キョコウ
都市伝説、それは人々を恐れさせるもの。
その出所は毎回不明であり、なぜその伝説が生まれたのか…。誰が作ったのか…。
それらは全て毎回闇の中に埋もれている。
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「先輩、おはようございます。」
挨拶をした先には毎回なんの種類かはわからないがいい匂いを漂わせる紅茶を飲む沙耶先輩が今日も座っている。
「おはよう、夏樹くん。」
いろんなオカルト雑誌が散乱している机の上に鞄を置き、僕はいつものようにこう言った。
「最近は暇ですね。なにかあればいいんですが。」
最近は、という言葉をつけるにはそれ相応の意味がある。というのも僕たちは一学期にこの街に伝わる伝承に巻き込まれたからだ。そのことについて今回は記そう。
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春のことだった。僕が所属する2年A組は、進路調査に基づいたクラス替えにより、大学へそのままエスカレーターと呼ばれるような形で進学する人たちで集まった。当然その中には僕の友達も何人かいて、人間関係に困ることはなく、僕自身は一年生の時と同じように新聞部に所属していた。
当時の新聞部には今の部長である沙耶先輩も活動していて、その他にも部員は3人所属しており、部室には毎日記事を書くための人がいた。
学校へ行き、授業を受け、部活を行い、家へ帰り、予習復習した後に眠る。このルーティンが続いていた。
そう、四月半ばまでは…。
出来事が起こるのはいつだって突発的なものだった。特に新聞部の活動をしていた僕たちにとってはそれはもはや日常の一部でもあるともいえるくらいだった。そのため、僕たちはある程度の出来事に対しては耐性を持ってるつもりであった。
しかし、今回起きた事件、新聞部の僕と沙耶先輩を除いた3人が皆消え失せてしまったということは、さすがに慣れているとはいえ驚きを隠さずにはいられない出来事であった。ただ新聞部の3人以外にも消え失せた人が大勢いたりしたら、まだ少し驚きもしなかったかもしれない。
なぜなら彼らが前日に調べようと計画をしていたことを知っていた僕たちにとって、彼らが消えたという事実はより一層不気味なものであったからだ。
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前日に彼らは次の新聞記事のネタ探しを行なっていた。
「最近は平和すぎるな。何か面白いネタでもないものか。」
「平和すぎるってのもいいことだけどね。まぁ私たちの楽しみはなくなっちゃうんだけどさ。」
「駅前のスーパーのリニューアルオープン…、こんなの記事にしようもないしなぁ。」
そんな意味もない会話が続いていた放課後。流れを区切ったのは女の先輩の言葉だった。
「そうだ。私ずっと調べてみたいことがあったんだ。」
「なんだ、それは。」
「この街に住んでて一回は聞いたことがあると思うけどな…」
その先輩が語った都市伝説、それはあべこべの女というものだった。
簡潔にまとめると、この街のどこかには身振り手振りすべて普通の人と真逆なことをする女の人がいるようで、その人を見つけると何かが起きる…。そんな漠然とした話であった。
「沙耶、夏樹くんちょっと調査に行ってくるから記事のまとめとかよろしくね。」
「わかりました、先輩。」
こういう時、僕と沙耶先輩はいつも部室に取り残されていた。あの3人が幼稚園からの幼馴染で輪の中に入っていく方が難しいということもあったが。
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「まさか先輩、あの3人変な事件に巻き込まれたんじゃないんでしょうか。」
そう尋ねると沙耶先輩は口を開いてこういった。
「あの3人がそんなへまを犯すわけないわ。踏み込んでいい領域と踏み込んではいけない領域の違いくらい判別できるはずだもの。」
そして続けて彼女はこういった。
「ただ今回のあべこべ女って結構有名な都市伝説なのよ。夏樹くんは知らないのかしら。」
「そうなんですか。すみません聞いたことないです…。」
そう言うと、先輩は記事をまとめていた手を止めてこちらの方を向いた。
「そもそもあべこべな行動をするって言うのって不気味でしょう。私たちが本来することとは真逆な行動。有名な行動だと…そうだな、裏拍手とか。」
「裏拍手は聞いたことあります。確か手の甲で拍手をすることで生者がすることと反対だから、それをするのは死者なのだという話ですよね。」
そう言うと先輩は頷き、再び話し始める。
「その通り。多分今回のケースもこの類だと思う。よくネットとかで都市伝説という類を君は見たことはないかい。」
「都市伝説ですか…。僕はあまりそういうオカルト系のものが苦手で見ることはないですね。」
なるほど。と呟き先輩は席を立ち上がり、ホワイトボードの方へと向かっていく。
「都市伝説…英語にするとそのままurban legendのこの単語。なぜ都市とつくのか。これらの伝説の背景は大抵人がいない状況であったりして、都市と呼ぶには似つかわしくないと思わないかい。」
「えぇ、まぁ確かにそうですね。都市で広まるから都市伝説と呼ぶんだと聞いたことはありますが。」
「そう、その通り。都市伝説ってものは人が多い都市で広まるからそのように名付けられた。私もその意見のように考えているよ。」
そう言うと先輩はホワイトボード用の黒マーカーを手に取り、文字を書き始めた。
「私はこの都市伝説というものを信じていない。こんなもの所詮人間の未知の心理につけ込んだトリックさ。」
先輩はこの後こう続けた。
「今回のケースで考えよう。君はどうしてこのあべこべという都市伝説が出来たと思うかい。」
「どうしてというと…。」
言葉を詰まらせていると先輩はホワイトボードに文字を付け足してこういった。
「確かに生者と真逆の行動をするということはとても不気味で、生の反対ということでそれは死の象徴となる。一見正しいように見えて少し極端すぎる説明だとは思わないかい。」
言われてみれば、確かにそうである。そもそも裏拍手の件にしろ、それが死のイメージが強いと決めたのは生者たちだ。それなのにあべこべな行動をするというのが死者と決めつけるのは間違っている…のかもしれない。
「なぜ都市伝説が広がるのか。簡単な話であって、そこには複雑化した背景がある。」
そして先輩はこう続けた。
「今回はこれくらいにしておこう。時間もだいぶ経ってしまったことだ。記事のまとめを進めよう。」
活動が終わった帰り道。僕は一人でこの街の七不思議を考えながら歩いていた。
あべこべさんというのや、交換屋さん。よくよく考えて見ると確かに人間のエゴが含まれているのが多い。どの話も注意することなければ、まともに信じてしまいそうな話ばかりだ。だがいま一歩置いて考えてみると、意外にも理由がこじつけでありそうな物が何個か含まれているのがわかる。例えば交換屋さんというやつは人間の希望を叶えてくれるという、完全に人間の都合によって生まれた作り話のように思える。
「このことに着眼してみたら割といい記事が書けそうだな。明日聞いてみるか…。」
ふと目をあげるとそこに新聞部の女の先輩がいた。
「あ、先輩。大丈夫ですか。……。」
先輩は青ざめた顔つきで看板をじっと見つめて立つ。
そして僕にこう答えた。
「一種の面から捉えるな。常に多面的に物事を見つめろ。でないと、」
「あなたはなにも見つけられない。」
頭がぼうっとしたような気がして、再び目を挙げた時には先輩の姿はなかった。
ひょっとして今のは夢だったのかなどと考えながら、僕はいつものように帰り道を歩くのだった。
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後日談となるのだろうか。
その後もあべこべ女という都市伝説はこの街に残り続けている。
新聞部の3人は学校に戻ることはなかった。
そしてその後、僕達は都市伝説の全てがまやかしでないことを知ることになるのだった。
この話の付属品としてtruthを投稿予定です。
またこの話の純粋な続きとして連載も続きます。
更新は遅いですがよろしくお願いします。