミルチーと呼ばれています。


「メグリ姫! ゴブリンとの戦いでは、お役に立てず申し訳ありません! なんと言ってよいやら……。命をささげた身であるのに、戦にて破れ、姫を危険に晒しなお新しい命を授かってしまい……」


「うん。別にいいよ。てか、ゴブリンとの戦いの後、あの世界の人間軍は異人種たちと国交を完成させて、あたしも普通に長寿を全うしたし」


「無駄死にだったのかよ、この女騎士」


 道雄さん、呆れてものも言えませんね。同情も少ししている様子。


「てか、メーグがお姫様なんて想像もできないなぁ」


「フフ。これでも、前世ではケッコー清楚で可憐だったのよ。この世界に来たときは、普通の一般家庭に生まれて、ちょっと馴染めなかったけど」


 道雄は初めてめぐりと会った日、それに一緒にバイクで旅をしたあの日々を思い返します。写真の通り、彼女はヤサグレていて、お姫様なんて少しも当てはまらない姿でした。


「今すぐに会えないでしょうか? メグリ姫。このフィット=レヴィ、もう一度と貴女の姿を目に入れたい! できることならば、この世界のことも色々とご教授をお願いしたい……」


「イヤよ。明日は仕事なの」


 めぐりは前世での立場はとうに捨てていて、この世界で一般的な女性として生きているようです。なので、社会人の彼女が易々と翌日の予定を開けることは難しい。


「いつでも構いません!」


 しかし、このフィット=レヴィは馬鹿なのでなかなか食い下がりません。めぐりと道雄はそれを察します。


「じゃあ、原付か何かでこっちに来なよ。そしたら、まぁ、一日だけ相手にしてあげる」


「ありがとうございます! わかりました! では、その原付というものですぐにそちらへ向かいます!」


「……別に、岐阜市から名古屋なら、自転車でも電車でも十分だと思うぞ」


 道雄が住んでいるのは、岐阜県岐阜市。名古屋からの距離はそう遠くありません。もっと言えば、めぐりの仕事が終わった後にでも、道雄がレヴィを連れて電車で向かうことも簡単でしょう。


「ダメ。レヴィ、貴女は原付の免許を取りなさい。この国でも一般的に普及している乗り物も乗りこなせず、原始人みたいに足で来るなんて許しません」


「なるほど! このレヴィが現世でやっていけるかどうかをテストしてくださるのですね! わかりました……! 人間軍第一隊長を任されていたフィット=レヴィ、たとえ血液がなくなろうとその任を全うすると約束しましょう!」


 威勢よくレヴィは宣言します。無事なめぐりに出会えたことが相当にうれしかったのか、1人で興奮している様子。


「……原付の免許とかどうするんだよ。費用とか、労力とか」


「ミルチー、おねがぁ~い」


 めぐりは甘い声でそうささやきました。すべて、道雄に任せるようです。


「そういえば、2人で旅に行くときは、5年前から旅費に飯や宿、タバコ代にいたるまで俺が出していたな……まったく」


 やれやれ、と道雄さんは言いました。苦労人ですね。吐き出す煙の量も寂し気です。


「てか、アイツ、お前と違って、死んだ直前の姿で来たんだな。戸籍なんかない分、今後が心配だ」


「そうだねぇ……。実際、騎士をしていた時ですら、戦馬鹿だったから、平和の邪魔だったのよね。アタシも暗殺するつもりだったのに、死してもやってくるなんてビックリだよ」


「……」

 

 どうやら、暗殺を企てていた黒幕は、メグリ姫本人だったようですね。



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